十一日目 高田栞奈②

 まさに『快活』という言葉がぴったりな高田たかださんは、朗らかな笑顔を私たちに向けた。一方、夕莉ゆうりの顔は敵意むき出しで――

 私と橋本はしもとさんは二人の間に割って入り、愛想よく笑った。

「いや、」

 私が言葉を探していると、

「高田さんと暮木くれきくんのこと話してたの。二人は付き合うの?」

 橋本さんがすぱっと切り込む。それはもう、気持ちいいくらいに。

 高田さんは高田さんで、

「まだわからないよ。お互いのことをもっと知ったら答えが出るんじゃない? お試し期間ってそういうものらしいし」

などと、まるで他人事のように言う。恋の話をしているとは思えない色気のなさだった。




 緩士ひろとが高田さんに告白したのは、昨日の朝のこと。クラスの半分くらいの生徒が登校したくらいの時間帯だった。

 元気いっぱいに挨拶の言葉を投げながら教室に入ってきた高田さんを捕まえて、実に男らしく、

「俺の彼女になってくれ」

 と言った。

 高田さんをはじめ、教室にいた全員が目を丸くし己の耳を疑った。

 緩士が橋本さんに告白をし振られたのが先週の金曜日。それから土日をはさみ、月曜を平穏に終え、火曜の朝に来てみたらこれだ。去年も同じような状況を目撃したわけだが、一年ぶりに目の当たりにすると、それはなかなかの衝撃を私たちに与える。

 それに加えて、今回はあまりに系統が違いすぎた。

 橋本さんと高田さん。

 正統派『カワイイ』の橋本さんの次が、元気いっぱい姉御肌の高田さんだとは誰も思いもしないだろう。

 高田さん本人もまったく予想していなかったようで、

「え? 私? なんで?」

 ということになった。

「ある人の助言で。まずは近くにいる人をしっかり知った方がいいって言われたんだ。まあ一理あるなと思ってさ。それで近い人って誰だろうって考えたら、高田が思い浮かんだ。一年から同じクラスだし、女子の中ではよく喋る方だし」

 緩士は自分の言葉にうんうんと頷く。

 一方の高田さんは苦笑いでその話を聞いていた。途中で一度、ちらりと私の方を見たのは、『近くにいる人』についての見解が、助言をした誰かさんと一緒だったからだろう。

 しかしそれは助けを求めるような視線ではなく、どちらかというと「これでいいの?」と問いかけるようなものだった。

 私は、この件に関してはまったくの傍観者だ。

 『どうぞどうぞ』と身振りで伝えると、高田さんはふうっと息を吐いた。

「暮木のこと嫌いじゃないから別にいいんだけどさ、付き合うとかよくわかんないんだよね。ほら、私、そういうのと無縁だったから」

 高田さんは神妙な面持ちで考え込んで、そしてひとつの答えに達した。

「お試し期間っていうのはどうだろう」

「『お試し期間』?」

「私は付き合うとかよくわからないし、暮木は相手のことよく知った方がいいんだろ? それならさ、付き合う一歩手前みたいな状態でしばらく過ごしてみればいいんじゃないか」

「付き合う一歩手前と、実際に付き合っているのでは何がちがうんだ?」

「それは――まあ、これから条件を詰めていくということで。いきなり『彼女』ってのも、なんかしっくりこないし、そういうわけにはいかない?」

 緩士があからさまに不服そうな顔をした。

「その期間は……どれくらいなんだ?」

 クリスマスまでに彼女が欲しい男は、まずそこが気になるらしい。

 高田さんは「さあ」と答えた。

 むむむと緩士が唸る。

 その目が見つめるのは、黒板の横にあるカレンダー。視線が日数を数えている。

 六日から二十四日までの間で行ったり来たりしていた視線はやがてぴたりと止まった。

「一週間」

 緩士が小さく言った。高田さんの反応をうかがっているようだった。

 しかし高田さんは聞こえていないのか、あさっての方向を向いて何か考えている。

「一週間って決めないか!」

 たまらず緩士が声を張った。

 突然言葉尻が力強くなったものだから、高田さんは目を丸くして驚いた。

 勢いに圧され、わずかに体を後方に反らせる。

「期限、決めるの?」

「決める。その方が、お互いにとって……よくないか?」

 もっともらしいことを口にするが、ようはクリスマスまでになんとかしたいのだ。高田さんと付き合えなかったときのことも考えた結果、設定したタイムリミットが一週間ということだ。

「まあ、ダラダラ長くなるよりはいいか」

 緩士の本心を知ってか知らずか、高田さんは納得したようで、うんと頷いた。

 それじゃあよろしく、と高田さんが右手を差し出して、緩士がそれを握る。

 恋愛のなにかしらというよりは交渉成立という体で二人の『お試し期間』は始まった。




 そういえば、と高田さんが私の方を向く。

「今日、暮木と一緒に帰ろうと思うんだけど、いい?」

「……どうして私に聞くの?」

「あれ? 二人っていつも一緒に帰ってるんじゃないの?」

 驚いた顔で高田さんが言うと、夕莉と橋本さんがニヤニヤと笑った。

 私は二人の体を小突き言う。

「同じ方向だからそうなることがあるというだけだから」

「そうなんだ。でもどっちにしろ植月(うえつき)さんには言っといた方がいいかと思ってさ」

 ハハハと笑うこの人にはまったく悪気がないのだ。しかしその発想と行動は、私にとっては厄介なもので。

 私たち三人の反応を見て、高田さんは「幼馴染みって、そういうものじゃないの?」と首を傾げる。

「さあ、どうだろうね」

 他は知らないけどと言って私は隣の二人を小さく睨みつけた。



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