第二十六話 それから

 ――数日後。

 一組のカップルがラステルさんのお店の前を通りかかる。


「ねえ、あの店って」

「ああ。この間、変な像が置いてあるって話題になってた店だな」

「えーまだ置いてあるじゃん……」


 お店の前には、いまだあの像が鎮座したまま。不気味な視線を通りを歩く人々に投げかけており、カップルの女性も例に漏れず、怯えるような声を上げていた。


「そんな怖がるなって、別になにも……アレ?」


 その時、男性が像の首元になにかかけられていることに気づいた。

 看板である、先日騒ぎになった時にはなかったものだ。


「なにか書いてあるな。なになに……『昨日よりお騒がせして申し訳ありません、この像は現在、お店にいる悪霊を退治するため、ここに置かれています』……悪霊? そんなのいるのかよ」

「あ、でも続きがある……『そのため、店内が希に揺れたり、きしむ音やうめき声のようなものが聞こえてきますが、それはこの像と悪霊が戦っているためです。もし遭遇した際は、貴重な体験をどうぞお楽しみください』だって」

「なんだそりゃ、胡散臭い」


 この交易都市には、多くの物と人が行き交うだけあって、様々な噂が立つもの。当然、幽霊や悪霊などといった妄想じみた話も無数に。

 だが、そういった話題は大抵鼻で笑われ、一蹴されるものでもあった。


「でも実際揺れることあるらしいよ。友達も言ってたし」

「ふーん」

「ねえ、ちょっと入ってみようよ」

「ハァ? お前さっきまで怖がってただろ」

「像は不気味だけどさ、なんかレアなイベントみたいで面白そうじゃん!」

「えぇ……」

「なに怖いのぉ?」

「バッ、そ、そんなわけないだろうが」

「だったら行こ行こ」


 と、二の足を踏む男性とその手を引く女性は、店内へと入っていく。

 しかし、扉を開けて店内へと足を踏み入れたそこは、不気味さとは真逆の雰囲気に溢れていた。




「客さん入ってるじゃないですか! 良かったですね、ラステルさん」

「ああ、本当に良かったよ」


 ラステルさんのお店には再び活気が戻っていた。

 店内をひしめくほど、というわけではないが、お店には女性を初めとしたお客さんが物珍しい雑貨を前に楽しそうな声を上げている。


「それもこれも、マリーさんのおかげです」

「私は何もしていませんよ」

「いやいや、このアイディアはマリーさんが考えてくれたものじゃないですか」


 お店の前に置かれた像――取り寄せたヴィヴィオさん曰く、幸運の像らしいが……残念ながら見た目がそうとは思えない。そういう謳い文句を並べたとしても、見た目から来るおどろおどろしい印象には勝てないだろう。

 それならいっそ、その印象を利用することにしたのだ。


「あ、棚見て」

「お、揺れてる揺れてる!」

「やったぁっ! ツイてる」


 あの像が置いてある理由を心霊現象と戦っていると称することで、時折起こる家鳴りの現象を、遭遇するとレアなアトラクションに見せる。もしそれに遭遇すればラッキーという具合に、怪奇現象と邪魔にしかならないあの像を集客の一要素にしたのだ。

 実際家鳴りはまだ完全に収まっていない。こうして時折り起こることはあるので、よりリアリティを持たせることが出来ている。

 希少なことは貴重な物。この交易都市故の商人としての考えも働き、評判を呼ぶことに見事成功したのだ。

 そんな賑わいを見せるお店に、新たなお客が入ってきた。


「盛況だな」

「ふふっ、レックス兄様がまたなにかしたんじゃないですか~」

「今回はなにもしていない」


 やってきたのは、ヴィヴィオさんとレックスさん。

 二人に気づいたラステルさんが、慌てるように二人の元へ。


「兄さ……いえ、いらっしゃいませレックス様、ヴィヴィオ様」


 そして、深々と丁寧に頭を下げた。

 まるで、お得意様の上客がやってきたような恭しいものである。

 そんなラステルさんの様子に気づいたお客の人達から声が上がる。


「ねぇ、あれ……」

「え、もしかしてレックス宝石店の!?」

「待って隣にいるのって、ヴィヴィオ様じゃない!?」

「え~お人形さんみたいでかわいい~本人初めて見た~!」

「三人はご兄弟らしいけど、あの対応……もしかしてお客として来ているんじゃないかしら」

「この国随一の宝石商であるレックスさんに、人気服飾店のヴィヴィオさんが買う品かぁ……」

「やっぱり、ここの品はすごいんだ」


 がやがやと、お客が騒がしくなる一方。


「……こう話題にされるのは、やはり好かんな」

「我慢してください、レックスさん。これも迷惑をかけた罰です。それに応援するんでしょ?」

「むぅ……」

 

 ラステルさんのお店を盛り立てるため、レックスさん達には、定期的にお店に通ってもらっている。

 レックスさんはお店も本人も有名人。そんな人が定期的にお店に通っていると聞けば、それだけでもラステルさんのお店に十分な宣伝効果がある。

 ラステルさんもお二人が来店時は兄姉としての対応ではなく、お客として対応するようにさせたことで、周囲には『有名人であるレックス氏やヴィヴィオさんが足繁く通う常連のお店』と認知されているようだった。


「マリーさん、本当にありがとうございました」

「さっきも言ったでしょ。お店が繁盛しているのは、ラステルさんとご兄姉の応援のおかげです」


 怪奇現象に、不気味な像、そして有名な二人の常連。これらのおかげもあって、お客さんはかなりの数が入っている。

 中には数名見覚えのある人もいる、以前レックスさんが雇った人達だ。とはいえ、もちろん今回はサクラではない。

 彼女達も、レックスさんに雇われてから個人的に気になったのだろう。今度はお店の品を手に取り、ちゃんと買い物までしている。

 そういう意味でも、もしかしたら私がアイディアを出さずとも、結果は出ていたのかもしれない。


「それでも、お礼を言いたいんです」


 ラステルさんが、深々と頭を下げる。


「こうしてまた兄姉仲良くすることができたんです。それは、紛れもなくマリーさんの行動があったからこそです」

「ええ~。ラステルちゃんの言う通りですよ~」

 

 今度はヴィヴィオさんが。


「我々兄姉の絆を取り戻せたのは君のおかげだ、ありがとうマリーさん」


 そしてレックスさんも。

 三人がこうして絆を取り戻すことができたのは、私にも本当に嬉しいことだった。


「マリーさんは~占い師なんですね~」

「あ、まあ、はい」

「レックス兄様とラステルちゃんを占ったんですから~今度はぜひ~私のことも占ってくださいね~」

「あはは……はい」



 怪奇現象の占いから始まったこの騒動もこうして幕を閉じた。

 お店は大盛況、兄姉の仲も元通りでめでたしめでたし。

 でも――その賑わいは意外な形で広がっていくのを、この時の私はなにもしらなかった。






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