4-3 美男美女の中に紛れ込むモブ

「男が俺一人だとあれだし、桜士郎も誘って良いなら」


 放課後。

 すぐさま二年A組の教室にやってきた結乃と汐音とアイコンタクトを交わし、恐る恐る紡に訊ねる。すると、紡は思った以上にすんなりと頷いてくれた。


「私も混ざって良いのでしょうか……?」


 その隣で、読書をしていた桜士郎が恐る恐るといった様子で顔を上げる。

 紡が旅行に参加する条件は「桜士郎も誘って良いなら」なのだ。ここで頷かない手はないだろう。美影にとっても、少しくらいは会話をした仲だ。相変わらずの美形っぷりには気圧されてしまうけれど、他のクラスメイトよりは安心して話せる相手だと思った。


「もちろんだよ。西連寺くんも、良かったら一緒に行こう」

「っ!」


 美影が返事をした瞬間、桜士郎は嬉しそうに微笑んだ――ような、気がした。桜士郎には悪いが、すぐ近くにあるオーラが強すぎてそれどころではなかったのだ。


「…………」


 じーっと、陽花里がこちらを見つめている。

 その視線は、まるで「何であたしを誘わないの?」とでも言いたいような不満オーラに溢れていた。美影は思わず、ビシッと背筋を伸ばす。


「……あたし、その日ならスケジュール的に大丈夫なんだけど」


 やがて、陽花里はさも当然のことのように、輪の中に入ってきた。

 自分のスケジュール帳を手に、陽花里は「どう?」と二週間後の土日を指差す。

 美影は当たり前のように予定はなく、汐音と桜士郎もオーケー。結乃は生配信を休みにすれば大丈夫で、紡も部活も休むことになるけど大丈夫、とのことだった。


「そういうことだから、よろしくね」


 言って、陽花里は美影達に向かって優しい笑みを零す。先ほどまでの不満オーラとは大違いの、嬉しそうな笑顔。

 美影はただ、「はいぃ」と返事をするのが精一杯だった。



 ***



 と、いうことで。

 結乃と汐音と陽花里と紡と桜士郎と旅行に出かける――という、少し前の自分では考えられないイベントが発生してしまった。モブだモブだと騒いでいた自分が、本当にこの輪の中に入っても良いのだろうか? しかも「いつか近付けたら」と思っていた紡と一緒に。


 それに。


(ひ……ひ、ひかりんと旅行って……っ!)


 紡のことで脳がバグってしまっていたが、だいたい推しの声優である久城陽花里と旅行する、という時点でどうかしているのだ。普通に考えて意味のわからない展開すぎて、美影の頭はついていかない。


 しかし、そんな美影の混乱とは裏腹に、計画は順調に進んでいった。

 まず、今回の旅行は「温泉旅行」であるということ。

 電車で二時間ほどの場所にある温泉街へと行き、癒されよう。というのが今回の旅の目的だと、結乃が意気込んでいた。


(お、温泉…………って、まさか、ひかりんとも……?)


 考えれば考えるほど、頭がぐるぐると回っていく。

 最早、これが今まで頑張ってきたご褒美なのではないかと錯覚してしまうほどだ。久城陽花里と温泉旅行なんて、いったいいくら払えば良いのだろう? しかも、あわよくば一緒に温泉に入れてしまうかも知れないのだ。


(…………これ以上考えるのは、いけない)


 ゴクリ、と美影は一人息を呑む。

 この旅行はあくまで結乃が提案してくれたものなのだ。結乃と仲良くなることを第一に考えたい、と美影も思っている。


 しかし、この旅行には紡がいて、陽花里もいる訳で……。

 何かが起こる予感がする。――なんとなく、美影はそう思うのであった。



 そして迎えた温泉旅行当日。

 六月に入り、制服も夏服へと変わって……美影が気になるのは、皆の私服姿だった。ちなみに美影はこの日のために服を新調。とはいえスカートには挑戦できず、チェックシャツチュニック+ジーンズという割と地味な感じになってしまった。まぁ、Tシャツやパーカーよりはマシだろう。


「あっ、森山さん。早いんだね」


 一番目に待ち合わせ場所に到着したのは美影だったが、その次がまさかの陽花里だった。身を包むのは可愛らしい純白のオフショルダーワンピースではあるのだが、


「す、凄い防具ですね」


 開口一番、美影はそんな言葉を口にしてしまう。

 つばの大きな帽子に、サングラスに、マスク……。せっかくのワンピースが台無しに思えるほどの完全防備っぷりだった。


「流石にやりすぎたかなぁって思ったんだけど、マネージャーさんに念を押されちゃってさ。クラスメイトとはいえ異性がいるなら隠せってさ」


 サングラスをずらしながら、陽花里はふふっと微笑む。

 綺麗な翡翠色の瞳と目が合うと、美影は慌てて目を逸らした。どうやら、まともに話せていたのはサングラスのおかげだったようだ。


「……あはは、やっぱりあたし相手だと緊張しちゃう?」

「す、すみません。ただのファンなので」

「…………そっか」


 どこか寂しそうに目を伏せながら、陽花里は弱々しく微笑む。

 声優としても、クラスメイトとしても、いつだって完璧な笑顔を見せてくれる陽花里にしては珍しい表情だった。微妙な沈黙が訪れてしまい、美影は必死になって話題を探す。

 しかし、「そうだ、今週の『だけポン』の話をしよう」と思った時には、続々とメンバーが集まってきてしまった。



「あれ、早めに来たつもりだったんだけど。二人とももういたんだ」


 三番目に現れたのは汐音だった。

 ベージュのサマーニットに、カーゴパンツという恰好の汐音は、やはり制服姿と比べて大人びて見える。大きめのリュックを背負っていても様になるレベルだった。



「すみません、時間ギリギリになってしまいました」


 ペコペコと頭を下げながらやってきた四番目の人物は、桜士郎だ。

 白シャツに黒いジャケット、黒いネクタイに革靴。極めつけは、ジャケットの内ポケットから取り出した懐中時計。

 完全なる執事がそこにはいて、美影は思わず食い入るように見つめてしまった。



「ご、ごめんなさいっ! 主催したのは結乃なのに遅れてしまって……っ」


 予定の時間から一分すぎて、五番目の結乃が現れた。

 胸元に黒いリボンの付いた、薄桃色のフリルワンピース。絶対領域が眩しい白いニーハイソックスに、ブラウンのローファー。

 美影の「こういう服を着ていて欲しいなぁ」が詰まりに詰まった姿で登場した結乃に、美影は心の中でガッツポーズを浮かべていた。



「悪い。間に合うと思ったんだが……遅れちまった」


 そして、五分遅れてやってきた最後の人物は紡だった。

 服装も白いTシャツにジーンズというラフっぷり。なのに美影の目線からは輝いて見えてしまうのだから、スポーツ少年補正というのは恐ろしいものである。



 全員揃ったところで、電車に乗るべく駅のホームへ向かう……のだが。

 ふと、美影は思ってしまう。


(本当に私、この中にいても良いの……?)


 美男美女の中に、平凡なモブが一人紛れ込んでいる。

 元々、ヒロインに昇格するというのが目的だったのだ。だからこれは望んだ状況のはずなのだが、如何せんそわそわして落ち着かない。


 汐音や結乃ともっと仲良くなれたら良いな。陽花里や紡に少しでも近付けたら良いな。

 そのくらいの気軽な気持ちで臨むのがちょうど良い、と美影は心の中で苦笑した。

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