戦場の鍛冶屋
サワキシュウ
第1話 鍛冶屋のプライド
「今日こそは死に顔拝めると思ってたんだが、相変わらずしぶといな、お前」
大男が丸太のような腕を組み不機嫌そうに、目の前の剣士に告げた。全身が血と泥にまみれた剣士は、口元の泥を拭いながら応える。
「それが命がけで戦ってきた英雄に向ける言葉かよ。クソ鍛冶屋」
「英雄って呼ばれたいなら、英雄らしくもっと上品に振舞うことだな、へたれ剣士」
剣士の男は悪態をつかれたにも関わらず、少し口元を緩ませた。
しかし、すぐに表情を整え無言で一振りの剣を、鍛冶屋の大男の前に差し出した。
大男は毟り取るように剣を取り、鞘から引き抜いた。
そして、矯めつ眇めつ剣を眺めた後、大男は口を開く。
「明日の出撃は?」
「今日と同じだ。日の出と同時に出撃」
大男の問いに端的に応える剣士。それを聞いた大男は表情も崩さず、顎に手を当てる。何か思案しているようにも見える。
剣士と鍛冶屋の大男の間で、決闘前のような硬い沈黙が張りつめる。
「……そうかい。呑みすぎて、寝坊すんじゃねーぞ」
大男はぶっきらぼうに言うと、剣を持ったまま店の奥へと戻ろうとする。
剣士は慌てた表情で何かを言おうとしたが、うまく言葉がでない。そのうろたえた様子を見て、鍛冶屋の大男は眉を寄せる。
「どうした? もう用はねえだろ。さっさと行きな。剣は明日の出撃前に取りに来な」
その言葉に納得したように、ニヤリと笑った後に剣士は去っていった。
残された大男と一振りの剣。
そこに前掛けをつけた若い男が駆け寄ってきた。手には鍛冶屋のシンボルともいえるハンマーを持っている。
「ど、どうするんですか。それを朝までに直すなんて到底無理ですよ。大体、これに使える鉱石だってもう……」
口ぶりからして大男の弟子とおぼしき若い男は、焦った口調で鍛冶屋の大男に告げる。弟子の慌てぶりを意に介さず、大男は悠揚に告げる。
「俺の『二番目』と『四番目』を炉にくべろ」
その言葉に弟子は、跳び上がるほどに驚いた。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 魔剣を補修鉱材に使うんですか? しかも二本って!」
弟子は驚きを通り越して、顔から血の気を失わせている。それもそのはずだった、大男の言う『二番目』と『四番目』とは、その存在を後世に繋いでいく為に、先代の鍛冶師から受け継いだ魔剣のうちの二本だった。
「おい、鍛冶屋の仕事はなんだ?」
大男は弟子に問う。
「そ、そりゃ、剣を打ったり直したりですけど……。で、でも貴重な剣を守ることも大事な仕事ですよ!」
弟子はハンマーを握りしめながら言った。
しかし、大男は悠揚な態度を崩さない。
「鍛冶屋の仕事は、剣士を戦場に送り出すことだ。それも万全な状態でな。特に俺らみたいな戦陣で店開いている鍛冶屋は、それ以外は、どうでもいいことだ」
大男は灰の中で燃える埋み火のような、静かな熱を持った目で弟子を見つめた。
その熱にあてられたか、弟子は言葉を失ったようだった。
途端、大男はニヤリとした笑顔を作る。
「もっとも俺は、武器のせいで死んだって、言われたくないだけだがな」
そう言うと、顎をしゃくって弟子に作業を促した。
弟子はどこか納得したような、引き締まった表情となって、店の奥へと消えた。
残された大男と一振りの剣。
夕陽に照らされた、傷だらけの刀身を眺めながら鍛冶屋の大男は呟いた。
「きっちり直してやる。その代わり、明日もアイツをここに連れてこいよ」
戦場の鍛冶屋 サワキシュウ @sawakishu
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