4-5 絶妙にわからない
「どうしたの、久城さん」
ややあって返事をしたのは汐音だった。
正直言って、助かったと思ってしまう。だって、ただでさえ緊張してしまう陽花里と温泉に入っているのだ。普通に話しかけることすらできなくて、美影は結乃と顔を見合わせて苦笑を浮かべてしまう。
「やっぱり、遠慮しちゃうのかなって思って。……森山さんと結乃ちゃんは特に」
言って、陽花里は苦い笑みを零す。
ようやく陽花里の姿をまともに見られたというのに、弱々しい表情をされてしまった。美影ははっとなり、同時に胸が苦しくなる。
それは結乃も同じようで、眉をハの字にさせながら俯いてしまった。
「ごめんね。あたしが旅行に混ざったら、二人が緊張しちゃうってわかってたの。でも、あたしは…………紡と一緒に、旅行がしたくて」
――だからついてきちゃったの、ごめんなさい。
囁くように言いながら、陽花里はまたか弱い笑みを浮かべた。
「それって、紡くんが好き……っていうことなのかな?」
「……っ!」
なんの躊躇いもなく、汐音が言い放つ。
驚きに目を見開いたのは、陽花里だけではなく、結乃もだった。美影もきっと、同じような顔をしていることだろう。
本当は、初めからわかっていた。
だけど、
「そう……だね。うん。……あたしは、紡のことが好き」
改めて言われてしまうと、胸の奥がちくりと痛んでしまう。
汐音と結乃は今、いったいどんな気持ちでいるのだろう? 紡のことが好きなのだとはっきり言っていた汐音と、紡のことになるとあからさまに動揺していた結乃。
そんな二人を前に、陽花里はゆっくりと口を開く。
「…………あたしは、声優だからさ。これから先、もっともっと声優として頑張っていきたいって思ってて。……なのに、恋愛なんてして良いのかって……。あたし、ずっと……悩んでて」
ぼそぼそと言葉を零しながら、陽花里は徐々に俯いていく。
やがて顔を上げた陽花里の瞳はすっかり赤らんでしまっていて、美影は小さく息を呑んだ。
「……ごめん、なさい……。こういうことは流石に、声優仲間には相談できなくて。ずっと、一人で抱え込んでて。…………あなた達を頼ってしまいました」
本当にごめんなさい、と陽花里は頭を下げる。
こんなにも弱々しく、震えを帯びた陽花里の姿を見るのは初めてのことだった。すぐさま何かを言いたいと思っても、なかなか言葉が出てこない。そんな自分が情けなくて、美影は下唇を噛む。
「久城さん……いや、陽花里ちゃんって呼んだ方が良いかな?」
「えっ」
「あれ、急すぎたかな?」
わざとらしく小首を傾げながら、汐音はウインクを放ってみせる。
唖然とする陽花里に、汐音は尚も笑いかけた。
「陽花里ちゃんがボクのライバルだってことは、ずっと前から気付いてたよ。陽花里ちゃんだってそうでしょ?」
「そ、それは……いっつも紡と距離が近いし、勝手にライバル心は燃やしてたけど……」
「だよね。ちなみに結乃ちゃんもそうでしょ?」
「……ぴゃっ」
急に話を振られ、謎の擬音を漏らす結乃。
その反応は、最早答えのようなものだった。一気に赤く染まっていく頬に、泳ぎ始める瞳。むしろ、わかりやすいにもほどがあると思ってしまう。
「もしかしてのぼせてきちゃったのかな? それともガチな反応?」
「う、うるさいですね! いつも瀬崎先輩と距離が近い癖に!」
「あ、やっぱり結乃ちゃんも気になってたんだ」
ついに開き直った結乃に、けらけらと笑う汐音。
そんな中で、陽花里の表情もゆっくりと柔らかくなってきている――ような気がした。皆して紡のことが好きで、ライバルだと改めて認識したばかりだというのに。
まるで、そことは別の感情に満たされているような温かさを感じた。
「それで、美影ちゃんは?」
「えっ……と、な、何がですか?」
「紡くんのことだよ。美影ちゃんって、紡くんのことを意識してるような目で見ている時もあれば、同じような目線をボクや結乃ちゃんにも向けてくれてる……って思うんだよね。恋なのかそうじゃないのか、絶妙にわからないっていうか」
「…………な」
何で。どうして。
――この人はいつも、的確なことを言ってくるのだろう。
美影はそっと、汐音から距離をとる。
元々、汐音は察しの良い人だと思っていた。でも、結乃のようにわかりやすい態度を他人に見せてしまったことはない、はずだったのだ。なのに汐音は当たり前のように「意識してる」と言い放ってくる。
それに、「絶妙にわからない」とも。
「わ、私……ただのコミュ障だし、恋愛とかよくわからなくて」
あはは、と乾いた笑いを漏らしながら、美影は頬を掻く。
これは単なる本音だった。紡という存在が変わるきっかけになってくれて、汐音や結乃と向き合うことができた。今こうして温泉旅行に出かけているだけでも夢のようで、心は充分満たされている。
だからもう、美影は満足なのだ。
友達と呼べる相手ができただけでも美影にとっては大きな一歩で、恋愛なんて自分にはまだ早い。
まぁ、もしかしたら――陽花里や汐音、結乃という強敵が目の前にいるからそう思ってしまうだけかも知れないが。
「ふぅん?」
「……そ、そんなことより!」
汐音の意味深な視線から必死に逃げつつ、美影は陽花里を見つめた。うっかり気を抜いたらブホワァッと鼻血が出そうになるほど、綺麗な陽花里がそこにはいる。
しかし、美影はぐっと堪えて陽花里と視線を合わせた。
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