第六話 乾杯

 気分転換に、夜風に当たろうよ。

 そう持ち掛けられた俺は、特に断る理由も見当たらなかったため、楓とベランダに出ることとなった。

 秋の夜長の外気は、ほどよくひんやり心地よい。鈴虫のリンリンという音色も相まって、最近働かせすぎていた脳味噌が、少しずつリフレッシュされていくような感覚になる。


「ほれ、優の分だよっ」


 柵に手を掛けてぼんやりと街並みを眺めていると、急にアルミ缶を投げ渡された。


「うおっ、ととと」


 慌てつつも、なんとか両手で手中に収める。


「えへへ、ナイスキャーッチ」

「なにがナイスキャッチだ。つーか……これ、酒じゃねぇか」


 缶に描かれているのはデカデカとした『生』の文字。どう見ても、ビールである。


「コレ、どっから持ってきたんだよ」

「あー、さっき少し部屋に戻って、冷蔵庫から取ってきたの。まあ、細かいこたぁ気にせず、今日は飲みんさい。ほれ、グイっと」

「……まあ、今日くらいは付き合ってやるけどよ」


 普段は全くと言っていいほど、酒は飲まない。そもそも酒は、そんなに好きでもない。


「じゃあ、乾杯」


 だが、なんとなく。今日だけは、飲みたい気分だった。


「いぇい、乾杯!!」


 カツリと互いのビールを触れさせ、タブを引っ張って缶を開栓。

 プシュッと空気が抜けて、泡が雲のように溢れだした。


「「やばい、こぼれる!!」」


 二人同時に、慌てて口で泡を掬う。


「かぁー、うまいっ!」

「にげぇ!」


 漏れ出た味の感想は、真反対であった。


「クソ。やっぱビールはダメだな。未だに良さがわからん」

「ふふふ、優はお子様舌だなぁ。苦いのが良いんじゃん」


 ゴクリ、またゴクリと。楓は更にアルコールを摂取していく。


「ほんとオッサンみたいだな、お前……」

「あーん? 失敬なぁ。私はまだピチピチの二十一歳なんだぞーう?」

「酔い回るの早いっつの!!」


 頬を朱に染め、早速ほろ酔い状態の楓。思いの外、酒には強くないようだ。


「へっへん。よーし、早速私がユウサックンのお悩みをサクッっと解決してあげるぞぉ。ほれほれ、ちゃっちゃと私に話してみそ?」

「へいへい、わーったわーった」


 だが、そんな楓のおかげで気楽に話せるようになったというのもまた、悔しいことに事実だった。

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