第一章 占いにウラはありません
第一話 街へ
「すごい。人がこんなに」
馬車を降りて正面の街の入り口。メインの通りとなる目抜き通りには、様々なお店が並び多くの人々が行き交っている。
婚約解消を言い渡され、屋敷からも追い出され、帰る家にも見放され、流れ流れてやってきたこの街、交易都市ダグワーズ。
この国の物流の中心地であり西から東から、海を越え山を越え、様々な物資が行き交い、それらと同じくらいの人々がやってくる
「さて、と」
持ち上げたカバンにはたいした荷物も入っていないから、さほど重くもない。
私は婚約解消を言い渡され、ヴェールヌイ家からも追い出された。泣く泣く実家のアリアンロッド家に帰るも、婚約解消の件で「アリアンロッド家の恥だ」「勘当だ」のオンパレード。
そうして全てを失った。婚約相手も、家柄も、なにもかも。
頼るべきものがなにもないなか、この交易都市ダグワーズなら、追放された自分でもなにか仕事もあるだろう、生きていけるだろうと思い私もやってきたのだ。
「とりあえず、街を見つつ宿と仕事探しかな……」
街の目抜き通りなだけあって、馬車が並んで通れるくらい広く、人通りも多く、ちょっとした祭りのような騒がしさだ。
通りに沿ってお店や屋台が並び、所かしこから、活気のいい声が聞こえてくる。
私は、なにも持っていない。
貴族の家に転生したと言っても、その家の財産は親のもの。その親だって婚約解消を理由に絶縁を言い渡されてしまった。
でも転生したんだから、現代知識があるでしょ。と、思われても現世では普通の一般人で広告代理店勤め。そんな人間が持っている知識なんてたいしたものなんてない。
あるのは、数日分の着替えと僅かなお金、そして――
(このお手製のタロットカードだけか……)
腰に差したホルダーに収められた、七十八枚のカード達。
二十二枚の大アルカナと、五十六枚の小アルカナ。これらが私の持つ全てだ。
私は一人だ。
今までは貴族と、令嬢という立場が自分を守ってくれていた。でもそんな守ってくれる存在はもうどこにもいないのだ。家族も、家柄も、そして婚約者も。
これからは一人で生きていかねばならない。
現世で死んで貴族の令嬢に転生したと思ったら、まさかこんなことになるなんて。
はぁ……思わずため息が漏れる。
ため息をつくと幸せが漏れるなんて言うけど、その幸せ自体、もう尽き果ててスッカラカンよ。
「これからどうしたものかな……って」
あれ……? ここ……どこだ?
さっきまで人の行き交いが盛んだったはずなのに、周囲には人気が全くない。それどころか陽もほとんど当たらない、湿って濁った空気まで漂う狭い道。
これは、もしや……表の通りから外れて、裏路地に来てしまったか?
「あーもう、なにしてるんだろ」
初めての街で、考え事をしながら歩いていたせいだろう。
こんな場所、ろくでもない人が出てきそうな雰囲気だ、早く離れて元の道に――
「って、あ、あれ?」
元来た道も、どこ?
振り返ってみても、建物が密集しているせいで路地が入り組み、どこから来たのかも分からない。下手に道を選んだらますます迷いそうだし……。
うーん、困った。
「あれあれ? どうしたのお嬢さん」
そんな時、背後から声をかけられた。
振り返ればそこには、男性が三人。見た目は決して見窄らしいわけではないんだけれど、軽薄そうと言うか、なんというか。
もしや、これは……。
「もしかして、道に迷っちゃったの?」
「うちらが案内してあげるよ」
うっわー……。
これまた典型的なのが現れたなぁ。
「いえ、大丈夫ですから……」
「おいおい、気にすんなって」
「ここら辺で、一人で出歩いてると危ないぞ~」
う、うぅ……。
怖い……というよりも呆れている。
こういう軽いノリの人達、現世でも苦手だったんだよなぁ。
一応周りにはいくつか道がある。逃げようと思えば逃げ道はあるけど、この街に来たばかりだし道がどこに続いているかも分からない。行き止まりにでも当たったら、それこそ最悪だ。
声を上げて助けを呼んでみる?
でも周囲には人はいないし、目抜き通りからどれだけ離れているかも不明なまま、声が届くかも分からない。
なにより、見ず知らずの私を助けてくれる人なんているのかどうか。
どうしよう。
「……?」
後ずさっていると、ふと腰に手が当たった。
そこにはあったのはホルダーに納められた私のタロットカード達。
ふと、頭の片隅でその発想が流れてきた。
(……占って、みる?
こんな状況で?
でも……他に信用できて、助けてくれる人もいない。
今の私に唯一信じれるのは、このカード達だけだ。
それなら――
「――っ!」
私は、腰のホルダーに手を伸ばす。
78枚のカードから一枚だけめくり占う、タロットの最もシンプルな占いワンオラクル。この状況を打開するには、どうすればいい?
そう強く願い、勢いよくカードを引く。
それは、まるで運命でもあるかのようで、私は思わず、驚きの声を上げていた。
「え?」
そのカードには、緑のリーフの中心で女性とも男性とも言えない人物が踊っている。
リーフには二つの赤いリボン、四隅にはそれぞれ鷲、雄牛、獅子、人間がカードの中心にいる人物を見守っている。
カードナンバー21――《世界》のカード、その正位置である。
「う、嘘でしょ……」
よりにもよって、まさかのカードだ。
この《世界》の正位置が指し示す意味は成功、成就、大きな理解。タロットカード最後の一枚にして、一つの到達点であり――終わりを示す。
まさか……私の人生ここで終わりってこと!?
「………………」
いや、そんなことない。
《世界》はタロットカードの中で、《戦車》、《節制》と続く三枚の勝利のカード、そのうちの最後の一枚であり最も輝かしい一枚だ。
そんなカードがこの状況下で来てくれたんだ。きっと、きっとなにか意味があるはず!?
「あ」
よく見れば、足下に杖……と呼ぶにはちょっと見窄らしい棒きれが。
《世界》のカードも、二本の棒(ワンド)を持っていて、それは力の具現を示すものでもある。それなら……。
「は?」
突然カードを引いてあっけにとられた男達が、今度は顔をしかめる。
私は、足下の棒を手にしていた。
今まで、戦った経験なんてないし、運動だってそんなに得意じゃない。
けれど、カードが指し示してくれた。《世界》のカードは成功と成就のカード。これで、殴りかかればきっと勝てる! 私は、占いを信じる。
握った棒を大きく振り上げ、声を上げて全力を振り絞った。
「え、えーい!」
「えーいじゃねぇんだよ」
が、全力で振り下ろしたはずの棒きれは……男に簡単に弾かれていた。
「こんなもん振り回し……いや、振ったのかも怪しいトロい動きだったぞ……」
「さすがに危ねぇって、嬢ちゃん」
「見てるこっちが不安になるよ……」
ううっ。
よりにもよって相手に心配されるなんて……。
「なんかホントにかわいそうだからこっち来いって」
「ちょ、やめてください!」
男達が、強引に腕を掴んでくる。
ええ、ああすれば勝てるんじゃなかったの?
「別になにもしねーから」
「マジで危ねぇって」
「やめて、やめて。やーめーて!」
そんな時だ。
「なにをしてる、お前等!」
どこからともなく、声が響いた。
青空のように澄んだ声。
まるでそこにいるのかが当然のように私は見上げていた。
裏路地の狭い空、その右上の建物の屋根に、人影が。
「だ、誰だお前!?」
男達の声を合図に、その人影が屋根から飛び降りる。
地面に静かに降り立つその人は、左肩に細長く短い布を垂れさせた肩章が、もう片方の肩から赤く短いマントが。まるで王子のような格好だった。
短い髪、キリッとした目鼻立ちだけど少し幼い顔立ち。しかし立ち振る舞いは騎士のそれ。真っ直ぐ揺れることのない立ち姿は、一本の剣のように鋭い。
「こんなところで女性に手を出そうとする輩に、答える名などない!」
「ぐわっ!?」
鞘に収まったままの剣で、バッサバッサと瞬時に三人の男達を打ち倒す。
その剣技は鋭くもあり、華麗で思わず見とれるほど。
「クソ、騎士団の奴だ」
「うぅ、に、逃げろ!」
男達が逃げ出していく。
路地の闇に消えるまで、その王子様はずっと睨んでいた。
そして、彼らが去ったのを確認すると。
「大丈夫か?」
彼が私に優しく声をかけてくる。
でも私は声を失っていた。
だって、あまりに突然だった。
変な男達に絡まれ、突然現れた王子様。しかも屋根の上の高い所から、飛び降りて。
そんなの、まるで、まるで……!
「こ、子供っぽい……」
おもわず本音が声に出ていた。
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