第三話 大正義

「うぁー! 広いのは知ってたけど、実際に来てみるとすごかね……!」

「まあ、九州ナンバーワンの大学だからな。そりゃあ広いさ」


 セミたちの大合唱をBGMに駅から三分ほど歩き、俺たちは西九州大学のキャンパスに到着。照りつける太陽の下、騒がしい学内を見渡す。


「アレ、センセ? でも、今って夏休みだよね? なんでこんなに人一杯で、賑やかなの? まるでお祭りでもやってるみたいに」

「まあ実際、今日は祭りだからな。地元民のお前なら『西九祭』って言葉を耳にしたことくらいは、あるんじゃないか?」

「え、なに? じゃあ、今日って西九の学祭なの!?」


 相変わらずのオーバーリアクションである。

 そう。本日は西九州大学の祭日なのだ。学祭というのは平たく言えば、どデカい文化祭のようなものである。


「なんだ? 俺はてっきりお前も知っているものだと思ってたんだけどな」

「いや、だって最近勉強ばっかりで、イベントとか全然頭に無かったし……」

「はっはっは、そりゃあ良い傾向だ。お前も随分真面目な生徒になったものだな?」

「ん? でも、待ってよ? ということは、つまり……えへへ? コレってセンセーがアタシをお祭りデートに誘ってくれたってこと?」


 良いイタズラを思いついたような表情で、神楽坂がツンツンと俺の脇をつつく。


「いやはやいやはや。恋愛教師を名乗ったは良いものの、今までは採点ばっかりだったからね! ねぇねぇ、今日は実践でアタシから女心を学びたいってことなんだよね? そういうことなんだよね? ね! ね!」

「いや、デートなわけないだろ。あくまでオープンキャンパスだ。今日は施設見学が優先だ。祭りを楽しむのもいいが、そいつは後回しだぞ」


 気分転換が目的とはいえ、今日は遊びに来たわけではない。講義棟や研究棟の見学を終えて、時間が余れば祭りの出店を回る、くらいの感覚でいるべきだろう。夏の陽気で浮かれてはいけない。


「……イヤだ」

「へ? 今なんと?」

「だーかーら! ヤダって言ったの! だって今まではずーっと先生のターンだったようなものじゃん! 今日くらい、アタシのターンが先でもいいでしょ!? 一緒にお祭りデートしーよーうーよぉー!!」


 膨れっ面の神楽坂が俺の右手を掴み取り、ブンブンと振り回す。


「い、いや、それはダメだ! だ、大体、教師と生徒がデートなんて許されるわけないだろ?」


 落ち着け。相手が美少女だからって絆されるなよ、櫻田優作。俺はデートという単語を聞いただけでテンパるような中学生ではない。今日の目的はあくまで神楽坂のモチベーション向上と気分転換を兼ねて、大学を見学することだ。学祭で羽目を外しすぎるわけにはいかない。


「なによ、もうっ! 二人でお出かけしてる時点でデートみたいなものじゃん!」

「う、うるせぇな! 今日は施設見学が先だって言ってんだろ!」

「あー、分かったばい! アタシ分かっちゃったねぇー! アレでしょ! センセー、ホントはドキドキしとるだけなんでしょ! アタシみたいな超ド級にかわいい女の子とデートとかしたことなかけん、照れとるだけなんでしょ! さっきからキョドってるし!!」

「はぁー!? だーれがお前相手に緊張なんかするかっつーの! 祭りはあくまで『ついで』だからな! 今日はキャンパス見学が先だ!」

「いやだ! お祭りデートが先なの!」

「いーや、キャンパス見学だ!」

「デート!」

「キャンパス見学!」

「デート!!」

「キャンパス見学!!」

「デート!!!」

「キャンパス見学!!!」


 そして。「ぐぬぬ……」と、互いに息が当たるほどに顔を近づけて睨みあうこと、数秒。


「あらあら、二人とも真っ赤な顔で見つめあっちゃって。初々しいわね~」

「ケッ、リア充爆発しろ」

「かわいい彼女と学祭デートか。よし、呪おう」


 ふと冷静になった俺たちの耳には、そんな多種多様な周囲の声が届いていて。


「「っ!」」


 突如として我に返った俺たちは、衝突させていた視線を慌てて逸らし、近づけ過ぎていた顔を離した。


「……ま、まあ、その、なんだ。少しクールダウンするとしようじゃないか、我が教え子よ」

「う、うん。そうだね、我がセンセー。ただでさえ夏の熱気がすごいのに、頭までヒートアップしたら熱中症になっちゃうよね」


 互いにポリポリと頬を掻き、一度呼吸を整える俺たち。気づけば彼女の首筋と両腕には滝のように汗が噴き出しており、真夏の太陽が、その白い肌をキラリと光らせていた。

 しかし、なんということだ。一人の生徒にここまで熱くなるなんて、俺らしくもない。どうやら、冷静沈着で評判だった昨年までの教師像は遥か彼方に消え去ってしまったようだ。


「ん? なに、センセ? 急に笑顔で見つめちゃったりして。アタシの顔に何かついてる?」

「あー、いや、何も。目と鼻と口がついているだけだな」

「? 眉もついてるよ?」


 まったく。この教え子と居ると、どうも俺はいつもの自分ではいられなくなるらしい。不思議なこともあるものだ。


「よし、神楽坂。ここは平等に恨みっこなしで、じゃんけんで決めようじゃないか。お前が勝てば、先に学祭巡り。俺が勝てば、先に施設見学。これでどうだ?」

「ふっふっふ。センセー、ホントに良いの? アタシ、勝っちゃうよ? 勝ちまくっちゃうよ?」


 運勝負だというのに、なぜか自信満々で不敵な笑みを浮かべる神楽坂。


「ああ、いいぜ。そんじゃ、早速勝負だ」


 そして、この時。俺は一応勝つ気ではいたものの、なんとなく勝負の行く末が見えていた。


「「最初はグー! ジャン・ケン──」」


 なぜなら。


「「──ポン!」」


 神楽坂繭とは、美少女であり。


「いぇーい! アタシの勝ちー!」


 この世界において、かわいいは正義なのだから。

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