第11話 おやつはふたりで

 婚約破棄のゴタゴタが終わった日から三日経った昼下がり。


 新領地の資料を読むのに疲れてサンルームへ行くと。

 お気に入りのテーブルには先客がおりました。


「やー大変だったネ」


『自分の家でくつろいでます』みたいな顔で、クッキーを頬張ってるこの子。


 背が低くて、明るい茶髪のショート、ちょっとつり目で、緑がかったつぶらな瞳、体は細くて胸はささやか。

 着ているのは私のお古を仕立て直した地味なワンピースなのに、この子が着るとかわいいんです。


 彼女は、私の幼なじみで乳姉妹。ブリュネル男爵家の娘。ゼルダです。


「ネじゃないわよ全く」


「いーじゃん、浮気性のバカ婚約者と別れられて」


「……まぁね」


 屋敷の敷地がお隣とはいえ、ちいさな国なら買えるくらい裕福な伯爵家の娘である私と、底辺貧乏男爵家の娘であるゼルダに接点なんかないはずでした。


 ですが、私が生まれた時に母の乳の出が悪かったので、ゼルダの母が乳母として来たのです。

 それが縁の始まりです。左右の乳房で仲良くチュウチュウした仲なんです。

 赤ん坊のゼルダはさぞやかわいかったでしょうに! 私は覚えていないんです! 悔しいです!


 その3年後くらいに、ゼルダの御両親は流行病はやりやまいで亡くなって。

 ゼルダは、昔、有名な剣士だったお祖父様とふたりきりになって。

 見かねた我が家が彼女の後見人に。


 考えてみればあの頃から我が家はゼルダには甘かったんです。

 がめつい我が家がなんの見返りもなく貧乏男爵家の後見人になるなんて!


 あの強突く張りの父が、

「お隣さんを助けるのは当然だな」とほざき。

 外面は完璧な淑女にして内実は計算高い母が。

「ゼルダちゃんは娘みたいなものですもの」と当然のように言い。

 陰険で優秀な長兄が、

「……無駄だが、ゼルダ嬢だから仕方ないな」となぜか微笑みながら言い。

 情熱家で優秀な次兄が、

「がはは。もうひとり妹ができたぜ!」と高笑い。


 だからって、毎日のように裏口から断りもなく図々しくやって来てお茶をたかるのは、どうかと思います。


 でも、うちの奉公人達も、なぜかゼルダの分を用意しておいてあるんですが。

 なんでしょうこの甘やかしっぷり。


 ゼルダ当人は、その辺なんの引け目もないようで。


「はぁ……マギーのうちのクッキーはおいしいなー」


 なんて無邪気に言ってるんです。


 ほんとうに幸せそうな顔!

 切れ長でおおきなキラキラした瞳!


 ああ。かわいい。きれい。たまりません。


 クッキーをかじるまぶしいほど真っ白な歯。

 みずみずしい果物みたいにぷるぷるのくちびる。

 お祖父じい様に毎日稽古をつけられているのに、しろくてほっそりした指先。


 毎日見せつけられたせいで、私はすっかりおかしくなってしまったんですから。

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