7次会 始発前の景気づけ

 外に出ると春の日差しが暖かかった。

 部室の空気はこもっていたのだと気づかされた。


 校舎を出て歩き始める。

 外の空気がすがすがしい。


「酒姫部の人って、やっぱり可愛いんですか?」

 無邪気に南部さんが山崎先生に聞いている。


「ああ、可愛いよ。だけど一番可愛いのは顧問の白州はくしゅうちゃんだと思うよ!」

 ‌山崎先生もいい加減な返事をしている。


「そうなんですか? 見てみたいです!」

 よく分からないが、この二人は気が合うのだろうと思った。



 ◇



 酒姫部は体育館で練習をしているという。

 校舎を出て体育館へ向かうと、体育館の外まで音楽が聞こえてきた。


「ストップ! おい! そこタイミングが合っていない!」

 体育館の外まで怒声が聞こえてくる。


「あれ……、なんかすごいですね……。これって酒姫部の声ですよね?」


 嫌な予感がしたが、上履きを脱いで体育館へと入る。

 茜さんは相変わらず浮かない顔をしている。


 体育館の中を見渡すと、ステージの上で10人弱の構成で女の子たちが踊っているのが見えた。

 センターポジションの子が入れ替わり立ち代わり動き、フォーメーションが次々と変わっていく。

 リズムに乗って踊りながらも、一切ぶつからずに決められた立ち位置へと動く。


 一人の動きがずれたようだった。


「おい! 何度言えばわかるんだ! お前、メンバーから外すぞ!」


 言われた子は、少し涙目になっていた。

「すいません、もう一度お願いします!」



 険悪なムードの中、山崎先生がのんきに話しかける。

「白州ちゃん。おつかれさまー。今日も気合入っているね!」


 ステージの下で白いジャージ姿の白州先生がこちらを振り向いた。

 白州先生をしっかりと見たことが無かったが、よく見ると昔のアイドルのような顔をしている美人であった。


「山崎先生、何ですか。邪魔をしに来たんですか?」

「いやいや、うちに新入部員も入ってきたことだし、ちょっと見学したいなと思ってね、うちの上級生も連れて来てみたよ」


 部長と茜さんは、白州先生から目を背けた。


「……見慣れた顔もいますが、まあいいですよ。酒姫部というものを見せてあげましょう」

 特に2人が来たことをとがめるわけでもなく、白州先生は部員を一度集めて、指示を出した。

 どうやら全員でやる楽曲を、始めから通しで見せてくれるらしい。




 ステージの上で、部員たちが位置につくと音楽が鳴り始めた。

 それに合わせて、皆別々の動きをしながら踊り始めた。


 動きが大きくダイナミックで、すごい迫力だった。

 一つのミスも許されないプレッシャーがあるのだろう。

 顔は険しくして踊っているが、ミスは見えなかった。

 これが酒姫部というものなのだろう。


 途中、フォーメーションを変える部分でも一糸乱れぬ動きをしていた。

 厳しい練習の成果だろう、彼女たちの真剣な表情はキラキラと輝いて見えた。


 一つのミスも無く、曲が終わった。

 僕も部長も、酒姫部に拍手を送る。



 白州先生は少し満足気な顔をしている。

「いかがかしら? これが酒姫部です」


 山崎先生は腕を組んでうなっている。

「うーん。やっぱりすごいね。どうやったらうちの部員を酒姫にできるかなと見学来てみたんだけど、これは難しいね」


 白州先生の眉がピクっと動いた。

「はい? 酒姫にする? 何を言っているんですか? あなたたちはただの同好会みたいなものでしょ?」



 茜さんは俯いてしまった。

「もういいだろ。帰ろうぜ。酒姫になるなんて、こいつらに任せておけば良いよ。別なことしよう……」


 茜さんが帰る素振りを見せるが、南部さんは真正面から酒姫部を見つめながら話を切り込んだ。

「酒姫部の皆さんは、感じですか? 笑顔も無いですし、あまり輝いて見えなかったです」


「は?」


 センターにいた子が怒りを抑えきれずに、ステージを降りて南部さんに迫ってきた。

「あなた、何か文句があるの? 言ってくれるじゃない、あなたは何ができるの?」



 南部さんは一歩も引かずに、答える。

「私はまだ何も出来ません! ‌藤木君にプロデュースしてもらって、これから輝きます!」


 センターの子の怒りは収まらないようであった。

「プロデュースでどうにかできるというの? あなたに何ができるかわかりませんが?」


 かなり怒っているようで、怒りの矛先は僕にも向かってきた。

「藤木君はあなたね? 私達よりも輝けると言うなら 証明して見せてくださいませんか? こんなに見た目の彼女を酒姫にして見せてくださいませ。6月に清酒祭があるでしょ? そこで勝負しましょう」

「えっと、清酒祭……?」


「この学校にとってのミスコンみたいなものです。全校生徒に投票してもらうの。誰が酒姫として優れているかを決めるんです」


 ――そういう催しがあることを初めて知ったのですが……。



「個人戦、団体戦がありますが、私たちと勝負できるようであれば、どちらでもよいですよ? あの子に個人戦は難しいでしょうから、団体戦としてそこの茜さんに手伝わせても良いですよ? そのでも」



 そう言われた茜さんは、反論もせずに体育館を飛び出して行ってしまった。


「茜氏、ちょっと待ってー……」

 部長も一緒に行ってしまう。



 こんな状況なのに、山崎先生は相変わらずへらへらとしている。

「あらら。皆には刺激が強かったかな? 白州ちゃんごめんね。うちもうちで存続が大変なのよ。部室無いとあの私物のファイルの行き場が無くてね」

「そんなの知らないですよ。自分の家においてくださいよ」


「知っているでしょ? 僕の部屋汚いの」

「……何にも知りませんよ!!」

 ‌白州先生も必要以上に怒っているように見えた。



「じゃあ、うちの藤木がプロデュースして推し活部メンバーを清酒祭に出すから、ここでは喧嘩せずに。清酒祭で勝負してみましょうや」

「山崎先生は何もしないんですか?」

 ‌意味深気に白州先生が聞くが、ひょうひょうと山崎先生は答えた。


「こいつが頑張る!」


 ‌山崎先生に前に押し出されて、白州先生と酒姫部から睨まれた。何か言わないと気まずい空気が流れる。

 ‌

「……え、えっと、皆さんが凄いのは見てわかりました。素晴らしかったです。……けれど、南部さんはこれから皆さんのと同じように輝ける人です。プロデュース次第で、それ以上に輝けます! あと茜さんは決して酒姫崩れじゃないです! ‌人の中身も知らないで悪いこと言わないで下さい! ‌清酒祭までに負けないように頑張ります!」


 ‌しどろもどろに喋りだしたが、言葉を重ねるうちに、南部さんと茜さんをけなされた事への怒りが込み上げ、ついつい宣戦布告してしまった……。


 ‌「よし! ‌よく言った! ‌ずらかるぞ!」

 ‌山崎先生が僕の頭を撫でてくれた。


 酒姫部全員が睨む中、僕たちは体育館を後にした。

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