もう一度始める幼馴染再開作戦〜完璧幼馴染に相応しくないと言われ光を失った俺、最後に同級生を殴り飛ばしたら白銀少女と成り上がることになった〜

沖葉

プロローグ

「さっくん……」

「林檎……」


 人気の無い夜の公園で、卯月朔うづきさく首藤林檎すどうりんごは互いに見つめ合っていた。

 音は衣擦れ程度で、街灯はライトアップするように二人の周りだけを照らし、暗闇の中の光となっていた。

 観客たちは音を一斉に遮断しスクリーンに意識を集中する──映画ならまさにそんなシーンといったところだろうか。


「実はさ、林檎がこの前気になるって言ってた映画あったじゃん?」

「……え。え、えーと映画映画……」


 予想した内容とは違っていたのか、林檎の瞳にあった潤いが小さくなっていく。

 それでも観客は今か今かとその時を待ち望んでいる。


「ほら、あの少年少女たちが一斉にタイムリープする──みたいな」

「あぁ! あれねっ! もうそろそろ公開だったよね。行こうと思ってるんだけど……一緒に行こうとしてた友達が行けなくなっちゃって、さ。だから、その……」

「もしよかったら、さ」


 瞬間、冷たい風が音を立てて二人の間を通り過ぎる。

 観客たちは熱さしか感じない手汗と祝福の風の登場でこれでもかと瞳を大きくする。まるでスクリーンの二人のドキドキが自身の心臓そのものであるように。

 そして──。


「うちのクラスの井上ってやつもその映画が気になってるらしくて、あいつ映画かなり好きみたいでさ、ほら、この前林檎も言ってたろ? 俺が映画好きならもっと色々語れるのにーって。だから、二人で映画でも……どうかなあって」


 瞬間、時が止まった。

 二人を取り巻く空気、音までもが朔の発言に幻滅しているかのように動きを止めた。

 朔自身もこれには気づいたようだが、既に観客たちは存在ごと消滅した後だった。


「──さっくん」

「は、はい」

「さっくんはそれでいいの?」

「……え?」

「私と井上くんが一緒に映画を見に行くこと、だよ」

「……それは……」

「私はいや」


 少女は真っ直ぐに朔を見つめる。さきほどよりも瞳の潤いは増していたが輝きは伴っていない。

 これに朔の心はひどく揺れる。


「井上くんにそう言えって言われたんだよね? だってさっくんと井上くんは──」

「友達……だから。そりゃ友人の頼み事だったら伝えないと、じゃん」

「嘘。それに私に直接言えずに他の人に頼むなんて卑怯な人間がすることだよ。さっくんはそんな人と友達になるような人じゃない」

「……」


 林檎の言う通りだった。

 朔は井上というクラスメイトに良いように扱われているだけ。それは朔自身にもわかっていた。

 卯月朔には友達がいない。強いて挙げるなら幼い頃よりずっと一緒にいた首藤林檎だけで、彼女は友達と呼べるような関係とはまた違う。

 人気者なのに、日陰者の朔にいつも優しく温かい──そんな彼女と対等になるためにやっと掴んだのが井上だった。休み時間一人でいる時に話しかけてくれたり、課題の確認の見せ合いをしたりと孤独な朔にとっては救世主のような存在で。


 だが井上の興味は林檎にしかなかった。

 きっかけなんてどうだっていい。始まりが悪くても行動次第で関係性も変わっていくものだと。そう思い込んで、自分の一番大切な存在を、悪く言うと売ったのだ。


 その結果、林檎を悲しませていることに朔はひどく後悔した。


「……ごめん」


 林檎は朔の手を取り、俯いた顔に位置を合わせるように持ってくる。


「ううん、私こそごめんね。さっくんが不安なのはわかってるのに。うまく力になれなくて、本当にごめん」


 林檎の言葉には建前というものがないほど感情が色濃く発露していた。


「林檎は謝ることなんて何も」


 林檎は朔の全てを包み込むようにそっと身体を覆い被せた。


「大丈夫。まだ知らないだけで、君のことをわかってくれる人は絶対にいる。一歩ずつ、で、いいんだよ。それまでは……いや、ずっと私もいるから……ね」

「……うん」


 サラサラと吹く風は周囲の木々を揺らし心地良い音を奏で始める。

 優しく抱き締められた身体は後ろからさすられる度に落ち着きを取り戻していた。


 卯月朔と首藤林檎の関係はいつもこうだった。

 守るものと守られるもの。ずっと一緒に生きてきたからこその絆が確かにあった。

 どんな壁があっても最後には二人の心が通じ合えるのならば構わない。

 彼らにとっての正解はきっと今この瞬間なのだ。


 そう信じて、幼馴染たちは今日も一歩を踏み出していく。

 いつまでも大切な幼馴染で有り続けるために──。

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