第52話 通り夢のかんばせ 5
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〈花嫁行列〉の道を塞いではいけない。
かつて、何年か前の一月四日。路線バスの車体がぺしゃんこになるところを見た。
〈通り夢の花嫁行列〉の道を塞いでいたからだ。
バスはほとんど音もなく、空き缶みたいに平らになった。ガソリンが漏れて、やがて燃え始めたが焔は花嫁行列までは届かず、変な軌道を描いて地面を這い回っていた。
また別の時には〈花嫁行列〉の前を飛んだ鳥に雷が落ちた。花びらの一枚でさえ、列の前に落ちると燃え上がる。
何者も〈花嫁行列〉の前にたってはいけないし、〈花嫁行列〉を止めることはできないのだ。
その行列が数十メートル先まで迫っていた。
道がカーブしているのでまだ姿はみえないが、楽の音と白檀香の煙が濃くなっていた。綺麗に揃った足音が聞こえる。
このままじっとしてれば、私は車ごとぺしゃんこにされるか、雷に引き裂かれるか、体内から燃え上がって灰になるしかない。
かといって車から出れば狙撃される。道の上で動けなくなれば、やはり〈花嫁行列〉の災厄を被ることになるのだ。
〈ホール〉で死ぬことはないが、動けなくなれば死んだも同然だし、もし〈花嫁〉の顔をみれば死より恐ろしい目に遭うことになる。
ようするに、私は『詰んで』いる。
これはもう仕方ない。
私は狩りの敗北を受け入れることにする。
その上で一つの細工をしてから、傷ついた体を車の外へ晒した。
それから、烏賊君の神経を操作して、烏賊君の口から、どこかで見ているであろう、もしくは接近しようとしている客人へ語りかけた。
〈初めまして。脳迷Q太郎と申します。これは命乞いではなく説明です――〉
射手へたいして〈通り夢〉の説明をして置くべきだと思ったのだ。
もし彼、もしくは彼女が〈花嫁〉の顔を見てしまったり、攻撃を加えた場合のことを信愛したのだ。もし、というより、狩りを楽しむ彼、もしくは彼女なら、必ず〈花嫁〉を狙うだろうと思えるのだった。
私は繰り返し危険を説いた。
〈花嫁行列〉の音色はカーブのすぐそこまで迫っている。
信用出来ないことは承知の上だが、何とか【〈花嫁〉を見てはいけない】という禁止事項だけでも受け入れて欲しかった。
私は〈ホール〉へバカンスに来ている。この射手だって狩りをして楽しむためにここにいる。
〈ホール〉ではすべてが自由だが〈通り夢〉は危険が過ぎる。新しい客人を失うようなことは避けたかった。
私を狩ろうとした相手だが〈ホール〉ではそんなもの些細なことなのだ。
私は〈ホール〉へ来る者たち、悪夢を抱えた者たちにもれなく好意をもっている。
この人たちが何を欲求し、何に怒るのかを知りたい。その欲求が満たされたとき、その怒りが癒やされたときどんな顔をするのかぜひ見たいと思う。
この射手の、狩りの技術、それを楽しむ態度は素敵だ。でも、ここは納めてほしい。
そして一緒に花嫁行列を眺めよう。狩りはその後で楽しめばいい。
これが、この時の私の判断だった。甘かった。
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