第22話 悪夢の2020年その1

 年は明けて2020年。

 祖父母が亡くなって以来の、喪中の正月がやってきた。



 兄夫婦も私も父も、それぞれに正月を過ごす。

 でも酒好きで賑やか好きな邑楽家のメンバーだ。

 元日の夜は恒例の、親戚ともども実家に集まって飲み会を開いた。

 いちおう体裁上は母を偲んで献杯、といった具合に。

 母も皆が笑顔なら、きっと喜んでいるであろう。



 少しずつだが前に向かって歩き始めた家族。


 しかし『母』という大きな存在を失ったことで、家族間のバランスや発言や行動も徐々に変化していった。

 もちろん悪い意味だけではない。

 母が担っていた部分、それは実質的な家事とか料理だけではなく、存在そのものが支えとなる精神的な根幹や家族の指標、目標の方向性などを含めて、それぞれが自然と分担することとなった。



 それ以上に恐ろしいのは、既に何度もお伝えしているが、この年はメンタルを壊して休職からの退職を余儀なくされることだ。

 オマケに世間では新型コロナウイルスが猛威を振るう。

 まさにこれまでの価値観がひっくり返る程の出来事ばかり。


 前年の母の死とは違った意味で、この年は思い出したくも無いことだらけである。

 しかし、私自身も前進しない訳にはいかない。

 まずは村づくりの歴史を振り返ろう。



 2020年の1月には早くも3社、購入している。

 村づくりは、農作物の小売販売所の整備、紙すきによる製紙加工の開始、移動手段の確保がされた。



 まずは、イオンモール<8905>。


「あれだけイオn本体をこき下ろしておいて、これかよ」と思われるかもしれないが(第15話ご参照のこと)。

 私はまだこの頃は、それほどイオnには抵抗感無かったんだよ。


 イオンモールさんと言えば、お馴染みショッピングモール。


 イオンモールで有名なのは、国内最大規模を誇る埼玉県越谷こしがや市の越谷レイクタウンだが、私はレイクタウン本体ではなく仕事で近くに行ってた。

 あそこの駅にある『はなの舞』も、ランチ営業してるのよね。

 株主優待券で食事をしたら端数を現金で支払い、dポイントをゲットする。


 まぁそういうことなの。


 株主になってからは数度、スリッパや服を買いにいったくらいだろう。

 だって自分の好きなポイントが貯まらないんだもん。


 こちらも決算は2月8月。

 株主優待は百株なら3千円分のカタログギフトかイオnギフトカードが貰える。

 またしてもカタログギフト銘柄だ。

 なんでこれを選んだのか自分でも理解できない。

 買い物好きでやや散財癖のある母も亡くなり、実家もそれほど物入りではなくなったし、一人暮らしには余るから、もうカタログギフトは要らないのに。

 自分に染み付いた根性ってのはなかなか変えられないものである。



 しかしイオンモールさんに関しては、驚くべきニュースが入った。

 2025年2月期から、選択制であった優待をギフトカード一択にするという。


 うーん、これは困ったなぁ。

 だってイオnで買い物しないから、ギフトカード貰っても仕方ない。

 もうひとつ、カーボンニュートラルのための寄付というプランも廃止される。


 正直に申し上げて、イオn系列会社って配当が渋いのよね。

 いっそ優待が廃止されるのならば「全ての株主様への公平な還元策」も期待できるが、ギフトカードは続くし、イオンモールさんや系列他社も滅多に増配しない。

 これは……さすがのゴリラも『売り』かなぁ。

 含み益も充分出ている今、新しい産業を村に誘致する時かもしれない。

 でもカタログギフトを通算6冊頂いたわけで、イオンモールさんには感謝。

 



 

 そして、もう一社。

 エクセディ<7278>。


 これまで牛馬に引かせていた村に、ついに文明の利器がやってきた。

 蒸気機関は産業革命への第一歩である。


 こちらのエクセディさん。

 車のクラッチ最大手でオートマ、マニュアルいずれも部品製造を手掛けている。


 そしてエクセディさんも百株保有していると、3千円のカタログギフトが……。


 なんででしょうね?

 母を亡くして私は少しおかしくなってたんでしょうか?

 またしてもカタログギフトだなんて。


 この時点でカタログギフト優待の企業は10社、年に11冊を貰っている。

 本当にカタログギフトだけで家具や日用品や食材まで賄う、カタログギフトハウスが作れそうだ。



 そして最後の一社。

 日本製紙<3863>。


『スコッティ』『クリネックス』ブランドでお馴染み、製紙会社大手。

 そして日本製紙さんの優待はありがたいことに、トイレットペーパーやティッシュペーパーといった自社製品グッズ詰め合わせである。

 これはマツキヨさんで買う日用品の節約になるから、ありがたい。


 特に優待で貰える、スコッティ3倍巻きトイレットペーパーは助かる。

 単純に交換頻度が3分の1になるんだから。


 俗に『名もなき家事』と言って、トイレットペーパーを交換するとか、台所洗剤を補充したり、シャンプーを詰め替えたりという些細な、だけど手間な作業がある。

 これらはなるべく会社の休みの日に済ませたいが、トイレットペーパーや洗剤たちが言う通りに切れてくれるとは限らない。

 なので、いつもそういう事を奥様にお任せっきりのご主人諸君。

 今日はケーキを買って帰りなさい。

 手品じゃあるまいし、寝てる間に小人さんが勝手に補充してるんじゃないのよ?



 高台に登った私は、自身の手で開拓した村を眺める。

 村もずいぶん大きくなったもんだなぁ。

 こうやって仕事をしながら、村づくりにも精を出して、最高じゃないか。


 母を亡くして落ち込んでいたが、私は徐々に元気を取り戻しつつあった。

 


 そして、京アニさんに送っていた処女作である。

 こちらはさらに推敲を重ねて、第17回MF文庫Jライトノベル新人賞さんに送ることにした。

 四半期ごとに、年4回も選考してくれるMFさん。

 全応募者に書評をくれるMFさん。

 ここならば、おっさんの日本語力を採点してもらえるし、かつ一次選考落ちでも評価シートを貰えるのだから、言う事無しだ。

 私は前年暮れ締切の第3四半期に応募していた。




 一方、仕事では役員から異動の内示が出た。


 それまでとはまったく異なる部署の事業である。

 不安はあった。

 だけど、会社員たるもの組織の人間なので、嫌だと首を横に振る訳にもいかない。

 異動の話を受け入れた。



 2020年1月、国内で初の新型コロナ感染者が見つかる。

 同年2月、クルーズ船内で集団感染が発生。


 テレビやスマホを見れば、不穏なニュースが次第に増えていく。

 それでもまだ、この時は対岸の火事といった気持ちであった。



 そして私の異動が正式に発表されたのは2月初旬であった。

 短い期間で引継ぎを行い、異動先の部署で新規立ち上げを任されたのが同月下旬。

 右も左も、勝手がわからない中での新規プロジェクトである。


 精神的には強い負荷が掛かったが、まだまだ頑張れていた。

 この時は、きっと耐えられると考えていたんだ。

 村づくりも成功させてきたし、自分で選んで入った会社だ。

 やってやるさ、という気持ちで。



 ところが、なにせ新規プロジェクト。

 何をするにも一から組み立てないといけない。

 残業も多くなったし、通勤時間も一気に4倍になった。

 やがてヘロヘロで帰宅したら既に深夜というのが常態化してきた。


 だけど、残業代ガッポリなら村づくりもブーストが掛かる、とだんだん思考が正常では無くなっていったんだな。

 そのうち終電で帰るのが当たり前になり、もちろん途中駅までしか帰れないので、そこからはタクシーに乗る。

 同じプロジェクトに配属された後輩くんとは、偶然にもご近所だ。

 交通費精算をする手間も、タクシー代の補填を会社に交渉する意欲も、ホテル等を用意するよう訴える気力も無くなり、毎日のように二人でタクシー代を自腹で割り勘しては帰った。



 とにかく早く寝たい。

 睡眠時間だけは確保したい。

 食事を摂る時間すら勿体ない。


 急ぎシャワーを浴びたら、酒好きの私が小さな缶ビール1本とおにぎり1個だけを食べて満足する。

 もちろん並行してタバコも吸いたいので、キッチンで立ちながらの飲食だ。

 それから滑り込むようにベッドに入る。

 ドライヤーの時間すら惜しい。

 寝ぐせなんか気にしてられない。

 でも数時間後にはまた起きて、配属先に向かう。

 そんな日々を繰り返していた。



 そういった忙しい3月下旬。

 MF文庫さんのライトノベル新人賞の一次選考発表がされたんだ。


 投資家仲間と時間を作り、一泊だけの温泉旅行。

 休日出勤や振休も貯まる一方。

 なので会社には、ここだけは休ませろと交渉した。

 コロナ感染もどんどん拡大しており予断は許さないものの、緊急事態宣言の発令はされていなかったので、とりあえず各自、自己責任として集まることにした。



 束の間の休暇ではその夜、MF新人賞さんの特設ページを皆で閲覧する、というイベントを設けた。

 

 私が緊張で震える指でスマホを操作すると、そこには『邑楽じゅん』の文字が。


 マジか!

 本当に一次選考、通っちゃった!


 もうずいぶん酔ってるはずなのに、さらに皆で乾杯をして新しい酒を開ける。


 いやぁ、感慨深いものがある。

 まさか自分の作品を評価して頂き、さらに一次選考を通してもいいよ、って。


 皆も喜んでくれた。

 下読みや企画会議に何度も付き合ってくれたのである。

 彼らの手間を考えても申し訳なかったが、逆に結果を出せて良かった。

 いや、彼らだって到底無理だと思ってたに違いない。


 これは仲間と作った記録だ。

 そしてアマチュア文筆家『邑楽じゅん』誕生の瞬間でもある。

 当然、これで終わりじゃない。

 次の作品や次の次の作品だって、まだまだ書きたいものがいっぱいだ!



 しかし仕事に追われる滅茶苦茶な生活は、確実に私のメンタルを蝕んでいた――。

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