センターフォワード

サワキシュウ

第1話 センターフォワードの仕事

 ベンチの監督が大きな声で叫んでいるのが聞こえる。

 どうやら後半もアディショナルタイムに入ったみたいだ。

 味方のDFが大きく前にボールを蹴り出した。相手のDFのラインすら飛び越す勢いだ。 とっくに限界は過ぎている足を必死に動かしてボールを追いかける。追いつけば相手のGKと一対一になれるチャンスだ。

 しかしあと一歩という所で、相手GKに蹴り返されてしまった。

 くそ、ダメか。

 この試合はまだお互いに無得点。このまま後半が終われば延長戦に入る。でも前半から相手に主導権を握られ続けた展開で、味方の足はもうほとんど動いていない。みんな体力の限界なのは明らかだ。

 俺が点を取らないと、センターフォワードの俺が何とか――。

『康介ってさ、センターフォワード向いてねえな。お前、周りが何考えてるか、わかってねえだろ』

 ハーフタイムに味方の雄太に言われた言葉が脳裏をよぎった。

 意外だった。ふだん無口で穏和な雄太からあんな事を言われるなんて。

 センターフォワードは言うまでも無く点を取るのが仕事だ、それができていない俺は向いていないと言われても仕方が無い。でも周りのことは人一倍わかっているはずだ。

 そう、今だって――。

 味方の中盤のポジションの選手がボールを持って顔を上げた。パスコースを探している。

 俺は味方がパスを出しやすい方向へ走る。

 走りながら逆の方向へ一度首を振って、逆サイドの味方の位置を確かめる。

 パスが来た。トラップして反転して、逆サイドの味方へ――。

 そう思った瞬間、相手DFの強烈なタックルで吹き飛ばされる。

 審判の笛は鳴らない。ノーファウルだ。

 ボールはまたしても相手に渡り、相手の攻撃を味方が必死に守っている。

 この試合は相手の守りが厳しくて、なかなか俺が待つ前線にボールが来ない。

 だから今みたいに味方がパスを出しやすいように中盤まで下がるのだが――パスを受けても今みたいにDFに囲まれて次へ繋げられない。何度もこのパターンが続いている。

 味方がボールを取り返してパスを送った。

 受けたのは攻撃的ポジションの味方――雄太だ。

 しかし雄太がパスを受けた瞬間、相手に取り囲まれてしまう。雄太は必死にボールをキープしている。

 俺は雄太がパスを受けるために彼の近くへ急いで駆け寄った。

 しかし、雄太は前線の誰も居ないスペースにボールを蹴ってしまった。

 受け手のいないパス。いや、パスかどうかも怪しかったキックは、相手陣地のゴールラインを越える。相手のゴールキックから再開だ。

 もうダメか。

 そう思って下を向きかけた時、すぐ近くに雄太が立っているのに気づいた。

「康介さ。俺がハーフタイムに言ったことって、わかってねえだろ」

 意味わかんねえ。こんな時にまで何言ってるんだコイツ。

「……どういう意味だよ」

 聞き返したが、のんびりと会話をしている暇は無かった。

 すぐに相手のGKからのゴールキックでプレーが再開されて、雄太は走り去ってしまった。

 相手のゴールキックは運よく味方の方へ飛んできた。ヘディングで跳ね返したボールは、再び雄太の足元に収まる。

 しかし相手の寄せが早い。すぐさま雄太が相手に囲まれる。

 俺はパスを貰いに雄太の方へ走ろうとしたが――。

「康介!! こっちじゃねえだろ!」

 怒号のような雄太の叫び声が響いた。

 その言葉でようやく理解した。雄太の言いたかったこと、アイツが何を考えているのかを――。

 雄太に背を向けて走り始める。アイツとは逆方向にある、ゴールの方へ目がけて。

 もう足は鉛みたいに重くて、肺ははじけてしまいそうだ。

 でも、走らないと、絶対アイツが。

 走りながら、無理矢理に首を後ろに向けた。その時、自分に向かって飛んでくるボールと目があった。

 トラップしている余裕は無い。直感でそう思って、後ろから来るボールにダイレクトで右足を合わせる。

 飛び出して来ていた相手のGKは、目の前で軌道が変わったボールに反応できなかった。

 ボールは柔らかい孤を描いてゴールに吸い込まれていった。

 不思議な感覚だった。

 無我夢中だったからか、自分がゴールを決めた実感がまるで無い。

 ただ、心臓だけが激しく脈打っていて、鼓動で周りの音も良く聞こえない。ただ、かすかに審判の長い笛が聞こえた気がした。

 茫洋と立ち尽くす俺にチームメイトたちが雪崩のように突っ込んできた。

 輪になって抱きつかれて、肩や頭を何度何度も叩かれる。彼らの歓喜が爆発した表情を見て、ようやく試合が終わったことに気づいた。俺の得点が決勝点となり、劇的な勝利となったのだった。

 ひとしきりもみくちゃにされて、俺を囲む輪が解けた頃、一人のチームメイトがゆっくり近づいて来た――雄太だった。

 何も考えていないような、見方によっては怒っているようにも見える無表情の彼は、隣に来るなり俺の背中をバンッと叩いた。

「ナイスゴール。康介」

 笑顔で雄太が言う。

 俺も雄太の背中を思いっきり叩きながら言ってやった。

「ナイスパス。雄太!」

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センターフォワード サワキシュウ @sawakishu

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