第20話 投資1割、執筆9割

 さて、無事に貴船を聖地として、作品の舞台が決まった訳だが。

 旅を終えた私は、さっそくパソコンに向かう。

 小説の執筆にとりかかった。



 この間、株の取引が無い理由は、小説執筆に夢中になっていたせいでもある。


 この年の配当金合計は税引き後130,393円。

 以前購入していた銘柄も徐々に増配してきたし、新しく加わった仲間も配当を生みだすようになっていた。

 雪だるま式に元本が膨れ上がる『複利』の効果を徐々に感じる。


 それでもやはり遠いメガロポリスへの道のり。

 しかし今は小説を仕上げねばならない。

 貯金と配当金はコツコツ貯めておいて、いつか脱稿したらパーッと買い付けてやるんだから待っていなさい。



 話は少し戻して、その年の暮れ。

 とりあえず初稿が出来上がった。


 まだ8万文字というボリュームだが、長編小説が書けた。


 データを友人達に送り付ける。


 シロートが急に始めた小説執筆。

 私の戯言を見守っていた彼らだったが、実際に読ませてみたら評判が良い。

 特にサブカル方面に強い、絵師の反応が良かった。

 むしろ書けるなんて思っていなかったのに書けるもんだから、伸びしろがあるのではないか、と彼らの注文はより厳しくなっていく。



 2019年、年明けから少し経った一月の下旬。


 私たちは再び京都・貴船を再訪した。

 作品の精度をより高めるため、と称した取材旅行だ。


 貴船の門前町の旅館『ふじや』さんにお邪魔して、夜遅くまで企画会議だ。

 

 余談だが、後年、京都の劇団『ヨーロッパ企画』さんが貴船ふじやを舞台に、映画を撮られた。『リバー、流れないでよ』という作品だ。


 劇伴は元『たま』のベーシストである滝本晃司さん。

 ヨーロッパ企画の主宰である上田誠さんは、たまフォロワーとして界隈では有名。

 実際に私も劇場に足を運び、同作を鑑賞した。

 やっぱり自分の好きな、自分の作品の聖地がこうやって映画化されたんだから貴船ファンとしてもたまファンとしても、嬉しい限りだ。




 こんな風に冬の貴船を満喫したのだが、肝心の物語は夏の話である。

 結果として、冬の描写は作中でヒロインが語る二十五文字だけとなった。

 その対価は、諭吉さん一個小隊がお討ち死にされるという凄惨なもの。

 それでもいい。

 作品に奥行きが出たのだし、主人公や周りの登場人物だって物語が夏だとしても、いつもそこに暮らす者として四季を体感しているはずである。


 投資スレでお馴染み『若い頃は金使えおじさん』なんていう、貯蓄も投資も出来ていないのに説教臭い人を指すスラングもあるが、こうして創作の肥やしになるのならば、私個人は出費を惜しまない。

 人生、何事も経験が深みになると信じている。

 だから言うなれば私は『おじさんになったら金使えおじさん』だ。



 ちなみに地獄の企画会議は深夜に及ぶ。

 真冬の貴船で、有給休暇を使った日曜から月曜に掛けての泊まりなので、客は私達ひと組だけ。

 チェックアウトの朝、後輩くんが支払いにいくと仲居さんから、

「領収書は?」

 と聞かれたので、

「だいじょうぶです」

 と伝えたら、

「お仕事じゃないんですか? 遅くまでお打ち合わせされてたでしょう?」


 薄い襖の入口からは、しっかり企画会議も漏れていた。

 またも余談だが、先述の映画『リバー、流れないでよ』には、ふじやさんに偶然居合わせた客達の中に、締切に追われる小説家と催促の編集者という役がある。

 ヨーロッパ企画さんのロケハンや取材の時に、エピソードトークとしてまさか私達がモデルになってる訳ではないだろうが、これも少しだけ嬉しい一致であった。




 帰宅した後はふたたび執筆。

 ほぼゼロベースからの推敲である。

 使えるシーンは切り取り、必要のないシーンはまるまるカットする。

 さらに追加するシーンも書かなければならない。

 そしてそれらを上手くはめ込み、初稿をいくらかリサイクルしたものの、ほぼ別作品を書いている気持ちであった。


 そんで3月末。

 ようやく第二稿が完成。

 結果としてさらに書き直して、第三稿が完成稿となったけども。

 処女作は11万文字超の大作だ。




 ようやくひと息つけた感があるので、村の開拓を再開することにした。

 冬の貴船に取材旅行をしたが、貯金と配当金はずいぶん貯まっている。

 元手資金は潤沢で、銘柄選び放題じゃないのさ。

 かと言って自分の投資スタンスまで崩してはいけない。

 ゴリラ村長としては慎重に見極めたいところだ。


 などと鼻息荒くしながら買い物に出た、ある日のこと。


 なんか見た事無いスーパーが開店準備中だな。

 うん?『マミーマート』?

 やっぱり聞いた事無いな。

 あ、Tポイントののぼりが立ってる。

 へぇ、上場もしてるのか。

 おや、株主優待まであるじゃないのさ。

 こりゃいいや。生活費削減のために、ここを買おう。



 マミーマート<9823>。


 埼玉を地盤として関東に店を構えるスーパーマーケット。

 他にも葬祭セレモニーホール運営や温泉施設運営といった事業もある。

 もちろん主力はスーパー事業であろう。


 優待は自社商品か、お買い物券。

 お買い物券はUSMHさんと同じく千円ごとに一枚使える百円割引券。

 百株なら半年に一度20枚もらえる。


 当時は東証ジャスダックに上場されており、全国的な知名度はまだまだといった具合だが、最近はテレビ露出を増やしていて、特にお総菜や弁当に注力している。


 それに何より良いのが。

 定時ゼロ分に店内で流れるマミーマートの歌『Oh! Fresh』。


 これが良いんだよ。

 ちょっと名曲過ぎて、買い物は定時ゼロ分を狙ってしまう。

 私がお邪魔する店舗では、昼12時や午後3時は長尺のフルバージョンが流れる。

 それ以外のゼロ分にはBメロをカットしたショートバージョンになるので注意されたし。

 


 私が狂おしく好きなのは、ライフコーポレーションさんが以前実施していた『百円でポイント〇倍デーの歌』。

 こちらは残念ながら2018年に新曲に代わってしまい、更にはコロナ禍による三密回避のために、2020年にはポイント〇倍デーも終了してしまった。


 むしろマミーマートさんの曲は、ライフさんと同等か、越えてきつつある。

 株主とかそういうの関係無いくらいに好き。

 この歌を聴くために天井のスピーカーの下から動かなくなる、挙動不審な客の私。


 この曲が配信されたら、即買いなんすけどね。

 もしくは公式YouTubeチャンネルを作ってアップしてください。

 広告付けて貰って構いませんから。

 毎日再生させて頂きますよ。

 どうでしょうか、マミーマートさん。

 ご一考をお願いします。



 ここ最近は業績拡大の一途をたどり、埼玉の中堅スーパーから確実に飛躍しつつあるマミーマートさん。

 一時は株価が最高値の7,010円を記録したが、今は落ち着いてその半値くらいで推移している。それでも私が買った時よりも遥かに高い。

 今後大化けするであろうマミーマートさんの余力を見て取った私は、先物買いとして同社株を買い増し、現在は5百株を保有している。

 この時の優待水準は、お買い物券が半年ごとに80枚。爆増だ。


 総発行株式数は1,079万株、株主数も全国に4千人チョイしかいない。

 私は選ばれし4千人のうちの一人だと思うと面白い。


 逆に言うと、全国で4千人しかこの会社を選んでないのだ。

 同社の本社がある埼玉県の人口730万人のうち、それなりにこのお店を利用する投資家だって相当数居るだろうに。 

 こういうマニアックなお宝銘柄を探すのも、優待投資の楽しみなのよ。




 さて、話を私の小説に戻す。

 処女作が完成したら、私はこれをいきなり公募に出すことにした。

 もちろんプロの世界が厳しいものだというのも理解している。

 たった一篇だけ仕上げた素人が、通用する訳が無い事も。


 だけど、普通に日本語の添削をして貰う程度だったんだなぁ。

 自分の日本語は破綻していないか、それを知りたいだけなの。

 このあたりは序の1話でお伝えした通り。



 ラノベやライト文芸の新人賞はたくさんあった。

 でも応募先はもう決めてある。

 ちょうど京都の話が書けたんだ。

 どうせなら『京都』の人に選考して貰った方が良いに決まってる。



 その週末。

 作品を下読みしてくれて、何度も企画会議を重ねた、いつもの投資家仲間とオンラインで飲んでいた。

 まだ時代はコロナ前だというのに、なかなか今時な飲み会であった。


 私はパソコンの画面を共有しながら、緊張に震える指で慎重に操作すると、マウスのカーソルをある特設ページへと向かわせた。



 2019年6月29日(土)。

 第11回京都アニメーション大賞、応募。


 あの事件まで三週間――。

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