第66話・温泉宿
「これはまた……」
今夜の宿泊先はオスカラの中心部から山側に行ったところにある変わった宿だった。
周囲は高級住宅地のようで広い敷地の家が並ぶ中にある木造建築の懐かしいとさえ感じるような古びた宿。
周囲にある石造りやレンガ造りの家が並ぶなかにある懐かしい和風建築の温泉宿。
「ここは元々はタクヤ様の別邸だったと言われております。なんでもタクヤ様の故郷の建物だということで。遥か東方にある国の建物と似ていることからタクヤ様かそのご両親は東方の人だと言われてるんですよ」
周囲との景観のミスマッチ感はあるけどここに日本人が居たんだと改めて実感する建物だった。
「いらっしゃいませ。履き物はここで脱いでお預かりします。」
外観だけではなかった。
こちらに来て初めて見る引き戸の扉に靴を脱ぐ玄関は日本に帰ったのかと一瞬錯覚させるほど忠実に再現されてる。
ただやはり日本とは違うところもあり、宿の従業員が着ているのは浴衣をイメージして作ったような着物風の洋服で、外人が噂に聞いた着物を作ったような服にも見える。
「凄いでしょ!」
「本当に凄いな。違う世界みたいだ」
クリスティーナ様は驚くオレに満足げな表情をしていて、自分のご先祖様の凄さを自慢したい子供のような笑みをしてる。
「タクヤ様という御方もさぞ喜んだでしょうね」
「はい。ここはこの町のドワーフ達が造ったようですが完成した姿を見て泣き崩れたと言われております」
泣き崩れたくもなるだろう。
その人がどうやってこの地に来て何をしたかは分からないがその時の涙が嬉しさと懐かしさで複雑だったろうことは想像に難しくない。
そのままスリッパで部屋に案内されるが流石に畳はないようで長いこと使い込まれた黒光りする床板の部屋にベッドが置かれている。
古い和風建築の家を宿屋にするために洋間にリフォームしたらこんな感じになるのかもしれない。
「なんじゃ。米酒はないのか」
「申し訳ありません。最近東方からの荷が届かなくなりまして」
「そう言えばそんな話があったのう」
伯爵様は宿に米酒がないのか尋ねていて無いと知るとガッカリしていたことから、ヴェネーゼでボルトンさんがちらりと言っていた米酒はここに運ばれる物だったのかもしれない。
宿の人に少し話を聞いてみると米酒はタクヤという人の好きな酒らしく無理をして東方から取り寄せていたようだ。
「宿を始める時にはタクヤ様の故郷の料理もだそうとしたらしいんだけどね。上手くいかなかったのよ。そもそも食材は東方からの取り寄せだからお客さんに出せる値段にならなかったらしいんだけどね」
料理は普通のこの国の料理で本当はタクヤ様の故郷の料理と伝わる料理を出したかったが上手く再現出来なかったらしい。
お客さんはこの国の人だから無理に東方の料理を出す必要性もなかったのだろう。
「温泉入るわよ!」
宿の夕食を楽しみにしつつクリスティーナ様はエル達を連れて温泉に入りに行ったので、オレは部屋でロボとブランカの相手をしてることにする。
もうすぐミルクを欲しがる頃なんだよね。
ああ、残念ながらこの宿屋は貴族や裕福な人向けの高級な宿屋なので混浴じゃないらしい。
話に聞く限りだと町の外にも露天風呂があってそちらは混浴らしいし安宿にある温泉の中には混浴のところもあるみたいだけど、露天風呂は本当に自然の中に衝立も何もない露天風呂を誰かが勝手に作っただけのようなので危険だから自己責任なんだとさ。
冒険者なんかは行く人も居るらしいけど、ゴブリンも使ってるみたいでゴブリンと混浴になるなんて笑いながら教えてくれた。
多分宿のお客さんみんなにしてる鉄板ネタなんだろう。
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