第十四話 占い結果にウラはない

 先ほどのカップル二人の占いを終えて、しばらくのことだ。


「やってるかい」


 などと、居酒屋の暖簾を潜るようにウィルがやってきた。


「いらっしゃいウィル」

「今日開業と聞いて様子を見に行こうと思っていたんだが、朝から少々立て込んでしまってな」

「気にしなくて良かったのに」

「それが騎士団の連中から『さっさと様子を見に行ってこい』と急かされてしまったよ」

「まあ、ふふっ」

「それでどうだい、開業初日は?」

「そうね」


 大盛況! と言いたいところだけど……初日に来たお客さんは三組だ。

 さすがにこれでは大盛況、というのは難しいだろう。

 それでも――


「まあ、大成功だとは思ってるわ」

 

 指で小さくVの字を作っていた。


「外の看板を見たけど、随分変わった料金体系なんだな」

「よくぞ聞いてくれましたとも! 実は料金に関して最後まで悩んでたのよね」


 金額もさることながら、その支払い方法がとにかく難題だった。

 占いという商品はとても不安定な物。先払いでも後払いでも、結局のところお客の満足度を安定させられないことが問題なのだ。


「危うく、壺でも売るしかないかと思ったわ」

「つ、壺……?」


 だから私は、先払いでも後払いでもない、全く別な方法を取り入れた。

 言うなれば、チップ制だ。


「依頼料と報酬を分けて、報酬分はお客に決めさせる。こうすることで確実に依頼料は回収できるし、残りはお客側が決めるから、占い結果に左右されず不満も残りにくい」


 なるほど、とウィルが頷く。


「それならマリーも占いに正直でいられるし、それに占い内容にも真実味と誠実さを感じるな」

「そうなのよ!」


 更に言えば、お客側が金額を決めてくれると言うことは、勝手に十段階評価のレビューをしてくれるようなもの。

 お金をもらいながら市場調査も出来てしまう。まさに一石二鳥、いや三鳥とは。

 占いも小アルカナを使わず大アルカナに絞ることで、占い結果をある程度早く判断できるようになり、効率もよくなった。

 大盛況、とまで言えなくとも狙いがしっかりハマり、大成功と言って差し支えないはずだ。


「そういえば、俺も前からマリーに聞いてみたいことがあったんだ」

「聞いてみたいこと? なにか占って欲しいの?」

「いや、そういうわけではなくてだな、占いのやり方についてだ」


 占って欲しいことではなくて、やり方について?


「マリーは占う前、必ず相手に質問をするけど、あれは相手のことを知るためにやっているんだろ?」

「ええ、そうよ」

「でも、相手が必ずしも質問に答えてくれるとは限らないだろ」


 確かに、ウィルに初めて占いをした時も答えられなかった質問があったし、団長さんの時なんてほぼ全部答えてくれなかったものだ。


「それなのに、どうしてああも占いで言い当てられるんだ?」

「そうね……」


 ウィルからすれば不思議に思えるかもしれないけど、そんな難しいことじゃないのよね。


「私が占いを好きになったきっかけに、好きな本があったの」


 現世で子供の頃読んでいた、私の大好きだった少女漫画『占い少女コッパーちゃん』だ。

 タロットカードで占って、事件やみんなの悩み事を解決するお話なんだけれど、そこで描かれたあるエピソードは今もよく覚えている。 


「その話の中でね、人は誰しも、心の中にノートを持っている言ってたの」

「心の中の、ノート?」

「楽しいことも辛いことも、時には忘れてしまいたいことも。どんな人も、過ごした思い出や感じたこと、そういうのは全部心のノートに書き込まれていくの」

「ほう」

「私がやってることってね、カードをシャッフルしてもらいながら質問して、心のノートからタロットへ、その部分を書き写してもらってるだけなのよ」


 そしてタロットに書き写された物を私が読み解く。

 実のところそれだけなのだ。


「私が質問した時点で、口に出さずとも相手は心の中でそのことを絶対に連想するからそれがタロットに移ってくれる。だからその人のことが分かるのは、不思議な力でもなんでもなくて、ある意味では当然なのよ」

「なるほど……だから初めて占いをした時、私がカードを触れることを助かると言っていたのか」


 タロットというのは、カードを引く時偶然そのカードが現れるわけではない。

 引いたカードには必ず意味がある。

 そこには占い師だけではなく、相談者の力も加わるのだ。


「一つ勉強になったよ、ありがとう」

「私も、聞きかじりだけどね」


 なんて苦笑を漏らすと、ウィルも小さく笑ってくれた。


「そうだ、店はまだ開けているのか?」

「うーん、そうね……」


 もうすぐ夕暮れも近い。

 この辺りは商店がメインだ。日が暮れればどこの店も閉まって、人通りも少なくなる。そうなったら、開いていてもお客が来るとは限らないだろう。

 もう少し開いていてもいいけど、そろそろ店じまいにしてもいいかな。

 ま、初日はこんなものよね。


「もし良ければ、開店祝いにご馳走させてもらえないか」

「え、いいの?」

 

 もちろん。と、ウィルは快く頷いてくれる。


「実は近くでいい店を見つけてな。せっかくだから行ってみないか?」


 驕りとあらば断る事もない。

 とはいえ、だ。


「ありがとうウィル。でもただ奢ってもらうのも悪いわね」

「気にしなくていい。言っただろ開業祝いだって」

「そう? じゃあ、せめて占いくらいはさせてちょうだい」

「ああ、そうしよう」

「ではでは、なにについて占いましょうか?」


 そうして、和やかに占いは始まっていった。




 日が落ちてから店を閉め、占い師としての初日は幕を終えた。

 出だしはまずまずといったところ。明日からもまたがんばろう。

 そうして、私はウィルのご招待にあずかることに。

 店の前に着くと、ウィルの言うようにいい店だという雰囲気が、外からもハッキリと分かった。

 通りに面した広いテラスから、開放感のある店内が見渡せ、広々としたホールには静かなピアノの曲も聞こえてくる。

 うん。落ち着いていていい雰囲気のレストラン。お値段もそれなりにしそうだが、なんといっても今日はウィルの奢りだ。遠慮せずいただくといたしましょう。

 中へ入ろうと、ウィルが店の扉に手をかける。その時だった。


「あっ!」

「どうした、マリー?」

「えっ、と……」

「?」

「ゴメン、ウィル。このお店、いいところだと思うんだけど……今日はやめておかない?」


 突然の提案に、さすがのウィルも困惑していた。


「どうしたんだ急に? 値段は気にすることないぞ」

「ううん、そういうわけじゃないんだけど」

「もしかして、占いで悪い結果でも出たとか……?」

「まさか、そんなわけないでしょ。ただ……」

「ただ?」

「うーん……なんだか急に、切り株亭の料理が食べたくなっちゃって」


 うーん。

 自分で言ってても分かるくらい、めんどくさい女だな。

 さすがにこれはウィルもいい顔はしないかな。


「ああいいよ。今日はマリーの開業祝いだからな。食べたいところに行こう」


 でも、ウィルは嫌な顔一つせず、むしろ笑ってくれた。


「せっかくなのに、ゴメンね」

「いいさ、またそのうち来よう」


 ウィルは扉から手を離し、私達は店を後にして、切り株亭へ歩き出す。


「なんだか嬉しそうだな、マリー」

「うん、ちょっとね。実はウィルが来る直前に相手したお客さんのことを思い出してて」


 よく覚えている、あのカップルのお客さん達。

 男性側は終始ソワソワしていて、かなり緊張していたな。最初は初デートかとも思ったが、質問を聞いてそうではないと分かったものだ。

 そして奇妙にも思っていた。店内に入ってきた時も、カードをシャッフルする時も彼は右手だけを使っていて、左手は常にポケットに手を入れたまま。

 まるで――なにか大切なものを握り締めるように。

 カードナンバー16――《塔》。

 その逆位置には様々な意味がある。その一つは――


「予期せぬ事が起こる、か」

「さっきからどうしたんだ? やっぱり、なにかあの店にあったのか?」

「ううん、なにも。今日はさすがにお邪魔かなって思っただけ」

「?」


 不思議そうにするウィルを尻目に、私はチラリと店へ振り返る。

 テラスから見えた店内、その窓際の席に一組のカップルがいた。

 美人で少し気の強そうな女生と、大柄で優しそうな男性。

 男性が席を立つ。歩き出そうとする手と足が同時に出ていて、女性も思わず笑いだす。

 でもその顔が、やがて戸惑いを纏い始めていく。

 彼は彼女の前に跪いたのだ。

 男性の顔に緊張が見える。それでも勇気を出し、ポケットから何かを出し、震える手で真っ直ぐに彼女に差し出した。

 それはあまりに小さくて、私の目からは確認できない。

 それでもハッキリと分かったものはある。

 口を押さえ驚きながらも、溢れる感情を涙にする女性の姿が。

 落ち着いた店内から一変、激しい喝采が鳴り響く。

 それを起こしたのは僅かな勇気と、僅かな光の輝き。


 うん、やっぱりそうだった。

 二人の今までの関係は壊れ、そして――新たな関係が始まったのだ。


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