第5話
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それは、ミカエルにとってもルネにとっても意表な出来事だった。
ルネがクロースティに害された事件から一週間、2人は一度も顔を合せなかった。これは情報交換会をするようになってから、最長の日数だ。
そもそも予定を合せて会っていたわけではなかったが、ルネは怪我が治るまで部屋の外に出してもらえない状態であったこと、そしてミカエルは現実から目を背けようと任務に邁進していてルネに会うことをある意味拒絶していたからだ。ミカエルはルネの部屋の場所を知ってはいた。2度目に彼女に会った、暴れ馬が走り回った後のように荒れていたあの部屋だ。今はもうきれいに整備されて、家具や壁紙も一新されているようだが。
今になって考えてみれば、あれもあの派手な女の仕業なのかもしれない、とミカエルは歯噛みした。そのミカエルは今、ルネの部屋のベランダに降り立っている。
時刻は夜中の12時。夜会などがない限り、普通の令嬢はとっくに眠っている時間だ。こんな時間にこんな場所にいたところで、ルネに会うどころか、見回りの騎士に見つかって捕まるのがオチだ。リスクしかない、そんなことはミカエルにも分かりきっていた。だが、考えて考えて、それでもやはり来ずにはいられなかったのだ。
「ルネ」
ミカエルは音魔法でルネの耳元に自分の声を届けた。
「!…ミカエル様…?」
そこで、ミカエルは彼女が起きていることに気付く。彼女から帰ってきた反応が、余りにも早かったからだ。あと何度かは呼びかけねば人は起きないはずなのに一度の呼びかけで返事を返し、さらにルネは耳元で急に聞こえてきた声をはっきりとミカエルのものだと当てた。
「ルネ、そのまま聞いてくれ」
「ミカエル様、今どちらにいらっしゃるのですか?」
「それは教えられない」
「どうして?私、ミカエル様のところまで走っていくわ」
「それは無理だ」
「…そんなに遠くにいらっしゃるの?」
「違う。…君が、君が怪我をして歩くこともままならない状態だからだ」
ミカエルの耳元でルネが息を短く吸い込んだ。驚いたルネは震える声で、どうして、と聞いた。
「どうして、知っているのですか?この会えなかった1週間で何かを知ってしまったの?」
「そうだな」
ミカエルは若干の躊躇いの雰囲気を漂わせて、続けた。きっと、彼女はこの事実を隠したがっている。何も知らないふりをするのが彼女にとっては心穏やかでいられるのだろう。
でも、それでは駄目な気がしてならない。
ミカエルはゆっくり口を開いた。
「1週間前、私は君が、クロースティ夫人に虐待されているのを、見た」
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