第34話 女神との対決

「……フラウ、逃げろ」

「嫌です! 私はあなたを置いて逃げるなんてできません!」

「いいから……行けよ……」

「私も一緒に戦います! だから、諦めないでください!」

「無理だ……。今のお前じゃ勝てねぇよ……」

「それでも! ここで逃げたら、一生後悔します……!」

「そうか……なら、好きにしろ……」


 俺は小さく笑うと、目を閉じた。


『ドラゴンライダーも取るに足らない存在だったわ。──死になさい』


 女神ソフィアがゆっくりと近づいてくる気配を感じる。フラウがその前に立ちはだかるが、ソフィアが軽く手を振っただけで、大きく吹き飛ばされてしまった。


 死ぬのか……。

 走馬灯のように今までの人生が脳裏に浮かんできた。俺はそっと目を閉じる。

 結局、最後までフラウを守ることができなかったな。ごめんよ、みんな……。

 そして、女神ソフィアの手が俺に触れようとしたその時──。



「そこまでよ!」


 凛とした声が辺りに響いた。首を動かしてそちらをうかがうと、瓦礫の上に黒いローブの人影が立っていた。

 人影はフードの奥でニヤリと笑うと、フードを外した。すると、水色の綺麗な髪が覗いた。……こいつは!


『……フリーダ・マーキュリー』


 ソフィアが呟いた。現れたのは首席宮廷魔導師のフリーダだった。


『助けに来てくれたの? でも残念、今終わったところよ?』

「いいえ、その逆だけど?」

『なんですって?』


 フリーダは杖を構え、それをまっすぐにソフィアへと向けた。


「女神ソフィア。やっと姿を現してくれたわね。ここまでお膳立てするのは大変だったのよ?」

『不気味なやつ。あんたは最初から怪しいと思ってたのよ』

「でも、結局あなたは私をマークしていなかった。──邪龍ばかりに気を取られて、足元の火種に注意を払わなかった」

『……っ!』


 不快そうに顔を歪めたソフィアは、フリーダに向けて手をかざした。

 その途端、フリーダの体が宙に浮いて引き寄せられる。


『この……! あたしに逆らうとどうなるかわかっているの!?』

「もちろんわかっているわ。私がいなくなったら、あなたの計画はすべて台無しになるのよ?」

『その通りよ。でも、あんたはもう用済み! さあ、早く消えなさい!』


 ソフィアは叫ぶと同時に手を振り下ろした。しかし、フリーダの体に変化はない。ソフィアが放った魔力は、フリーダが展開した魔力の防壁によって阻まれていた。


『どうして……』

「言ったでしょう? あなたは私のことをマークしていなかったって。首席宮廷魔導師を甘く見ないことね」

『どういう意味?』

「こういうことよ。──風刃ウィンドカッター!」


 フリーダが魔法を放つと、風の刃が発生してソフィアに襲いかかった。


『きゃあっ!』


 ソフィアは悲鳴を上げると、体をよろめかせた。


「今よ!」


 フリーダが叫んだ。


「おう!」


 俺は立ち上がると、ソフィアの注意が逸れた隙に力を振り絞りながら走った。


「ロイ!」


 フラウが驚きの声を上げた。


「悪いな、待たせた。今度は俺が守る番だ!」


 俺はフラウに手を差し出すと、彼女を抱き起こした。


「立てるか?」

「はい!」


 フラウは力強く返事をした。そして、俺たちは女神ソフィアを見据える。


「フラウ、アイシアを頼む。──あいつは強いぞ。気をつけろよ」

「はい!」


 フラウは元気よく答えると、俺から離れて横たわるアイシアのもとへ向かった。

 よし、これで全力で戦える。


龍槍ドラゴンランス!!」


 俺は魔法を発動させると、右手に灼熱の槍を出現させた。


「覚悟しろ! ここから先は一歩も通さないぜ!」


 俺はそう宣言すると、女神ソフィアに向かって走り出した。


『ふんっ、人間ごときが調子に乗るんじゃないわよ! あたしの力を思い知らせてあげる! 喰らいなさい! 破滅の炎球プロミネンスボール!!』


 ソフィアは両手を前に突き出すと、巨大な火の玉を放った。それは真っ直ぐこちらに向かってくる。だが、それはフリーダが出現させた水の盾によって防がれた。


「まったく、女神のくせにまるで悪者みたいな魔法を使うのね」

『黙りなさい! 人間の分際で生意気よ!』

「そうかしら? 私は自分の仕事を全うしているだけ。あなたこそ、少しは自分の役割を考えたらどうかしら?」

『何ですって……』

「あなたは本来人間を守護し、富と繁栄をもたらす存在だった。けれど、いつからか支配欲に溺れ、同じく崇拝される存在になったドラゴンライダーが目障りになった。……だからフラウを邪龍にして封印し、人々からドラゴンライダーの記憶を消したのね?」

『……うるさいわね。そんなことはどうでもいいじゃない。あたしは人間にとって害のあるものを始末しようとしてるだけよ』

「自分にとって害のあるもの、の間違いじゃないかしら?」

『いい加減にしないと怒るわよ! ──火炎地獄インフェルノ・バースト!!』


 ソフィアは怒りの形相を浮かべると、地面を蹴って突進してきた。フリーダは慌てず呪文を唱える。


水壁ウォーターウォール


 フリーダの前に大きな水の壁が出現する。しかし、ソフィアはそれに構わず突っ込んできた。そして、勢いのまま体当たりする。


「うおっ!?」


 俺は慌てて飛び退いた。すると、さっきまでいた場所にソフィアが激突して、地面にヒビが入った。


『このっ!』


 ソフィアは体勢を立て直して再び向かってきた。フリーダは冷静に魔法を放つ。


水流弾アクアバレット


 フリーダの手のひらから放たれた水が、ソフィアの体に命中して弾き飛ばした。ソフィアはゴロゴロと転がったがすぐに立ち上がり、キッと睨みつける。


『人間のくせになかなかやるわね……。でも、これならどう!? ──暴風嵐ストームトルネード!!』


 ソフィアは叫ぶと、周囲に突風を巻き起こし、フリーダの魔法をかき消してしまった。


『はっはー! ザマーミロ! これでもう何もできないでしょう!』


 ソフィアは勝ち誇ったように笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る