第30話 捕らえられました

 ***



 フラウは王都から少し離れた森の中に降り立った。そこで、フラウはどこからか縄のようなものを取り出してシドニウスに差し出す。


「これで私たちを縛ってください」

「はぁっ!?」

「おいおい嬢ちゃん、正気か?」


 突然の申し出に、俺は戸惑った声を上げた。シドニウスも少し困惑している様子だ。


「私たちの顔が割れている以上、前のように簡単には王都に入れないはずです。でも、シドニウスさんが私たちを捕らえて移送している風を装えば楽に侵入できるでしょう」

「確かにそうかもしれねえけどよ……。本当にいいのか?」

「はい。お願いします」


 真剣な顔で頭を下げるフラウを見て、シドニウスは小さく息を吐いた。


「わかったぜ。任せときな」

「ありがとうございます」


 そして、フラウがシドニウスに頼んで馬車を調達してきてもらい、俺たちは縄でぐるぐる巻きにされて馬に乗せられた。確かに、これなら王都に入るのは簡単そうだが……本当に大丈夫なのだろうか。


「よし行くぞ。しっかり捕まってろよ!」


 シドニウスが鞭を振るうと、馬が走り出した。


「うわあぁああああっ!!」


 揺れが激しくなり、思わず悲鳴を上げてしまう。隣を見ると、フラウが目を回していた。


「おい、起きろ!」

「はっ!?」

「もうすぐ着くぞ」

「え? あ、はい!」


 フラウは慌てて返事をすると、俺の腕にしがみついてきた。


「ちょ、ちょっと!」

「いいからじっとしててください! 私たちは囚人を演じないといけないのですから」

「はぁ……まったく」


「なあ嬢ちゃんたち。オレのこと信頼してくれてるようだが、オレはさっきまでお前さんたちの命を狙ってた男だぜ? そのままお前さんたちを陛下に差し出すかもしれねぇぞ?」

「それで構いません」

「なんだと?」

「国王に近づくということは、倒すべき女神に近づけるということですから」

「なるほどな。そういうことかい。それで、オレもおとがめなしになって両方が得をするってわけだな。頭いいな嬢ちゃん」


 シドニウスは納得して笑うと、馬を加速させた。


「見えて来たぜ」


 やがて、前方に城壁が見えてくる。しかし、門の前には武装した兵士が立っていた。


「止まれ!……ん? 貴様らは……」


 兵士の一人が俺たちに気づく。だが──。


「何者だ?」

「こいつらか? こいつらは、国を混乱に陥れようとする邪龍とドラゴンライダーですぜ? オレがこいつらを捕らえて国王陛下に引き渡すところさ」

「なっ!? ……分かった。だが、念のため拘束させてもらう」


 兵士たちは剣を抜いて構える。それに対して、シドニウスは不敵な笑みを浮かべた。


「大丈夫だっての。すでに縛られてて動けやしねぇよ。……なぁ?」

「ぐぅ……」


 シドニウスの言葉に、俺は歯ぎしりしながら悔しげに顔を歪めるフリをした。


「……まあいいだろう。では、ついて来い」


 そして、俺たちは馬車から下ろされると、兵士たちに連れられて城の中へと入っていった。




「ここで待っていろ」

「へいへい」

「……」


 俺たちは通された部屋の中で待機させられる。フラウが小声で「上手くいきましたね」と声をかけてきた。俺は黙って頷く。

 しばらく待っていると、部屋の扉が開かれた。そこには、先程の兵士たちが立っていた。


「これから罪人どもを国王陛下の御前に連れていく。──それからシドニウス」

「なんだ?」

「このたびの働き、陛下は大層お喜びだ。褒美を遣わすから一緒に来いとのことだ」

「──っ!」


 シドニウスは目を見開いて驚いた。そして、俺の方を見る。俺はニヤリと笑ってやった。


「……ああ分かったよ。ありがたく受け取らせていただくさ」


 兵士たちは俺とフラウを縛っている縄を掴むと、乱暴に引っ張って連れていく。その後ろをシドニウスがついてきた。

 そして、恐ろしく広く天井も高く、それでいて豪勢な謁見の間に着くと、シドニウスはひざまずいて頭を垂れた。それを見た俺も、同じように頭を下げる。


 謁見の間には既に多くの兵士がおり、国王の到着を待っていた。


「陛下のお成りである!」


 兵士の声が響き渡ると、大勢の護衛を伴った人物が部屋に入ってきて、玉座の前で立ち止まる気配を感じた。


「面を上げよ」

「はっ」


 シドニウスが短く返事をして顔を上げる。そして、俺もゆっくりと顔を上げた。

 そこには、煌びやかな衣装に身を包んだ白髪の壮年の男の姿があった。彼が勇者の末裔である国王、ヨアヒム1世なのだろう。


「シドニウスよ、よくぞ儂のために働いた。褒めて遣わす」

「へ、陛下……! もったいないお言葉……」

「うむ。……ところで、その者たちだな? 世界を混沌に陥れる邪龍とドラゴンライダーというのは」


 国王は俺たちに視線を向けると、不快そうに眉をひそめた。


「はい。間違いございません。私めが捕らえた次第でございます」

「ふむ。ところでシドニウス。儂は確か『邪龍を殺せ』と命じたはずだが?」

「はっ。しかし、奴はなかなかしぶとく、殺すことはできませんでした」

「……ほう」


 国王は感心したように目を細める。


「なるほど。だが、それはおかしいな」

「は?」

「殺すよりも生け捕ることの方が遥かに難しいはず。──何を企んでおる?」

「……っ!」


 シドニウスは冷や汗を流しながら沈黙する。その様子を見た国王はフンッと鼻で笑った。


「まあよい。貴様がなにを企んでいようと、いずれ始末するつもりだった。……ここで邪龍もろとも消してやろう」

「え!? ちょ、ちょっと待ってくれ! オレは陛下から直々に褒美を貰えるんじゃなかったのか!?」

「そうだ。だから貴様には死を与えるのだ」


 国王ヨアヒムは、腰に差している剣を引き抜く。それを合図に兵士たちが一斉に動き出した。

 俺はフラウに目で合図すると、緩く結ばれていた縄を解いて身構える。


「フラウ、やれるか?」

「はいっ!」


 フラウはすぐさま守護龍の姿に変身した。


「貴様ら……構わん、殺せ!」


 国王の命令で兵士たちが襲い掛かってくる。


「──完全龍装甲フルアーマー・ドラゴンスケイル!」


 俺は全身に龍装甲をまとって兵士たちを迎え撃った。


「ぐあっ!?」

「ぎゃああぁぁ!!」

「ば、化け物だぁぁぁ!!!」

「……ふん」


 俺は拳で次々と兵士たちを倒していく。そして、フラウも負けじと炎を吐き散らして兵士たちを焼き払っていた。少し離れたところでは、シドニウスが大剣を振り回して暴れていた。

 俺たちの奮戦っぷりにさすがの王宮騎士団もたじたじだった。しかし王宮の戦力は騎士団だけではない。たちまち部屋の入口から黒いローブを身にまとった魔導師の一団が現れて、魔法を唱え始めた。


「──火球!」

「──氷槍!」

「──雷電!」


 いくつもの攻撃が俺に向かって飛んでくる。


「……邪魔だ!」


 俺は腕を振るって全ての攻撃をかき消す。そしてそのまま、俺の足元にいる兵士を踏み潰し、飛び上がって天井を殴りつけた。

 ドゴォン!! 轟音と共に天井が崩れ落ちてくる。それに巻き込まれて何人もの魔導師が生き埋めになった。


「な、なんて奴だ……」

「これがドラゴンの力だというのか……」

「ひぃいいぃぃ! こっちに来るなああああぁぁ!!」


 生き残った兵士たちは戦意を喪失し、逃げ惑っている。中には命乞いをする者もいた。気づけば国王の姿も見えない。どさくさに紛れて逃げ出したに違いない。

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