偽り聖女だと私が断罪されてから、わずか10日で王都が滅んだ話

みこと。

第1話 本編

 朝に、昼に、夜に。

 わたしはこの国の幸せを祈る。


 それが"聖女"の務めだから。


 まだ何の記憶もない赤子の頃。

 わたしは旅人によって、王都の神殿に預けられた。

 その人が、わたしのことを"聖女"だと伝えたらしい。


 以来、わたしは"聖女"だ。


 わたしが王都にる時は、一切の魔物が近づかず、辺境に派遣されれば、魔物たちはわたしの一歩に、散るように去っていく。

 あらゆる魔物が道を開け、その身を引く。


 わたしが、"聖女"だから?


 わたしの腕には、聖なる言葉が刻まれた銀色の"腕輪"。

 鑑定では、神がこの世に与えたとされる魔法の品で、"聖女のしるし"と出た。


 わたしの成長にあわせてサイズを変え、決して外れることはない。


 親も知らぬ私が、唯一身に着けていた、わたしをあらわす全て。


 わたしは使命に従い、一日も欠かすことなく聖堂で跪き、祭壇の前で祈る。

 国と人々の平穏と、繁栄を。


 皆が安寧でありますようにと。


 そうし続けて16年。

 今朝も身を清め、祭壇に向かう。


 ところが。今日はいつもとは様子が違った。




 ◇




 荒々しいざわめきと物々しい甲冑の音が、神殿を取り囲む。


「偽りの"聖女"ルビィア! おまえが"聖女"を騙った罪は暴かれた! 速やかに出て来て、罰を受けよ」


 王家直属の騎士たちが、わたしの名前を叫びながら、思いがけないことを叫んでいる。


「これは何事ですか?」 


 驚いて尋ねたわたしを、騎士団の鎧を着た大男が睨みつけた。


「いたな、ルビィアよ! そなたが公爵家の秘宝である腕輪を盗み、"聖女"を名乗って王太子殿下の婚約者たらんとした目論見、すべて露見しているぞ! 公爵家令嬢アーシア様からの訴えのもと、厳密な調査が行われたのだ。言い逃れは出来ん。アーシア様の"聖女"としてのあかしと、殿下の婚約者の座を奪った偽者ニセモノよ。観念して己が罪を白状するがよい」


(なん──?!)


 "聖女"が王太子と婚約するのは古くからのしきたりだと言って、わたしの知らないところで王様と神殿長が勝手に話を決めたんじゃない!


 突然押しかけてきて、何を言ってるの?

 それにわたしの腕輪が公爵家の秘宝って、どういうこと?


 神殿の人たちは、遠巻きにオロオロと立っているだけで、誰も何も言わない。

 

 くっ、自分で対応するしかない。


「急にそのようなことをおっしゃられても、何のことだか私にはさっぱりわかりません」


 私はこれでも"聖女"。

 ハプニングには場慣れしている。

 驚きつつも毅然と騎士に言い返した。すると。


「とぼけるのも大概にしろ! 公爵家の宝物リストに"聖句の腕輪"が記されていることは確認済だ!」


 怒鳴り返された。


 滅茶苦茶だわ。

 例えもしそう・・だとしても、腕輪は私が赤子の時からしてあったもの。

 それなのにどうして私が、故意に"聖女"を騙って王太子妃の地位を狙ったという話になるの?


「まったくの言いがかりです!」


 主張すると、頬をられた。

 パァン! と大きな音が響き、身体が地に打ちつけられる。


 わたしに暴力をふるった騎士の後ろから、ゆったりととがめる声がした。


「乱暴な真似は控えよ。ルビィアの申し出には一理ある。彼女は赤子の頃から"聖女"だ。盗み・・が本人の意図でない可能性は、十分にある」


「は、しかし殿下」


 静かな声は、しかし、わたしの腕輪が盗まれた品だと確定している内容だった。

 やるせなさに胸が燃える。


 来てたのか王子! 見てたのか王子! 

 なら何を今頃、優雅に出てきてるわけ?!


 痛む頬を手で押さえ、キッと見上げた先には、滅多に顔を合わせることもなかった婚約相手、王太子エドガー。

 そしてそのかたわらには──。


 高級ドレスに身を包んだ金髪の麗しい令嬢が。王太子に寄り添って場違いに頬染めながら、満足そうに私を見下ろしていた。


(彼女が公爵家のアーシア嬢だ!)


 わたしの勘がそう告げ、そしてそれは正解だった。


「やめよ。アーシア嬢が怯えてしまうだろう? それにいかな公爵家の盗人とはいえ、ルビィア自身知らぬ罪かも知れぬ。ことは慎重に吟味せねば。だが、"偽聖女"を私の婚約者としておくわけにはいかない。ルビィアよ。お前との婚約は、この場をもって破棄する」


 ああ。ああ。

 つまり、そういうことね。


 公爵家の宝物リストとやらには、最近・・、この腕輪のことを書き加えたに違いない。


 王太子殿下は、孤児である私より、可憐な貴族令嬢であるアーシア嬢と結婚したいと。

 それはよくわかったけれど。


 もっと……他の手段はなかったわけ──?!




 ◇




 かくして私は、"偽りの聖女"としてその名を塗り替えられ、腕輪を奪われて今、粗末な馬車で揺られている。


 行き先は、国境砦。

 そこでの労役が、私が"聖女"を騙った罪に対する刑罰だそうだ。


 可笑おかしくて、鼻で笑っちゃう。


 なんと身勝手な人たちか。

 自分たちが結婚したいなら、そうしたら良い。


 国王や国民の手前、わたしの存在を打ち消す正当性が欲しかったからと言って、日々、国のために祈ったわたしを非道に追い落とす必要があったのか。


 幼い頃からわたしが持っていた、唯一の腕輪を取り上げる必要があったのか。


 わたしはもう、あなたたちのためには祈らない。


 でも、"呪い"はしない。

 "呪い"は己を捧げる行為。

 自らをかけて呪うほど、彼らにその価値があるとは思えない。

 ただ祈らないだけ。


 潔白であるわたしに祝福されないということがどういう意味か、いつかその身をもって学ぶといい──。



 

 ふいに、日がかげった。


 ガタン!!


 大きな音がして、馬車が止まる。

 続けて、人の悲鳴と馬のいななき、何かが倒れる音。

 武装集団の気配で、あたりが騒然となる。


(野盗?!)


 野盗が罪人を移送する、こんなおんぼろ馬車に襲い掛かるなんて、ある?


 慌てて馬車の外に目を遣って、私は声が出ないほど驚いた。


(魔族だ──!!)


 馬車を取り囲んでいたのは、複数の魔族、そして彼らが騎乗して来たらしい飛竜たち。


 身体が強張こわばる。

 私の前に魔物は避けた・・・・・・

 けれど魔族・・と会うのは、これが初めて・・・・・・


 魔族の姿は話に聞いただけだったけれど、頭部にある双角と全身から発せられる黒い魔力が、間違いなくそれと知覚させる。


 魔族が人間わたしを見逃してくれるとは思えない。


 ガクガクと膝が震える。


(これでも"聖女"だったんだ。ひるむな。最期の瞬間まで自分を保て)


 必死で、自分自身を叱咤する。


 と、魔族のひとりが馬車の扉を開けて、うやうやしく頭を下げた。

 同時に、周りの魔族も一斉に膝を折る。


(???)


「お待たせいたしました。姫様・・


(────?)


「赤子の折、姫様が神にさらわれて以来、"聖句の腕輪"に阻害され、御身をお迎えにあがることが出来ませんでした。晴れて腕輪ががれ、こうして姫様にまみえましたこと、光栄に存じます」


 わたしにそう述べた魔族の青年は、サフィークと名乗った。

 魔王軍の筆頭近衛で、魔王の側近だという。


 サフィークに手を取られるままに、私は馬車の外に出る。

 周囲の魔族の歓喜を肌で感じた。


 戸惑うわたしに、サフィークが語った。


 わたしが魔王の娘であり、幼い頃、敵対する神に奪われてしまったこと。

 行方は掴めていたものの、他の魔族が近づくと、"聖句の腕輪"がわたしを破裂させる仕掛けになっていたため、わたしを奪還できなかったこと。


 私が守る国に、王都に。

 魔族が寄り付かなかったのは、そういう理由だったらしい。



 なんてこと。


 わたしの身元を示すものだと思っていた"腕輪"は、神がわたしにつけた"かせ"だった。

 わたしの真の身内を、脅迫し続けるシロモノだった。


 魔族には外せない腕輪それを、王都の人たちが外したことにより、魔族はわたしの元へ駆けつけることが可能になったのだという。


「それじゃあ魔物が私を避けていたのは……」


「姫様からにじみ出る魔力を恐れてのことでしょう。魔力弱者である人間どもには判別つかぬかと思いますが、魔王陛下のお血筋である闇の魔力。敏感な魔物たちは察することが出来ますので」


 そう言って、サフィークは微笑んだ。


 すらりと均整の取れた長身。

 夜のような漆黒の髪に、血のように赤い瞳。吸い込まれそうな、魅力的な笑顔。

 そして、天を突き刺す尖った角。


 どうしよう。わたし、彼にひとめぼれしてしまったかもしれない。

 彼と一緒に行けるなら、魔族になっても構わない。


「帰りましょう、姫様。みな、姫様のご帰還を心待ちにしております」


 腕輪が外れたわたしの頭には、いつの間にか二本の角が生えていた。

 魔族らしい、魔族の角。




 わたしは本当に、"偽りの聖女"だったみたい。

 だって、魔王の娘だったから。




 わたしはサフィークから、魔族の手によって王都が陥落したことを聞いた。

 わたしが王都から追いやられて、国境に向かってから馬車で10日め。



 長年の"偽り聖女"の祈りを失った国の末路に、わたしからこぼれたのは、たった一つのため息だけだった。

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