取調室に、また二人

「俺が犯人でない証明をするのは簡単です」

 昨日、楯川はそう言った。

「面通しの時、俺たちの会話は小学生は聞いていましたか?」

「いや、聞いてないはず。あんたたちに並んでもらってから、隣の部屋に入ってもらったから」

「では、証言した小学生たちに個別で音声を聞かせてください」

「音声?」

「話しかけられたのなら、彼らは俺の声を知っているはずです」

「なるほど。でも、姿ならまだしも一昨日聞いた声なんてよく覚えていない、って言われたら?」

「犯人は地方出身者だと告げてください。イントネーションが違ったりなまりがあったり、特徴的な方言が混じっていたりするから、それで判断できるはず、と。全員の意見が分かれれば儲けものです。一致していても、きっと彼らはボロを出します。その時点で、俺は犯人ではないと証明できます」

「すぐに確認する」

「いえ、その前に公園に行ってもらえますか」

「公園って、あんたがいつも休憩してる?」

「そうです。公園の池中央に、小さなお堂があります。古くなって立ち入り禁止になっているので、気を付けていただければ」

「そこに行く理由は?」

「その前に再度確認です。小学生は四人しかいなかったんですよね」

「ええ。何度も言ってるけどその通りよ」

「行方不明の子どもの名前は?」

「鳴海晶、だけど」

 楯川は眉間にしわを寄せて、硬く目を瞑った。

「何、どうしたの?」

「公園に鳴海晶がいるかもしれません」

「何でわかる?」

「俺が休憩している時、そこで遊んでいる子どもの数は五人だったからです。遊び、というよりも、あれは陰湿で、悪意に満ちた行為に見えましたが」

 楯川が言うには、一人の子どもに対して暴力や暴言を浴びせ、荷物を奪い取ってキャッチボールし、池に投げ入れたり隠したりしていたという。

「流石に見かねて、隠した物は俺が取り返して邪魔しました。するとリーダー格の子でしょうか。大人が邪魔するな、自分の親は議員だぞ、と」

 横山は点と点が繋がっていくのを感じていた。

「その言葉に励まされたのか、取り巻きの子どもが防犯ブザーをちらつかせて俺に言いました。これを鳴らせば不審者として掴まるぞ、と」

 それで子どもは苦手だと言っていたのか。と横山は納得した。

「なので、こちらは彼らが鳴海晶に対して非道な行為をしている動画を見せてあげました」

「のんきに動画なんか取ってる場合じゃ、いや、それが正解なのか」

「今や、見知らぬ大人が子どもに話しかけただけで通報される悲しい時代ですので。介入するには、刑事さんの様な身分証明か、こちらも幾つか証拠を握っておかなければやられてしまいます。子どもは賢いので。特に、こんな陰湿なことをする連中は」

 河内たちは白けたと捨て台詞を吐いて逃げ、楯川は掴んでいた物を鳴海に返却した。

「余計な世話かもしれませんが、忠告をしたんです。すぐに親や先生に助けを求めろ、いくらでも解決策はあるはずだ、良ければ俺から警察に連絡するから、と。俺はいじめという言葉はあまり好きではありません。もはや犯罪行為なのに、それ未満のように錯覚させる印象のマジックがかかっているから」

 だが、鳴海晶は涙を拭きながら首を横に振った。

「強くなりたいから、逃げない。彼はそう言いました。彼らからの暴力から逃げないことと、強くなることはイコールではないと伝えましたが」

「どうして、彼は逃げない、なんて」

「尊敬する父親が、とても強い『さっと』だからだそうです。本人もよくわかっていないようでしたが、そういう男になりたいと。その言葉から察するに、刑事さんの知り合いの知り合いなのでしょう?」

「ええ。鳴海晶の父親は、元特殊急襲部隊員よ」



「鳴海君は、公園にある立ち入り禁止のお堂の中に入ったのね。君たちがお堂の中に隠した、自分の物を回収しに。その時、お堂の床が抜けた」

 横山が別のスマートフォンを取り出した。河内は、仲間の一人の物だとすぐに気づいた。動画が再生される。そこには、弱いくせに生意気な鳴海が、びくびく怯えながらお堂の中に入っていくところが映っていた。仲間たちのこらえきれない笑い声も一緒に録音されている。立ち入り禁止の所に入っていくのを撮影して、チクってやろう。動画をネットにばらまくのも良いかも。楽しそうに、笑っていた。

 だが、そうはならなかった。そのことを河内はよくわかっている。

 何かが割れたような音がして、お堂の底が抜けた。するりと鳴海の小さな体が水中に落ちた。

 仲間たちは大笑いだ。河内も笑っていた。これはバズると皆が言った。早く上がってこいと誰かが言った。風邪ひくぞと、笑いながら。けど、鳴海は浮いてこなかった。一分経過し、二分経過し、流石におかしいと感じ始めた。

 もしかして、死んだ? 動画は、そこで終わった。

 その声が引き金になった。河内たちはその場から逃げた。助けるという考えは浮かばなかった。何故なら、助けようとしたら自分たちも落ちるかもしれない。助けを呼んだら自分たちが彼にしてきたことがばれるかもしれない。そんなことになったら、自分たちの将来が危うい。鳴海のせいで自分たちの将来をふいにしたくない。だから逃げた。

 それだけでは足りない。

 だったら、アリバイを作ろう。自分たちは公園に行っていない。何故なら、別の場所で不審者に付きまとわれていたから。そういう事にしよう。丁度、全員が知っている不審者がいる。こちらを見下した目で見ていた、あの男が良い。

「君たちは、鳴海君の救助を放棄し、見捨てた。それだけでなく、自分たちが公園にいなかったという小賢しいアリバイ工作をするために、別の人間を巻き込み、冤罪を生み出そうとした」

「僕は、知らない。鳴海は勝手に落ちただけだし、あのおっさんが怪しいのは間違いないし、連絡したのは別のやつだし。だから、僕は関係ない」

 瞬間、横山の腕が伸びて河内の胸倉を掴んだ。その細腕からは想像もできないほどの力が込められ、河内は持ち上げられる。

「ふざけるなよ」

 静かな、しかし殺意に近い怒りが込められた言葉が叩きつけられる。

「君たちのやったことは、犯罪だ」

「なんだよ。たかだか、ちょっといじめただけだろ。そんな大げさな話じゃ」

「そんな認識しか持ってないから、事の重大さに気づいてないのね。良い? よく聞いて、そのつるっつるの脳みそに刻み込みなさい。いじめは、犯罪なの。大げさな話なのよ」

 横山は突き飛ばすように手を離した。河内はへたり込んでむせている。

「今時こんなこともわからない馬鹿がまだいるとは思わなかったけど、でも良いわ。そのことを学ぶために罪と向き合い、償うための時間がたっぷりあるんだから」

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