痴漢を無視し続けるとどうなるのか?~満員電車で何故か痴漢がストーカーに変貌し追い回されまくった思い出~
kayako
接触編
これはもう十年以上も昔――
JR京浜東北線に、まだ女性専用車両が導入されていなかった頃の話。
私は当時、電車通勤を始めたばかりのOLだった。
朝8時近くには京浜東北線に乗り、赤羽で埼京線に乗り換えて都心に向かう。
その頃から京浜東北線も埼京線も殺人的な混雑であり、同時に痴漢の発生率もすさまじかった。
しかし私は当時から全く男性にモテなかった。というか引っ込み思案すぎて化粧も服装も地味で、男女関係なくモテない典型的な喪女と言って良かった。
周囲の同僚や知人からは散々痴漢被害の話を聞いていたが、自分みたいな喪女が痴漢なんてされるわけがない。そう思っていた。
実際学生の頃なんて、殆ど痴漢はされなかった。少なくとも、自分でそれと分かるほどの痴漢は……
そもそも、毎朝毎朝足が浮くレベルの大混雑で苦しむ中、ちょっと腰やお尻に違和感を覚えても仕方ないだろう。というか、他の乗客の手や指が当たらない方が難しい。
特に埼京線ともなると痴漢云々よりも、殺人的な超混雑の中、倒れたり吐いたり漏らしたりしないようにしているだけでも精一杯だった(当時から貧血は酷かったし)
――そんな状況だったからだろうか。
何とも馬鹿なことに、私は『奴』に自分が痴漢されていること自体、結構長いこと気づかなかった。
誰かの指が動く感触を腰やお尻に感じても、ただの偶然。自分なんかがされるわけがないし、何かの間違い。そう思い込んでいた。
思い起こしてみると、『奴』に遭遇するまでも恐らく何回か痴漢されたことはあったのだろうけど、殆どのケースを「多分違う」という思い込みでやり過ごしていたように思う。
埼京線で明らかにお尻の間に指突っ込んでこられたりした時は、さすがに「エッッ!?」ってなったけども。
しかしある時から、確かに奇妙な感触がある――と感じるようになった。しかも毎朝のように。
それは京浜東北線でのこと。大混雑の中、何故かいつも、おかしな感触を腰のあたりに……
だが前述の思い込みのせいで、『痴漢されている』という確信に至るまでには相当な時間を要した。これが正常性バイアスの恐ろしさだろうか。
それでも同じことが続くうち、何となく「これはもしかしたら痴漢かも?」と思い始め。
されたと思ったら、何とかしてその手を避けて逃げようとした。逃げるといってもそこは満員電車の中だったので、身体をちょっと移動させたり向きを変えたりするぐらいしか出来なかったわけだが――
しかし、その手は何故か、私を追いかけてくる。
毎朝しつこくしつこく、私が降りるまでずっと。
ある時、若干の恐怖を覚えつつも振り返って確認してみると、そこにいたのは
私より少々身長は低めの、メガネでパンチパーマのおっさん。ずっと下を見ており、こちらと視線を合わせない。
灰色のスーツには金ボタンが見え、左手には指輪も光っている。
結婚指輪だろうか。そう思った私がどう動いたかというと――
――多分違うし、冤罪にしてしまったらこの人は勿論、この人の家族もかわいそうだ。
しばらく様子を見てみよう。多分違うし!
正常性バイアスとはかくも恐ろしいものか。
ここで捕まえておけばよかったものを、当時の私はこれをスルーしてしまったのだ。
もし本当に痴漢だったとしても、ほんの一瞬の気の迷いだろうし、すぐに飽きてやめるはず……この人の家族にも悪いし……
そう思って、おっさんを放置してしまったのである。
しかし痴漢行為はやむことなく、以後も毎朝続けられた。
振り向いてみると、いつもそこでうつむいているのはあの、金ボタンスーツのおっさん。
さすがにこれはおかしい――!!
そう思ったものの、痴漢だと言っておっさんを捕まえたら当然自分も一緒に駅長室に行って事情聴取だのなんだのされるし、そうなると当然会社に遅れるし……
(ちなみに当時は派遣社員だったので、遅れればその分給料は引かれた)
仕方がない。
大ごとにはしたくないし、ここは自衛するしかなかろう。
とはいえ、当時から私は貧血やら体質やらで早く起きることが出来ず、常にギリギリの時刻に電車に乗っていた。だから電車に乗る時間は、それ以上早くも遅くも出来ない。無理やり早く起きたとしてもせいぜい15分ぐらいがいいところだし、そのぐらいのズレでは意味がないかもしれない……
となれば時間ではなく、乗る車両の位置を変えるしかない!
そう思いついた私は、早速実行。
とはいえ、元々の乗車位置はかなり階段に近い真ん中のあたり。これを1両か2両変更するだけでは意味がないと思われたし――
そして実際やってもみたが、意味はなかった。
変更後数日もしたらまた、気づけばあのおっさんが背後に出現……!!
人違いだと思いたかったが、いつも同じ金ボタンスーツにメガネにパンチパーマはなかなか間違えようがない。
かといって電車の最後尾あたりまで移動してしまうと、今度は乗り換えが面倒になり余計に時間もかかってしまう。そもそも、そこまで大きく移動したところで出くわさないという保障はどこにもない。
痴漢「程度」でそこまで面倒な真似はしたくない――
ここに至ってもまだ、私はそんな思考だった。どれだけ恐ろしいものがすぐそばに迫っているか、全く事態を把握していなかったと言っていい。
ならば――
車両を変えるは変えるでも、乗ってそいつの姿が見えたら、直後に飛び出して別の車両に移動するというのはどうだ!?
我ながら名案と思った。
あの大混雑の中である。発車直前に突然私が降りたと分かっても、そうそう簡単には出られないはず!
そして翌朝、早速実行。
いつものように、私の後から乗り込んでくるおっさん。
その直後、私は人をかきわけダッシュでドアから飛び出し、隣のドアに駆け込んだ。
よし、成功。さすがにこれで、奴も痴漢行為は諦めるはず。
しかし、ここまでは予想通りだったが――
私は完全に甘く見ていた。痴漢の執念を。
なんとそいつは、ドアが再び閉まる直前
私の隣に飛び込んできたのである。
つまり、私が降りるとほぼ同時にそいつは私を追って飛び出し、私のいるドアに駆け込んできたというわけだ。
そして当然の如く、再び行われる痴漢行為。何故かそれまでより一層堂々と!
もう間違いない。こいつは突き出して然るべき卑劣な痴漢野郎だ!!
さすがの私でもここにきてやっと、ようやく、その確信に至ろうとしていたが。
――いや。まだ、勘違いかもしれない。
ドアを移動しようとしたタイミングが、たまたま一致しただけかもしれない。
そもそも自分は喪女。学生時代からおとなしいやら地味やら言われ続け、異性とはほぼ無縁だった。
その自分をわざわざ追いかけてくるなんて、ありえない。ありえないだろこんなの!!
ぼろぼろに砕け散っているはずの正常性バイアスに、この期に及んでもまだ私は縋ろうとしていた。
いや、もう痴漢なのは9割9分間違いないと、頭では認識していたけれど……
それでもまだ、『普通の』痴漢だと思っていたのである。
つまり――
もしかしたら、逃げ続けていればいずれ諦めるかもしれない。私はそう考えたのだ。
だってそうだろう。乗車率300%とか当たり前に言われるこんな満員電車の中、痴漢する為だけに私一人を追い続けるなんて、普通に考えて出来るわけがない!!
しかし現実は非情。
痴漢行為を何度も企てる時点でそいつに『普通』は通用しないと、気づくべきだった。
次の朝も私は同じように、発車寸前の電車から勢いよく飛び出し、離れた車両に逃げた。
今度は可能な限り遠くのドアへ。出来る限り超高速で!
周囲の迷惑を顧みる余裕も最早なく、一直線に猛ダッシュ。
そして何とか、可能な限り離れた車両に飛び乗った、はずなのだが。
――まだ、そいつはいた。
ぴったり、私の背後に。
残念ながら人違いではない。あの灰色スーツに金ボタン、パンチパーマが私のすぐそばで揺れている。
意味が分からなかった。
何故、私を追ってくるのか。何故そこまで、痴漢なんかをやりたがるのか。しかも私だけを狙って。
恐怖よりもわけの分からなさの方が勝り、頭の中が疑問符でいっぱいになっていた気がする。
当然その間も、痴漢行為は続けられた――
解決編へ続く。
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