それは思いがけず

 市内にある大学に在学し、人文学を専攻する「春日部涼太」は、最も重い怪我を負った被害者である。左足の剥離骨折と軽度な脳震盪によって、入院が長引き、「春日部涼太」が病院を退院する頃には、陥没の原因を下水道管の劣化によって引き起こされたものだと断定しつつあった。「春日部涼太」に取材を取り付けるのは最後にしようと思っていたが、身体的にも精神的にも弱っているであろう彼から話を訊こうとするのは、弱みを握って脅すようなもの。私にとって好都合な相手であった。そんな邪な気分に浸かった矢先、携帯電話が呼び出し音を鳴らす。


「はい、高谷です」


「よォ、高谷」


 この同業者と話す上で大事なのは、卑屈な心持ちだ。どれだけ自分を貶められるかが、波風を立てずにいる秘訣となり、私は今一度、息を吸い込んで花曇りを払った。


「どうした?」


 暖簾をくぐるかのような軽妙な声の調子を拵えて、へつらう前の手土産にする。


「またまた、テレビをご覧なさい」


「?」


 人を手玉にとる悪い笑みが言葉の端々から感じ取れ、私は不承不承ながらテレビの電源を点けた。すると、私な首を二度振って、現実であるかの確認をした。とある一軒家を背景に、カメラの前に出された指図に従ってニュースキャスターがつらつらと機械的に言葉を吐き出す様子は、私の虚を突くのに充分であった。


「本日の十六時ごろ、増井市の住宅の一室から、蓮井廉さんが遺体で発見されました」


 芽吹くように全身から汗が滲んで、立ち眩みのような症状を催す。


「あの事故の被害者が殺されるなんて、誰も想像できなかったよな」


 興奮気味な同業者の鼻息に私は幾ばくかの落ち着きを取り戻し、テレビのニュース番組に釘付けになった。記憶に新しい一軒家の外観が、今はおどろおどろしく見え、夭折を遂げた「蓮井廉」の無念さが胸に込み上げる。


「興味を持っていたようだが、話を直接聞いたりしたのか?」


 まるで世間話の延長のように私から事故に関する事を聞き出そうとするあたり、なかなかに小賢しい。


「さぁ、どうだろうな」


 私はあからさまに惚けて同業者の迎え舌を誘った。


「なんだよ。その口ぶりだとしたのか? 取材」


 見事に私の意図通りに詮索を始め、事件に繋がる情報のおこぼれを授かろうと池の鯉さながらに口を伸ばしている。これほど醜悪な事はないだろう。私を三流の記者だと誹りながら、舌先三寸で身を翻す軽やかさに反吐が出る。


「どうしてそんな事を君に言わなければならないんだ」


「いや、別に俺は」


「君も記者なら、蓮井廉の事を調べてみればどうだ。死人に口なしだがな」


 すらすらと淀みなく蔑む言葉が溢れ出したあとは、通話を切って首尾良く同業者との電話を終えた。溜まりに溜まった鬱憤を晴らしたかのような清々しさを、「蓮井廉」の死を介して味わった。

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