第三話 二度目の占い

「では、どんなことを占いましょう?」


 私の質問に、ウィルは少しだけ悩む素振りを見せた。


「そうだな……無難に全体運とかでいいんだが」

「えーっと……そういう曖昧な内容だと、ちょっと……」

「む、そうなのか……」

 

 タロット占いは内容が具体的であればあるほど、ハッキリと占える。

 シャッフルしたカードから引き当てたカード達を見ることで、より深く原因の大本から、少し先の未来まで見通すことができるのだ。


「まさかそんな本格的なものとはな……俄然興味が湧いてきたよ。それじゃあ今の職場について占ってもらおうかな」

「職場、というと」

「ああ。私が所属しているこの街の騎士団、フランベル騎士団についてだ」


 フランベル騎士団か。

 それがウィルの所属する騎士団の名前なんだ。


「実は職場環境に少し迷っていてな、より良くするにはどうしたらいいのか、占って欲しい」

 

 なるほど、今の職場環境をより良くしたい、と。

 ウィルは、騎士団では管理職かなにかなのかな……?

 でも、管理職の人間が見回りのためにわざわざ屋根の上に登る? いや、見た目はカッコよくて頼りがいありそうだけど、彼自身の発想が幼いからなぁ。

 と、思い込みは厳禁……一旦置いておかなきゃ。


「分かりました」


 ウィルもかなり楽しみにしているみたいだし、ちょっと本格的に占ってみようかな。

 私はホルダーからカードを全て取り出す。

 手の平に収まる程度の大きさ、厚紙ほどの厚さはないがペラペラな紙というわけでもない。たとえるなら、現世のトランプに近い。

 一枚一枚は決して大きくなく、分厚くもない。しかし七十八枚という枚数を重ねた山札は、それなりの高さにもなる。

 山札を軽くシャッフルして、テーブルにカードを広げる。そしてゆっくり、丁寧に両手を使って時計回りに混ぜはじめた。


「手慣れたものだね」

「あははは」

 

 現世の頃から趣味で触ってたこともあるけれど、令嬢として転生してからは、他にやることがなくて、これしかやることなかったんだもの、そりゃ慣れもする。

 そんな郷愁を感じながら、ある程度混ぜたところで一旦手を止め、視線をカードからウィルへと向ける。


「今度は、同じようにウィルがシャッフルしてください」

「私が?」


 そう言うとウィルは、少し怪訝な表情を浮かべてきた。


「いいのかい? 占いにはあまり詳しくないが、こういう道具を他人に触れさせたりするのは、あまりよくないように思うけど……」


 ウィルってば、そういうところに気が向くとは。ちょっと意外だな。

 

「そういう人ももちろんいますね。カードに余計なエネルギーが交じるとかなんとか」

「そう、なのか……魔力的な、そういうものか?」

「まあ、似たようなものと思ってくださって結構です。でも、カードに触れさせたり占い相手の人に引かせたりする方も大勢いますよ。私も、触れたもらった方が助かる方ですね」

「助かる?」


 少し不思議そうにしていたウィルだが、私の手招きで躊躇いながらもカードに触れ、ゆっくりと優しく両手でカード達をシャッフルし始めていく。


「では、少し質問させてください。あ、シャッフルはそのまま続けて」

「あ、ああ」


 占い内容に関して、もう少し深掘りするためいくつか質問を投げかけた。 


「ウィルは今の職場、騎士団に着任してどのくらいになりますか?」


 カードをシャッフルしながら質問に答えようとしていて、ウィルがおぼつかない様子だった。


「えっと、もうすぐ一年になるかな」

「一年。結構長い期間になりますね。じゃあ、今の環境もそれなりに慣れてきているのでは?」

「まあ、そんなところだな」

「では、ウィルは今の職場は好きですか?」


 その時、ウィルの表情が少しだけ暗くなった。


「嫌い、ではないかな……」

「なるほど……職場でなにかありましたか?」

「それは、その……」

「あぁごめんなさい。答えにくければ答えなくて大丈夫です」

「すまない」

「いえいえ。そのかわり、頭の中では思い描いていてください」

「うん? ああ」


 私は、質問を続けた。


「では、ウィルは今後、騎士団にどうなって欲しいのでしょうか?」

「そうだな……」


 ウィルは、手を止めず少し考え込む。

 またしても答えにくい質問だったかと思い、質問を切り上げようとすると、彼は躊躇いがちに答えてくれた。


「騎士としての実力やそういったものを追い求めることを、彼らに強要しようとは思ってはいないんだ」

「なるほど」

「求めているのは……そう、誠実さ、かな」

「誠実さ、ですか」


 ちょっと意外な答えだった。

 騎士団をより良くっていうのは、もっと強くなって欲しいとか、そういう願いだと思っていたけど……そうか誠実さ、か。

 騎士団っていうのは、平民達が就く兵士と違って、貴族の若い男性達が所属することがほとんどだ。

 その貴族っていう人達は……まぁ偉そうというか鼻につくというか、そういう態度の人達が多い。そういう意味では、誠実になってほしい、というのも分からないでもないか。


「ありがとうございます。その辺でいいですよ」


 ウィルがカードを混ぜる手を止める。

 そのカード達を集めて、私は一つの山札に。そこから更に三つに分けて、順番を入れ替えて再び一つの山札を作った。


  

「これから行う占いは、ケルティッククロスと呼ばれるスプレッドを使います」

「スプレッド?」

「タロット占いで使う、カードの展開方法のことです」


 タロット占いは、スプレッドによって色んな占い方があり、それによって読み解く内容も変わってくる。

 特に、今回使うケルティッククロスはポピュラーなスプレッドの一つだ。


「これは心の深層や表層、問題の原因とその解決のためのアドバイスが含まれた、スプレッドになります」

「本当に本格的なんだな」


 それじゃあ頼む、と喜々とした表情で言われ、私は軽く目を閉じ深呼吸。そうやって心を落ち着かせながら集中を研ぎ澄ましていく。

 静かなお店のなかで僅かに聞こえてくる、食器や調理の音、漂う紅茶の甘い香り。汗ばむほどではないが、燻る様な店内の温かさ。

 周囲の環境を肌で感じながら、テーブルの上の山札へと集中。

 そして――カードを一枚引いた。

 引いたカードは裏のまま、テーブルの上に縦に置く。

 そうしてまた一枚カードを引き、今度は、最初に引いたカードの上に横になるように重ねて置いて、二枚で小さな十字の形を作る。

 そこから更にカードを引いていき、二枚の周囲に四枚配置して、今度は大きな十字の形に。そして、その右隣に更に四枚のカードを縦に並べていく。

 計十枚。それらのカードが裏向きのまま並べられ、ケルティッククロススプレッドの完成だ。

 あとはここから、一枚一枚めくって結果を見ていくのだが……


「うん?」


 ふと、気づいた。

 それは今まで見たことのない、不思議な光景だった。

 私が並べたのはあくまでタロットカード、それも自作で拙いものだ。決して特別なものなどではない。

 それなのに――どういうこと?

 並べ終えた十枚のカード。そのうちの一枚が、うっすらと、白い光を放っているのだ。


「どうした?」

「え!? い、いえ……ってあれ?」


 さっきまで小さく光っていたカードが、元の状態に戻ってる。

 見間違い、だったのかな? ウィルは、気づいていなかったみたいだし。

 もしかして……見えていたのは私にだけ?

 占い師のなかには、スピリチュアル的な見方をするって人もいるけど、私にはそんな風に見えたことなんてない。

 うーん。なんなんだろ。

 気にはなるけど……今は目の前の占い集中しなきゃ。

 一旦、心を落ち着かせないと。 

 

「で、では見ていきますね」


 気持ちを切り替えて、もう一度カードへ向き合う。そして、カードを開く。

 一枚一枚丁寧に、並べた順にカードをめくる。そうして全十枚をめくり終えたところで……。


「………………」

「え、っと……そんなにマジマジと見て、どうしたんだ? なにか悪い結果でも出たかな?」

「いえ……今、内容をまとめているのでちょっとだけお時間ください」


 うぅ、やらかした……。

 慣れている人なら、すぐに結果をまとめて、すぐに伝えたりも出来るんだろうけど、いつも一人でやってたせいで、そこまでは出来ないからな。

 それになにより……見栄を張って普段使い慣れてない小アルカナの方まで持ちだしたものだから、普段以上に読み解くのに時間がかかっちゃう。

 これなら小アルカナの方は使わなくても良かったかも。


「お、お待たせしました」


 そうしてお茶が冷めてしまうくらいの時間をかけてようやく、占いの結果をまとめ上げることが出来た。


「お話しする前に……一つお話が」

「む、まだなにかあるのか?」


 ここまで待たせた上に、まだ引き延ばされると思えば、いい気はしないよね。

 

「ごめんなさい。でも、これはすごく大事なことなんです」

「ふむ?」

「いいですか――これはあくまでも、占いです。ですので私は忖度したり、嘘偽りなく、ありのままをお伝えします」

「…………もしかして、なにか悪い結果でも出たのか?」


 そりゃあ神妙な顔で、こんな言い方をされれば心配にもなるか。

 

「いえ、そういうわけではありません。ただ、占いは占いでしかないということです。なにかを決定づけたり、絶対的なものではありません」


 占いは、言うなれば道しるべのようなもの。

 人生の中で、いくつもの分かれ道を前に、ちょっとした案内をしてくれるだけ。当人の歩みを縛るものでもなければ強制するものでもない。

 つまるところ、なにが言いたいかというと。


「あまり、深く捉えすぎないでください、ということだけです」

「……わかった」

 

 ウィルも真面目な顔で頷いてくれた。

 良かった、どうやら話の意図を理解してくれたみたいだ。

 これでようやく、本題に入れる。


「では、お話ししていきます」

  

 昼間の酒場が、妙に静かに感じる。冷めた紅茶の香りが漂い暑くも無く、寒くもない。

 そこは普通の空間だった。どこにでもある酒場の一風景。

 でも、私達の間には神妙な空気が包んでいた。

 ウィルの目が、私の瞳を捉えている。私も同じように、ウィルの青い瞳をまじまじと見つめていた。臆することなく、ただ漫然と。

 張り詰めた糸のような緊張感。でもその緊張感が妙に心地いい。息苦しさも身体の硬さも感じない、よい緊張感だ。

 瞬きを一度して、それからゆっくりと口を開いていった。


「職場環境を良くするためにはどうすればいいか、とのことですが……」

「………………」

「どうも空回っているようですね」

「!?」


 ウィルは平静を保っているように見える。でもその目が一瞬、大きく見開かれたのを私は見逃さなかった。


「ウィルが騎士団をよくしたい、という思いやエネルギーはすごく強いようですが……どうもその思いだけが先行しているようです」

「なる、ほど…………」

「騎士団の中で気苦労も多く、人間関係は上手くいっていないと、感じていませんか?」


 今度は、明確に驚きの表情が浮かびあがった。


「それは……あるかも、しれない」


 苦虫を噛み潰したかのように、ウィルは一人語り出す。 


「決して、馴染めていないわけではないと思うんだが……自分の理想と騎士団が今まで積み重ねてきた空気とか雰囲気みたいなものが、ちゃんと噛み合わっていないとはよく感じている……」

 

 なるほど。

 さっきの「職場は好きか」と「職場で何かあったのか?」という質問に言いよどんだのは、それが理由なのかもしれない。


「そうですね。騎士団の中は良くも悪くも、色んな意味で寛大なようですし」

「ちょっと待て!? なぜそれを!?」


 突然ウィルが声を荒らげ、私もさすがにビックリだ。


「どうして騎士団の内情を知っている? 君は、この街に初めて来たのではなかったのか!?」


 ウィルの目が、途端に鋭くなる。

 先程までの雰囲気から一変、まるで警戒するようにこちらを睨む。

 今にも傍に置いた剣に手が伸びてもおかしくなかった。


「え、と、その……」

「落ち着けよ、ウィル」


 そう言ってウィルの肩に手を置き彼を抑えたのは、いつの間にか私達の席の近くにやってきていた店のマスターだった。


「すまんな嬢ちゃん。カウンターから面白そうなことしているのが見えたから、つい」

「い、いえ……」


 頭髪を剃り上げたマスターは、ウィル落ち着かせようと軽く肩を叩く。

「お前さん、真面目なのはいいことだが、すぐ熱くなるのは悪い癖だぞ」

「ッ……」

「コイツの代わりに教えてやるとだな、ここの騎士団ってのは少し前まで、決していい連中とは言えなかったんだわ」


 騎士団、と聞けば街を守る花形とも言える煌びやかなイメージがつきやすい。実際、大きな都市の騎士団ともなれば、人気も高く、人によっては街を歩くだけで女性達から黄色い歓声が上がりもする。


「この街は交易都市だから、良くも悪くも金を持つ奴が力を持ちやすい。おかげで街を守るはずの騎士団も、汚職や賄賂やらで、色々黒い噂が絶えなくて……」

「なるほど……」

「それがこのウィルが着任してからというもの、騎士団も少しずつ改善していったんだよ」

「そういうことだったんですね」

「……知らなかったのか?」


 信じがたいような様子で、ウィルが呟く。


「いや……初めて来たのだから当然か。すまない、驚かせてしまった……」

「いえ……」

「しかし、なぜ騎士団の内情が分かった?」


 ウィルが不思議そうにこちらを見てくる。 

 困ったなぁ。

 ビリアンの時もそうだったけど、果たして納得してもらえるかどうか。


「その……占いに、そう出ているので……」

「…………」


 やっぱり疑惑の目は変わらない。

 とはいえ、結果はまだすべて話し終えたわけじゃない。戸惑いながらも私は話を続けることにした。


「ええっと、ウィルは……かなり頑張っているようですね。実際、騎士団の環境もよくなってきていると占いにもでています。ただ……」

「ただ……?」

「このままでしたら、現状が限界です。それ以上を望むことは難しいでしょう」


 分かりやすいくらいウィルが肩を落とす。

 気持ちは分かる。自分のしてきたことがこれ以上の成果を望めないと言われれば、誰だってそうもなるだろう。

 でも……私は占いには嘘はつけない。

 現実は、嘘と欺瞞だらけ。それは現世でも異世界でも変わらない。

 だから未来を見通す占いだけは、嘘偽りなく、正直でありたいのだ。

 それに――占い結果はまだ全てを告げたわけじゃない。残っているのは、まだいくつかある。

 その中には、さっき光を放っていたカードもあるのだ。

 大アルカナの0番。《愚者》その逆位置。

 そのカードが、指し示す意味は――


「ウィル、もしかして……」

「………………」

「皆さんに遠慮してません?」

「なっ!?」


 ウィルが今までで一番の驚きを見せた。

 目を見開き、顔を真っ赤にして、まるで怒るように勢いよく立ち上がるが、先ほどの失敗を思い出したのか、声を震わせ尋ねてくる。


「なっ……なぜ、そう思う……?」


 でも、私の答えは変わらない。


「……占いでそう、出ているので……」

「…………ッ」

「ウィル」


 マスターの一言に、大きく息を吐いて再び席に腰を下ろす。


「す、すまない……」

「い、いえ……」


 ああ……やっぱりか。

 また、屋敷の時と同じだ。

 どれだけただの占いだと言っても、結果を気持ち悪いだ、なんだと言って騒ぎ立てる。

 やっぱりこの人も同じなのか……。


「……それで?」

「?」

「それで、どうすればいいんだ……? その占いはアドバイスも出るんだろ……?」


 驚きだった。

 ウィルは、感情を露わにしながらも、最後まで聞いてくれるようとしている。


「あ、はい……」


 私は望まれるまま、話を続けた。


「鍵となるのは……ウィルさん自身です」

「俺、自身?」

「重要なのは、ウィルさん自身が変わることです。先程も言ったように今のままですと、いずれ力の限界がきます」


 問題なのはウィル一人の力では限界があり、人間関係が上手くいっていないせいで、周囲から協力が得られていないことなのだ。

 だけど、その人間関係の部分をウィルが改善出来ないとも思えない。


「私はウィルのことまだよく分かりません。それでも、このお店の人達と接する姿を見て、決して悪い人ではないと思いました。同じように、騎士団の人達にも心を開いてみてはどうでしょう?」

「………………」


 その結果に待ち受けるのは、小アルカナ《ペンタクルの7》、その逆位置。

 7枚の金貨がなる緑樹の前で、鍬にもたれかかる農夫の男性。浮かない顔つきは実った金貨に満足し安堵しているのか、それとも不満を感じ悩んでいるからなのか。それが意味するところは――次の段階、方向転換による新たな動き。


「それが直接結果に結びつくわけではないとしても……それでも、ウィルに協力してくれる人も見つかるはずですし、必ず次の段階へと繋がるはずです」

「そう、か……」


 以上です。そう告げてウィルへと見上げる。

 ウィルは顔を下に向けなにか思い詰めたような表情が覗えた。


「ごめんなさい。あまりお力になれなかったみたいです……」


 やっぱり、他人に占いをするものではなかったのかもしれない。

 いそいそとカードを片付け始める。

 ここを去ろう。きっとここも私の居場所ではなかったんだ……。


「いや、そんなことはない……」

「え?」

「むしろ……助かったよ」


 ウィルが顔を上げる。

 まるで憑き物でも落ちたかのように、随分とスッキリとした顔をしていた。


「着任してから騎士団を良くしようと色々としてきて、少しずつ成果も出ていた。でも……」


 正直、手詰まりを感じてはいた。そうウィルは小さく呟く。


「思い返してみれば、騎士団をよくしようと思って締め付けを厳しくするばかりで、一人一人とちゃんと向き合えていなかったかもしれない」

「………………」

「君の占いのおかげでやるべきことが分かった。ありがとう、マリー」

「いえ……そんな」


 そっか。

 最初はお世辞かとも思った。

 でも、そうじゃない。今度はちゃんと、力になれたんだ。

 このカード達が、占いが、誰かの役に立てたんだ。


「ま、マリー!?」

「大丈夫か嬢ちゃん!?」


 それは熱い頬を伝い落ちていく。

 心の中のゴチャゴチャとした感情を洗い流す様に、それは冷たい雫となって流れ落ちていく。

 胸の奥でなにかがキュッと音を立てる。


「いえ…いえ、すみませんウィル、マスター」


 嬉しかった。思わず涙ぐんでしまうくらい。

 なぜだか、この瞬間――私は、救われた気がしたんだ。

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