第3話 メリー・メアーの火冠 3





3


 〈ホール〉では好きな部屋を選んでいい。

 私はできうるかぎりの手段を持って、彼を慰めた。彼が何をどう哀しんでいるのか、この時点では知らなかったし問題ではない。するか、しないかだ。私は野いちごを摘んだに過ぎない。


 いろいろしている間に陽が沈みだした。

 私はくつろいだ格好で窓辺に座った。海を望むスイートルームだから、赤く染まっていく海岸線が眺められた。

 この夕陽は、海にも、このホテルにも、離れた都心部にも、現実では誰かが通っているであろう学校や、職場へも等しく射しているだろう。そこで人間社会を営む、また営まされる人々へも。


 だが〈ホール〉では違う。

 夕陽は私たちだけを照らしている。

 〈ホール〉に落ちる影法師は、今この世界中、惑星の裏側まで探しても、私たち二人分だけなのだ。

 そのような事実を確認するたび、私は深く癒やされるのだった。


 深夜の学校に忍びこんだことはありますか、と私は少年へいった。

 見慣れた風景に誰もいないという不思議さ。寄る辺無さ。そして開放感。〈ホール〉の良さはそれなのだ。

 今、私がどんな顔をしているか見えますか。こんあ風に笑えることが、私にとって〈ホール〉の勝ちなのです。

 そういって私がいざりよると、少年は魅入られたように頷いた。


 夜が来た。

 温泉へ行き、バーベキューをし、冷えた果物を食べ歩きした。

「楽しいです」と少年は繰り返した。

 ここには通学も、仕事も、人付き合いの義務もない。リゾートホテルの施設は使い放題。残念な点があるとすれば、スパのマッサージを受けられないことくらいのものだ。私がそういうと少年は強く同意した。

「そう、もう家や明日からの事で悩まなくてもいいんだ」そういった。


 彼は満ち足りていたが、帰りたくないという意味の言葉を何度も口にした。その気持ちに対しては申し訳ないが、私からいっておかねばならないことがあった。〈ホール〉に滞在できる期間には限度があるのだ。


 〈扉〉の事を憶えていますか。私はそう切り出した。もしくはそれに似たものを見た覚えは? それが現実世界と〈ホール〉をつなぐ出入り口になります。

 〈扉〉は〈ホール〉から現実へ帰還するために必ず必要なものだった。また私達は必ず帰らなければならない。

 聞こえたはずだが、少年は返事をしなかった。ずっとここにはいられない。それはどの世界でもそうだし、彼も予感していたはずだ。私はもう少し待つことにして、彼をなにがしかの哀しみからもう一度慰めてあげた。


 その後、少し微睡んだ。

 目を覚ますと、少年の姿はなかった。

 外へ探しに出ると、ホテルの前の自動販売機の影に、しゃがみこんでいる彼を発見した。影になった、その肩の尖った輪郭だけからでも、意固地になっているのが見て取れた。

 でもね、帰らないままでいると悪夢に取り殺されてしまうのです。私はよりそってそういった。


 この少年を説き伏せなくてはならない。

 そのためには、彼の心の欲求と傷を知る必要があるだろう。


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