第39話 束の間の平和
抜けるような青空の下、フラウの巣の洞窟から出てきた俺は大きく伸びをした。
「今日も絶好のお出かけ日和だ!」
「そうですね! 気持ちの良い朝です!」
俺の言葉に、隣にいたフラウが嬉しそうに答える。
「じゃあ行くか! 今日はどこに行きたいんだっけ?」
「はい! まずは以前のあの村に行きましょう!」
フラウは以前俺とフラウが暮らしていた村に行きたいと言った。たしかにあの時は長老や村人たちにたくさん世話になったし迷惑もかけた。
改めてお礼をしに行くのもいいかもしれない。
「そういえばさ、フラウ」
「はい? なんですか?」
「お前がよく言ってたその……子作りのことなんだけど……」
「ふぇぇ!?」
突然の話題転換に驚いたのか、フラウは顔を真っ赤にして変な声を出した。
「だ、だからさ、その……お前やたらと子ども欲しがってたじゃん」
「そ、それは……私の命が残り少ないと思って焦ってたからでですね! つまり……はい、分かりましたしましょう!」
「ま、待て! 落ち着け! 今すぐにとは誰も言ってないだろうが!」
今にも飛びかかってきそうな勢いのフラウに、俺も慌てて制止する。
「その……俺たちの目標は達成されてお前も自由になったことだしさ。お前さえよければ俺は構わないぞって……それだけ言いたかっただけだ」
「え? ……ほ、本当ですか!?」
フラウはパッと顔を輝かせると、俺の手を取ってきた。
「ロイ!」
「はい」
「──ッ! ロイッ!」
「なんだよ……」
「私、頑張りますね! ちゃんと赤ちゃん作れるように!」
「そ、そうだな……俺も協力は惜しまないぜ……」
フラウのあまりの喜びように、若干引き気味になりながらも、俺はそう答えた。
「さぁ、早く行きましょう! 時間がもったいないです!」
フラウはそう言うと、俺の手をグイグイ引っ張って歩き出した。──巣である洞窟の中へと。
「待って待って、どこへ行くんだ! 村に行くんじゃなかったのか!」
「何を言っているんですかロイ? 善は急げですよ?」
「何を急いでいるんだお前は!」
「子作りです! 早くしましょう!」
「ちょ、ちょっと!?」
俺が困惑していると、救世主が現れた。
遥か遠くの方から何かがこちらに飛んできたのだ。それはみるみるうちに大きくなる。巨大な純白のドラゴンだった。
ドラゴンは強風を巻き起こしながら俺たちの前に舞い降りた。
「久しぶりだな、アイシア」
「……姉様、いいところだったのに邪魔しないでくれます?」
アイシアこそが、フラウから守護龍の役割を引き継いだ相手なのだ。最初本人はかなり嫌がっていたのだが、可愛い妹のたっての願いということで、人間と契約して守護龍となっていた。
──そしてその契約相手というのが。
「よおよお、お2人さん。相変わらずおアツいねぇ……」
大剣を背負ったスキンヘッドの大男がアイシアの背中から降りてくる。──シドニウスのオッサンだった。彼は俺の跡を継いでドラゴンライダーとなり、今はこの国の王として君臨している。
「シドニウスのオッサンも久しぶりだな」
「なんですか2人とも、私とロイの関係を邪魔しに来たんですか!」
フラウが2人に詰め寄ると、シドニウスは肩を竦めた。すると、アイシアも人間の姿へと変身した。
「おいおい嬢ちゃん。ドラゴンライダーと守護龍の役目を押し付けた相手に向かってそりゃあねえんじゃねぇか?」
「あら、あなたドラゴンライダーになれるって聞いた時は散々喜んでたじゃない?」
「いやまあ……確かに楽しませてもらっているけどなぁ。……うるせえんだよこいつが」
「お互い様でしょうが。そんなにウチが気に入らないならあんたをここで食ってやってもいいのよ?」
「んだと? オレがドラゴンスレイヤーでもあること、忘れたとは言わせねえよこのクソドラゴンが!」
シドニウスとアイシアは何故か額を突合せて喧嘩を始めてしまった。まあ、仲は良さそうなのでいいことだ。
「そういえば、お前がここに来るなんて珍しいな。なんか用事でもあったのか?」
「ああ、それなんだけどな……」
そう言って、シドニウスは深刻な表情をした。
「最近国の外の魔物どもの動きが不穏でな。……なにやら、魔王が復活したという噂もあるんだよ」
「へぇ、そうなのか?」
「魔王っていったら、英雄と女神とドラゴンライダーが共闘してやっと倒したと言われる強敵よ。そんなやつの相手はウチとそこのオッサンだけじゃあ無理無理。で、あんたたちを呼びに来たわけ」
アイシアはやれやれといった様子だ。
「それで、俺らにどうしろって言うんだ?」
「この国に戻ってきてくれないか? ……正直今の戦力では心許ないんでな」
2人の頼みに、俺はフラウの顔を見る。フラウは複雑な表情をしていた。
「フリーダは?」
「フリーダの姉ちゃんは国の立て直しで大忙しだ。それに、兄ちゃんたちを呼びに来たのは姉ちゃんの頼みでもあるんだ」
「なるほどな……」
俺はフラウを見た。彼女は首を横に振った。
「嫌です。ロイはここで私と子どもを作るんです!」
「フラウ……頼むからさぁ……」
俺が宥めようとすると、フラウは泣き出しそうになった。
「魔王を倒すなんて何年かかるか分かったものじゃないですよ! そうやっていつも先延ばしじゃないですか! そうしてるうちにロイが死んでしまったら? ──ロイは本当は私との子どもを作りたくないんじゃないですか!?」
「んなことあるか!」
俺は思わず怒鳴ってしまった。フラウの目からは涙が零れる。
「だって! ……ロイはいつまで経っても私とキス以上のことをしてくれません! どうしてですか! やっぱり私のことが嫌いだから──」
「ちげえよ!」
俺はフラウの唇を奪った。一瞬の口づけだったが、フラウを黙らせるには十分だった。
「!?」
「好きだからだよ! お前が可愛くてしょうがないからだろ!」
「ロイ……」
俺の言葉に、フラウの頬が赤く染まる。そして、そのままギュッと抱きついてきた。とりあえず機嫌を直してくれたようだ。俺もだんだんフラウの扱いに慣れてきたかもしれない。
「私も……大好きです」
「ああ、俺も同じ気持ちだ」
俺がそう答えると、フラウは潤んだ瞳を向けてくる。
「……もう我慢できません」
「えっ……ちょ!?」
フラウは俺の手を掴むと、凄まじい力で巣の中へと連れ込もうとした。暴走してしまったフラウを、俺とシドニウスとアイシアの3人がかりでなだめて、ようやく彼女が落ち着いたのは夕方になってからだった。
──撤回しよう。やっぱりフラウの扱いは難しい。
とはいっても、彼女も魔王が復活したという事の重大性は認識していたらしく、俺たちが説得すると渋々ながら折れてくれたのだった。
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