令嬢マリーの占いにウラはない
碧崎つばさ
序章 マリーの占いにウラはない
「ふっ、ふざけるなぁっ!!」
屋敷中に怒号にも似た声が響き、天井のシャンデリアが揺れる。
パーティーの騒がしさに似つかわしくない怒鳴り声は、参加者が食事や歓談を止めて怒号の中心を注目するほど。誰もが困惑の顔を浮かべていた。
「え、えぇっと……」
でも、なにより困っていたのは私自身である。
困り顔を浮かべるほかに、なにも術がなかった。
「こ、こんな大勢の前で……私に恥をかかせるようなことを!」
彼の怒りは収まる様子を見せない。
周囲にいた屋敷の執事やメイド、パーティーに参加している知人の貴族達までもが、彼を宥めようと必死だ。しかし、それでも彼は怒りを治めようとしない。
「それが、婚約者に対してすることか!?」
それは私も思うよ、婚約相手に向けるには随分と乱暴な罵声じゃない?
何でこんなことになったのか、事の経緯はこうだ。
今日は、私と彼の婚約を記念したパーティー。
とは言っても、貴族というのはなにかとパーティーをしたがるもので、今日だって婚約記念と言いつつも、なんてことはないいつものパーティーに変わりはなかった。
代り映えのない参加者、代わり映えのない音楽とダンス、テーブルの上の食事やお酒もいつもと変わらず、特別目を引くようなものもない。
それもあって、パーティーはいつもマンネリ。せめてなにか変わった催しはないものかと話題に上がった時、婚約者の彼は言ったのだ。
「君の趣味を披露してはどうだろう?」
私の趣味、それは――占い。
私がこの亜麻色の髪がほどよく風に靡く令嬢マリアベル・アリアンロッドに転生する以前、現世では占いが趣味だった。
異世界のご令嬢に転生。と聞けば聞こえはいいが、特別やることなんてない。
倒すべき魔王もいなければ、冒険をするための未知の秘境もない。毎日毎日、お屋敷で薄ら笑いを浮かべ、パーティーとお見合いばかり。
最初の頃は物珍しさから楽しくもあったけど、今ではもう飽き飽きするくらい。
だから私は、タロットカードを作った。
二十二枚の大アルカナと五六枚の小アルカナ、系七十八枚。
それらを作るには、時間は有り余っていたのだ。
そんな私のタロットカードに興味を示したのが今も顔を真っ赤にしているこの婚約者、ヴェールヌイ家男爵、ビリアンだ。
彼は決して悪い人ではない。容姿も女性に好まれそうな二枚目。揺れる金色の髪をなびかせる貴族らしい貴族で、ちょっと傲慢というかプライドが高いというか。まあ、見栄っ張りなだけなのだ。
御家同士の政略結婚のような形で、婚約を機に私のアリアンロッド家から、彼のヴェールヌイ家に入ることになったけれど、周囲の人々は私も知らない人がほとんど。恐らく彼は、パーティーに来てくれた人達に私を紹介しようと、この余興を言い出しただけなのだ。
ただ……私の占いに関していくつか問題があった。
私は、自分以外を占った経験があまりなく、転生してからは始めての経験だ。だから最初は遠慮していたんだけれど、私同様パーティにマンネリを感じていた貴族の方々に担ぎ出されてしまったのである。
そして、もう一つがこれ――占い結果だ。
「私にか、かか、隠し事だとぉ!? そんなもの、あ、ああああるわけないだろ!?」
その狼狽した態度が、もう隠し事があると言っているようなものじゃない。
占った内容は、『今後、このヴェールヌイ家を発展させるには、どうすればいいのか?』
私の占いは、ビリアンの特徴のいくつかを見事に捉えた。その度に彼や周囲で観覧していた人々は、感嘆の声を上げていたのだけれども……どうも彼の触れてはならない部分をも言い当ててしまったようなのだ。
というか……もう少し貴族らしい隠し方でもできれば違っただろうに。
最も、その点は私も同じかもしれないが。
「出ている結果が、そう言っていますので……」
そして、最も大事な問題――私は、占いに嘘がつけない。
つけない、とは少々大げさだが決してそういう縛りや制約があるわけではなく、私のこだわりのようなものだ。
現実は嘘や欺瞞に溢れている。
時にそれは人や社会を回すためには必要なものだ、それが分からないほど私は幼くはない。だからこそ、占いにだけは私は誠実でありたいと思っている。
だから占いは出たままを話そうとしたのだけれど……。
「た、ただの占いですから……」
「き、貴様! なにが狙いだ、婚約者の私を貶めるなどなにかしら思惑があってのこだろう!?」
「そんなこと……」
そう、これはあくまでも占い。ウラなんてないのだ。
期待も無ければ思惑も、魂胆だってない。未来を決定するような力も、絶対的影響力を持つ魔法のようなものでもない、そう、ただの占いなのだ。
「ええい、うるさい、うるさい!」
でも、それは彼には伝わっていないようだった。
「お前とは婚約破棄だ! 追放だ! この屋敷から出て行けーッ!」
屋敷に鳴り響いた怒号と共に、私はヴェールヌイ家の屋敷を追放されたのだった。
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