第38話 契約を解除しました

 俺は一瞬逡巡しゅんじゅんした。この状態でもフラウと一緒にいることには変わりない。なによりもフラウ自身が望んだことだ。


 だけれど、俺が真に願っていたのはフラウの自由だった。

 封印や契約に縛られずに、自由にドラゴンとして生きてほしい。女神を倒した今、彼女を脅かす存在はいないのだから。

 それに、彼女は何度も命をかけて俺を守ってくれた。俺が彼女のために命を懸けない理由はなかった。


「契約が解除されれば、あなたはドラゴンライダーとしての力を失う。それだけじゃない。もしかしたらフラウに力を持っていかれた反動で死ぬかもしれない。それでもやる?」

「ああ、元々フラウに救われた命だ。彼女のために捨てるなら本望だよ」


 俺が答えると、フリーダは満足げに微笑んだ。そして「じゃああなたの好きなようにしなさい」と付け加えた。


「ああ、俺はフラウを契約から解き放つために解呪を使う……」


 自分自身に解呪を使用するなんて初めてだった。自分の胸に両手を当てた俺は、魔力を込めてスキルを使用する。


「──解呪ディスペル!」


 すると俺の身体を眩い光が包んだ。目も眩むほどの光。視界が真っ白になり、意識が遠くなる。



「……っ!」


 思わず目を閉じ、必死の思いで堪えていると、俺の腕の中に何か温かいものがあることに気づいた。

 恐る恐る目を開けてみると……。


「フラウ?」


 俺の手の中にはフラウがいた。あの美しい鱗に覆われた姿ではなく、人間の少女の姿に戻っている。いや、こっちもこっちで美しいことには変わりないんだが、なんだかすごく懐かしい感じがする。よかった。成功なのか?

 俺の顔を見つめていたフラウは、ゆっくりと口を開いた。


「……ロイ?」

「フラウ!」


 俺は力いっぱいフラウを抱き締めた。


「よかった! 本当に良かった! もう会えないんじゃないかと思った!」

「痛いですよ、ロイ……」


 そう言って笑うフラウの目には涙が浮かんでいた。


「ごめん、嬉しくてつい……」


 俺が力を緩めると、彼女は自分の胸に両手を当てながら呟く。


「魔力が戻ってる……ロイ、あなた私との契約を解除しましたね?」

「えっと……ああ、そうなるな」


 するとフラウの表情は一変して、寂しそうな表情になった。俺が自分の右手の甲に目をやると、そこに刻まれていたはずの契約の紋章は綺麗に消えていた。どうやら契約を解呪で解消することには成功したらしい。


「どうして……ロイにとって私はもう用無しってことですか?」

「いや違うんだよ聞いてくれ!」

「どう違うんですかっ!」


 フラウは頬を膨らませて怒りをあらわにしてくる。全く、喜んだり泣いたり怒ったり、忙しいやつだ。


「その……お前ともう一度話したかったから……っていうんじゃダメか? このまま俺と一体化してたら、こうしてお前と触れ合うこともできないし……」

「……えへへぇ」


 そう言って頭を撫でてやると、彼女は露骨にデレデレとし始め、機嫌を治したようだ。



「私を助けるために契約を解除するなんて……ほんとにロイはお馬鹿ですね! ぷんぷんですよ!」

「うっせえよ! お前も勝手に俺と一体化しやがって……お互い様だろうが!」


 俺たちは見つめ合うと、どちらからというわけでもなく自然と唇を重ね合った。柔らかい感触にドキドキしながらも、その温もりを離すまいと必死にしがみつく。

 そうして長いキスを終えると、俺はフラウの頭を撫でながら言った。


「おかえり、フラウ」

「ただいまです、ロイ」


 フラウは花のような笑顔を浮かべると、もう一度俺を強く抱き寄せてきた。


「フラウ……お前はもう自由の身だ。契約に縛られて俺と一緒に居なくてもいいんだぞ? フラウの自由に好きなことをして生きていいんだ」


 俺がそう口にすると、フラウは不思議そうな顔をした。


「何を言っているんですか? 私とロイはパートナーです。それは契約が解除されても一生変わりません」

「でも……お前はもっと色んな世界を見てみたいと思わないのか?」

「……べつに?」

「なんでだよ!? だってせっかく自由になれたのにさぁ……」


 俺が困惑していると、フラウは呆れたようにため息をついた。


「そんなこと気にしていたんですか? 私はドラゴンですよ? あなた方人間と違って時間は沢山あります。自分のために使う時間は、ロイのために時間を使った後でも十分すぎるほどあるんです……だから」


 フラウはそこで言葉を区切ると、俺の頬に手を添えてきた。


「これからもずっと一緒にいてあげます。ロイが死ぬまで、ロイの側にいます。……それが私の願いです」

「フラウ……ほんとにお前ってやつは……」

「私の自由にしてもいいってロイは言いましたよね?」

「ああ……そうだけどさ……」


 フラウは悪戯っぽく微笑むと、俺の首に腕を回してきた。


「なら、これは約束の印です」


 そしてそのまま再び俺にキスをしてくる。


「お、おい!?」

「なに照れているんですか? いつもやっていることでしょう?」

「そ、そうだが……」


 俺がチラッとフリーダの方をうかがうと、彼女はニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「あらら~、見せつけてくれるわね」

「べ、別にそういうんじゃない!」


 俺が慌てて否定するも、フリーダは意味深な表情で続ける。


「あなたたち、これから大変よ?」

「……?」

「女神はいなくなり、王都は荒れ放題。ここから国を立て直すには強力なリーダーが必要なの。──悪いけれど、あなたたちにはまだ『ドラゴンライダー』として働いてもらうわ」


 俺はフラウと顔を見合わせると、力強くうなずいた。


「……大丈夫、覚悟の上だ」

「私たちに任せてください!」



 ***



 それから数ヶ月、俺はこの王国を支配していた女神ソフィアと偽の王ヨアヒムを倒した英雄として担がれ、新たな王として存在していた。

 とはいっても本当に形だけのもので、政治の分からない俺に変わって、国の立て直しはフリーダが行ってくれていた。


 なので、基本的には俺はフラウと一日中過ごしていたのだが、フリーダは手が空くとすぐに俺に魔法の指導をした。

 王国最強の魔導師に厳しく指導された俺は、解呪ディスペルの派生魔法をいくつか習得し、フラウがいなくてもそれなりに戦えるようになった。


 やがて、俺とフラウはそれぞれ役割を後継者に託し、フラウの古巣であった山奥にこもって2人だけで静かに暮らすことにしたのだった。

 なんだかんだ色々あったけれど、以前よりも格段に幸せになったことには間違いなかった。


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