夢に住む人へ。

Scent of moon

第1話

 さびれたアパートに一人。特に何もすることがないからぼーっとしている。何かしなければいけないとは思うんだけれど、なかなか気力が起きなくて一日を無駄にしてしまう。別にやらなければならないことがないわけではない。大学生だし、バイトもそれなりにやっている。ただ、自分がやりたいと思うことを見つけ、熱中することが難しい。

 人生それなりに生きていても何も問題はないと僕は思う。夢がなくたって生きていける世の中だ。国はそんな若者も生かそうと努力している。頑張って生きている人がかわいそうだ。僕みたいな奴と一緒にされて、「最近の若者は…」なんて言われてしまうのだから。

 大学の授業は退屈だ。高校の時は地域で名の知れた進学校に通っていたし、だからこそ勉強ができなければいけないという義務感があった。それなりに頑張っていたと思う。でも、今通っている大学は、国公立だけどその中でも最底辺に位置する学校だ。みんな一様に勉強ができないから、少ない勉強量でやっていけてしまう。

 今日の授業だってそうだ。将来使わないであろう数学の授業。みんな真面目に受けているように見せて、パソコンで動画を見たり、友達と連絡を取り合ったりしている。僕は動画を見る勇気もないし、授業中でも連絡を取ってくれる友達もいるわけでもないので、睡眠にふけっている。高校までのように授業態度も成績に含まれる評価方法だったら、ほとんどの授業の単位を落としているに違いない。

 授業が終わったら、寄り道せず家に帰る。別に家に帰ってやらなくてはならないものがあるわけではない。ただ単純に大学でもやることがないだけなのだ。サークルは入っていないので、それまで時間をつぶそうという概念もない。

 帰ったらテレビを見ながら、少しだけ次の日の小テストの勉強をしてバイトに向かわなければいけない。今日から4連勤だ。友達は「バイトの4連勤なんてきつすぎる」とか言ってるけど、僕にとってはもう日常になってしまった。なんということはない。むしろ、バイトがないと一日やることがなくて、だらけてしまう。

 こんな僕にも恋人という存在がいればちょっとは変わるのだろうが、あいにく中学生の頃に一回付き合ったきり僕に春は訪れていない。高校ではただ過ごしていれば彼女ぐらいできるだろうと楽観していたが、その希望は入学してから1年が過ぎるころには潰えていた。彼女ができない理由を、高校生活は部活にささげたとか言ってごまかしていたけど、好きな人も作れないやつに彼女なんてできるはずもない。

 青春と呼べるのは高校までだと僕は思う。若さでこの先突っ走ることはできない。このままいくと、結婚も難しそうだ。

 少したまったごみと、朝洗い忘れた食器たちが家で僕を出迎えてくれる。両親が一か月に一回うちに来て、その時掃除をしてくれるけど、すぐに汚くしてしまう。ゴミ出しとかはしてるし、食材とかもいつまでに食べきらなきゃいけないかなど管理してるはずなのに、なぜか汚くなっていく。これは、僕だけに起こる現象なのだろうか。

 さすがに食器をそのままにしておくのはまずいと思って、洗い始める。排水口もきれいにしなければ。今は夏で、昼間ずっとクーラーをつけているわけでもないから、すぐに匂ってきてしまう。

 一通り掃除し終わったので、昼ご飯を食べる。実家では、テレビをつけながらご飯を食べるなんてという考えを持つ親だったので、ご飯を食べている間にテレビを見るということはなかったが、一人暮らしになってご飯の時間が至福の時となった。

 昼ごはんが食べ終わった後、そのままテレビを見ているといつの間にかバイトに行く時間になっている。小テストの勉強をしようと思ったのに、いつも通り夜中にやることになりそうだ。こうやって時間を無駄にするから寝不足になるんだなとか思いながら、いつまでもやれないところが、僕の悪いところなんだろう。

 自転車に乗って、バイト先までのきつい道のりを走り始める。坂を下り、昇って、また下り、最後は緩やかな上り坂。高速道路では山を切り崩してトンネルを作れるんだから、ここもトンネルを作って、平坦な道にしてほしい。環境のことなんて考えてなさ過ぎて、笑えてくる。

 駅近の居酒屋につき、横の通路に自転車を止める。一台止まっているということは、今日のバイトは同級生の子と一緒らしい。ちょっと苦手なタイプの子だ。別に悪い人ではないんだけど、自分が気に食わないと思うと、ずっと食い下がってくる。いや、素直に聞いとけよって思うんだけど。板長がいつもピリピリして、その場に居づらくなるから、その子とはなるべく絡みたくない。

 挨拶をして店の中に入ると、店長と板長が仕込みをしていた。今日は予約が一件入っている。同級生は表に出たがらないので、僕が対応しなくてはならない。できれば、予約なしの人たちは来ないでくれ。そこまで気を使いたくない。

 そう思っていると思ったことと逆のことが起こるわけで。お客が来た。やだやだと思いながら対応する。それでも笑顔は絶やさずに。この前店長に「接客業してるんだからもっとお客と話せ」って怒られたばっかりだ。おすすめは聞かれてなくても言わなくちゃならないらしい。でも、この店のおすすめってなんだ。一回も言われたことないのにわかるわけがない。おすすめぐらいメニューに書いておけよって思うけど、店長に言うのは気が引ける。

 本日のおすすめは牛タンにしておこう。食べたことないけど、おいしそうだし。

 でも、まだ居酒屋のほうはいい。慣れているし、バイトの先輩も優しい。でも、ホテルバイトのほうは全然だ。仕事が遅いと怒られるし。まあ、社会に出たらそれが普通なのかもしれないが、今の私には負担がでかい。最近は辞めたいと思うようになってきた。でも、僕は人に良く思われたいと思ってしまうから、結局辞めないんだろうけど。

 バイトが終わったら家に帰って賄いを食べる。夜遅いけど、やっぱり食欲には勝てない。また、テレビをつけ、動画配信サービスに上がっている好きなゲーム実況者の動画を見る。自分はゲームがうまいわけではないので、絶対同じプレーを自分にはできないだろうが、うまいプレイ動画を見ていると楽しい。賄いを食べ終わったら、小テストの勉強をしなければ。少しでも手を付けないと、明日絶望することになる。


 なんてことない一日。あまり考えていなくても、一日は過ぎていく。面白いと思うものと言えば、テレビを見ることか、動画を見ることだけ。あとは、スマホでゲームを少し。

 自分を変えるような出会いは、コロナで消えていった。そもそもあったかどうかも怪しいけど。

 テレビとか漫画を見ていて思ったのは、主人公とかヒロインとか、自分で「僕(私)は平凡だ」とか言っているけど、全然平凡ではないということだ。自分の命が危ういことになるとか、この日本で起こるわけがないし、起こったとて僕がその渦中にいるとは限らない。主人公は渦中を渦中とも思わないのかもしれないけれど。主人公はピンチはチャンスだとか言って、成長していく糧にする。ピンチになったとき、物語のように時間がゆっくり進むなんてこと、現実ではあるはずない。

 そんなことを思ってしまっている時点で、僕は素直な人間ではない。一人の時は映画で泣けるし、面白いテレビで笑えるけど、周りに人がいると感情は表に出てこない。友達としゃべっているときは笑っているけど、帰ってきたら表情筋が疲れている。


「秋山君って一人暮らし?」

「え?」

 考え事をしてたら話しかけられた。今は授業終わり。みんな昼ご飯を食べに学食に足を向けている

「秋山君?」

「あ、ああ、一人暮らしだよ」

「一人暮らしかあ。いいなあ」

「有馬さんは実家からだっけ?」

全然接点はないはずなんだけど、なんで僕に話しかけたんだ?

「そうなんだけどさあ。実家が意外と遠いんだよね」

「そっか。大変だね」

「だよねえ」

 学食は昼の時間になるとすごく混むから、いつも時間をずらして行っている。だから、今はみんながいない教室でウェブ漫画を読む時間だ。せっかくの一人の時間が少なくなってしまう。

「一限に授業が入ってると早起きが大変なんだよ」

「そうなんだ」

 早く会話を終わらせて続きを読みたい。

「家は近いの?」

「まあね」

「そっかあ」

 有馬さんは少し沈黙し、話した。

「ちょっと体験してみたいんだよね」

「え、何を?」

「授業が一限からでもゆっくり寝られる生活」

「そっか、友達にでも頼んでみたら?」

「秋山君。私と友達だよね?」

「いや、急に?」

 正直有馬さんとは知り合いだとは思うけど。何回か顔合わせただけだし。そもそもあまり話さないし。

「友達とお泊り会って普通だよね?」

「まあね」

 一人暮らしになって何回か友達を家に呼んだし、タコパもしたし、当たり前だとは思うけど。

「お泊り会しない?」

「それは俺に言ってるの?」

「ほかにだれがいるんだね」

「お泊り会は同性の友達に限るんだよ」

 女子が男子の家に泊まるなんて家族が許してくれるはずない。僕と有馬さんはそんな関係じゃないはずだ。

「男女の友情も成立するよ」

「それでもだめだよ」

「なんでなのさ。もしかして家が片付いてないとか?気にしないよ?」

「いや、そういう問題じゃないから」

「え?違うの?」

「違うでしょ」

「そっかあ」

「まじでちゃんと考えて」

「考えてる」

 絶対考えてない。

「大丈夫。秋山君が心配なんだったら両親からちゃんと許可とってくるし、私床で寝ても大丈夫だし!」

 そういう問題ではない。

「そもそもなんで俺なんだよ」

「なんでって?」

「女子の友達だっているでしょ」

 有馬さんはいわゆる陽キャ女子だ。周りには友達が絶えずいるし、男子の友達も多い。

「いや、たまたま秋山君が目に留まってさあ」

「そんな理由で選んじゃだめだと思うけど」

「時にはフィーリングも大事なのです」

「でも、今はその時じゃない」

「大丈夫、私は勘は当たる方」

「大丈夫でも何でもないよ」

「じゃあ、泊めてくれたら今度なんかおごる!」

「別におごってくれなくていいから」

「じゃあ何でもしますから!なにとぞ考えお頼み申す」

「…」

「その沈黙は了承でしょうか」

「…」

 有馬さんが期待いっぱいの顔でこちらを見つめてくる。

「…」

「特別なものは何もないよ」

 僕はもっと女子へ対する耐性をつけるべきだったと後悔した。

「おお…、ありがたや」

「明日大学午前中で終わるよね?」

「うんうん」

「じゃあ、夕方ぐらいまで待てる?」

「全然待てます」

「じゃあ大学前に4時集合ね」

「感謝感激雨あられだよ」

「必要なものあったらとりあえずチャットで言って。できる限りでそろえとく。あ、でも歯磨きとかは持ってきて」

「もちのろん」


 確かに自分の家は大学から近いし、明日は一限から授業があるけど。なんで、よりによって僕の家なんだ。

「おー。整理されてますなあ」

 有馬さんが家にいる。自分の家に女子を招くなんて思ってもないし、招いたこともないから少しぎくしゃくする。でも、さすがに片づけはした。…一応消臭剤もかけておいた。

「荷物はどこに置けばいい?」

「まあ、どこでもいいよ」

「なんか、自分の部屋じゃないところで寝るのって新鮮だ」

「確かに。ホテルとかで寝るとむずむずするよな」

「あ、これ。少しですけど」

 そういって渡してきたのはお菓子とジュースだった。

「わざわざどうも」

「あ、今日ご飯どうする?」

「何も考えてないけど。ちなみに冷蔵庫には何も入ってないよ」

「じゃあ、今日のお詫びに私が作ってしんぜよう」

「いや、いいよ」

「なんでさ。大体の男子は女子の手作りご飯にあこがれるものじゃないの?」

「偏見」

「ええ…」

「大体、俺の部屋は調理器具、最低限のものしかないよ」

「最低限のものがあったら、大体のものは作れるんだよ。さあ、何がよろしい」

「急に聞かれても食べたいもの思いつかない」

「んー。じゃあ、何系が食べたい?肉?魚?」

「あ」

「なんだ」

「スンドゥブが食べたい」

「肉でも魚でもなかったね」

「悪かったね」

「怒ってないってー。鍋はある?」

「フライパン、鍋、包丁、まな板、計量器具、お玉、フライ返しぐらいならある」

「十分です。じゃあ、ちょっとキッチン借りるね」

「俺も手伝うよ」

「いや、大丈夫だよ。座っててください」

「でもやることないし」

「今日課題出たでしょ。それやってなよ」

「やる気ない」

「やるき出して」

 有馬さんにはその場の空気に溶け込む才能があるようだ。さっきまではぎこちなかった空気がいつの間にかなくなっている。僕は有馬さんの言葉に甘えることにした。

 自分にとってレポートを書くのは苦ではない。だから、レポートを出していれば単位が取れるものを履修している。今とっている授業もそうだ。でも、今日出された課題は少し面倒くさい。

 自分の興味のない講義を聞きなおし、文章を書き連ねていく。だんだん同じ内容の文になってきてこれは大丈夫かなと思ったが、他に書くこともないので違う表現に直す。

 課題をやっているといい匂いがし始めた。スンドゥブは自分が韓国にはまったときに知った料理だ。普通の生活をしている自分とアイドルとしての過酷な生活を送る人たち。すごく大変なこともあるし、自分が自由に行動できないことのほうが多くなるのはわかっていても、あこがれた。自分もそういう生活をしてみたいと思ったが、オーディションなどに参加するまでにはいかなかった。アイドルになりたいなんて人に言ったら馬鹿にされるし、親は普通に就職することを望んでいる。でも、やっぱり、あこがれてしまうから、韓国アイドルの動画を漁るのが趣味になっていた。

「そろそろできるけど。あ、卵いれる?」

「卵って入れるもんなの?」

「私は入れてたけど」

「じゃあ、入れる」

「おっけー」

 テーブルを空け、鍋を運んできてもらう。湯気が昇り、すぐに部屋の中が熱くなった。

「一応味見もしたし、おいしく作れたと思うんだけど」

「おう」

「「いただきます」」

 お玉で豆腐や肉をすくって自分のお椀にいれる。絶対やけどするから豆腐は半分に切っておいておく。ネギと白菜を肉で巻いて、息を吹きかけて口に入れた。

「…おいしい」

「まじで?よかった」

 ほっとした顔をして有馬さんも食べ始める。

「うまあ」

「なんかレシピ見て作ったの?」

「いや、この前スンドゥブチゲ作ったんだよね。だから覚えてた」

「すごいね」

「だろお?」

 おいしいからか、二人で食べるには多い量が鍋の中にあったはずなのにぺろりと平らげてしまった。

「おいしかった」

「よかった」

「皿は俺が洗うから、座ってていいよ」

「おお、ありがとう」

 料理に使った皿や、計量器具は作っている最中に洗ったようだ。もともとあった場所に戻されていた。皿を洗っている間、有馬さんは部屋の中を探索しているようだった。

「有馬さんは課題とかないの?」

「今日は出されてないかなあ」

 有馬さんとは学部も学科も同じだけれど、とっている授業が違うので課題や小テストの答えが共有できない。そもそも必修科目しか会わないから、ほとんど違う学科と言ってもいいかもしれない。

 そんな話をしているうちに皿洗いが終わってしまった。

「秋山君の部屋は意外ときれいだねえ」

「意外とってなんだよ」

「午前中に授業が終わったのに4時まで待たせるってことはもっと汚いのかと思った」

 有馬さんはオブラートに包むということを知らないのか。

「まあ、ちょっとは片付けたけど」

 みんなこんな感じではないのか。いつもは人を呼べないくらい散らかっている。

「あ、これ見つけたんだけどさ」

 そういって有馬さんが出したのは茶色いノートだ。

「秋山君って意外とロマンチスト?」

「うるさい」

 幼いころから本が好きで、よくファンタジーから推理小説までいろいろな本を読み漁っていたので、いつからか自分でも小説を書いてみたいと思った。

 最初のほうは何も構想せずに勢いで書き進めていった。そしたら、後のほうになって展開がありきたりになってきて、筆が止まってしまった。その小説は小説投稿サイトに投稿したが、ほとんど没になってしまった感じだ。それを踏まえて思ったのは、自分に風景とか情景を書く力があまりにもなかったということだ。

 そのノートには日々、きれいだなとか印象に残ったこととかを書き溜めているものだ。毎日書いているわけではないけれど、今唯一続いている趣味である。

「でも、秋山君がこんなことしてるなんて思わなかった」

「恥ずかしいから、見なくていいよ」

「いやいやこんな書けるなんてすごいよ。多分私だったら三日続けばいい方だね」

「てか、そろそろ俺の部屋を物色するのはやめてくれ」

「面白かったのに」

「こっちはなんか緊張するの」

「やっぱ、やましいものでもあるのでしょうか」

「見られて嫌なものなんて誰でもあるだろ」

「男子特有のものとかねえ」

 にやにやしながら有馬さんが自分のほうを見る。

「俺の部屋にはない」

「逆に見てない方が健全じゃないかも?」

「うるさいなあ」

「秋山君も人並みに興味はあるってことだね」

 男子の部屋に泊まろうとしてる人がいうセリフなのだろうか。

「あ、風呂入る?湯舟ためようか?」

「いや、私いつも湯舟入らないんだ」

「あ、そう。じゃあシャワーだけでいい?」

「全然大丈夫です」

「先入っていいよ」

「ありがとう。じゃあ、お先に失礼します」

「着替えはあるよね?」

「ちゃんと持ってきました」

「じゃあ、行ってらっしゃい」

 なんか自分の部屋で行ってらっしゃいとか言うのは変な気分だ。

 テレビを見ながら有馬さんが出てくるのを待つ。自分でも思うが、なんて変なことをしてるんだ。知り合い程度の女子を自分の部屋に泊まらすなんて。まだ、何人かで集まって宅飲みしたとき、知り合いの子がたまたまいたとかならわかる。でも、二人きりはさすがにやばいんじゃないか。これは、僕が女子を部屋に連れ込んだことになるのか。世間的に見たらやばい人じゃないか。てか、洗顔剤とか持ってきたのか?さすがに男子用しか置いてないけど。大丈夫だろうか。

「あ、秋山君」

 風呂場の方から声がする。

「何?」

「バスタオル使っても大丈夫かな?」

「全然大丈夫だよ」

「わかった。ありがとう」

「結構高いところにあるけど取れる?」

「大丈夫」

 まあ、とってほしいといわれても困るのだけど。

「おまたせ」

「次入ってくる」

「行ってらっしゃい」


 風呂を上がって。本当にやることがなくなった。二人で無言が続く。しばらく無言が続いた後、有馬さんがふと口を開いた。

「散歩しない?」

「んー。結構夜だけど冷えないかな?風呂も入ったし」

「大丈夫でしょ。まあ、秋山君が良ければだけど」

「俺は全然いいよ。多分暑がりだし、風邪はあまりひかない方だから」

 靴を履いて二人で家を出た。家の近くには大きな公園があって、そこを歩くことにした。公園の中は湖があって、その周りに遊歩道が敷かれている。明かりも多いから、不審者がいてもすぐに見つけられそうだ。

 今は夏も終わって、肌寒くなってきた時期だ。昼間は暑くても夜は長袖を着ていないと寒い日のほうが多い。今日も例にもれずそういう日であった。

「ちょっと寒いね。夜なのに目が覚めちゃった」

「でも、まだ秋だから。もっと寒くなるよ」

 ここは、夏は暑くて、冬は寒い気候だ。しかも冬は寒いけど雪は降らない。どうせなら雪が降ってきれいな風景を眺めたい。まあ、そのあと凍って大変なことになるのは目に見えてるけど。

 暗くて湖のほうはあまり見えない。対岸にある明かりが映って水面の位置が見えるかどうかの暗さだ。何度か人とすれ違ったけど、ランニングしている人か、速足でどこかに向かう人が多数だった。

「帰りにアイス買って帰ろうか」

「こんなに寒いのに?」

「肉まんはまだ売ってないでしょ」

「まあそうだけど」

「夜にコンビニに寄ったら買うものは冬は肉まん、それ以外はアイスって決まってるの」

 そういうものなのか。いや、でも高校の時部活帰りの夜は揚げ物かおにぎりを買っていた気がするが。

「今、いい感じの曲を流したい」

「俺はこのまま静かなままでいいな」

「なんか、静かだとなんか聞こえてきそうで怖いからやだ」

「じゃあ寝るときどうしてんの?」

「小さく音楽を流しています」

 音楽を流すのも好きだけど、僕は沈黙の方が好きだ。音楽は今ある雰囲気を無理やり変えてしまう感じがする。静かな遊歩道を歩いているだけで雰囲気が出ているのに音楽をかけたらその雰囲気が壊れてしまいそうだ。

「沈黙は嫌だな」

「しゃべってないと落ち着かないタイプか」

「そういう沈黙じゃないけど」

「じゃあどういう?」

「んー。説明するのは難しい」

「わからん」

「私の中で区分けされてるんだよね」

「へえ」

「興味ないね?」

「だってわからんもん」

「まあそうか」

 無言になる。そろそろ湖を一周する頃になって、風が出てきた。

「さっきも寒かったけど、風が出てくるとやっぱ違うね」

「体感温度がガクッと下がったね」

「早くコンビニよって帰ろう」

 まだアイスは買うつもりらしい。

 大学の近くというものは大体何でもそろっているもので。大学と家の真ん中にはコンビニの明かりが煌々と光っていた。

「何にしようかな」

 そういった割にはもう決めているらしく。

「秋山君はもう決まった?」

「まだ来たばっかりだけど?」

「私はもう決まってます」

「ちなみになににするの?」

「これです」

 そういって指をさしたのはビスケットでバニラアイスを挟んだものだった。

「やっぱり寒い日にはあまい物が食べたくなるんですよ」

「じゃあ、俺はこれで」

 秋限定のマロン味のものを選んだ。

「お、それもおいしそう」

 有馬さんが目をキラキラさせてアイスを見ている。

「後で分けてあげるから」

「おお、私の心が読めるのですか」

「顔でバレバレだったけど」

「私のわかりやすい顔に感謝してる」

 会計を済ませ、速足で家に帰る。家の中は外に比べたらあったかくて、やっとこわばったからだの力を抜くことができた。

「さあ、アイス食べよ」

 有馬さんが半分に割ってこちらに渡してくる。

「こんなくれるの?」

「等価交換ですよ」

 自分のも半分くれってことか。お皿とスプーンを持ってきて半分取り分ける。夏とは違って解けているということはなく、カチカチで半分とるのが難しかった。

 アイスを食べているとやっぱり寒くなって、今年初の暖房をつけた。冷房を付けていたから埃っぽくはなかったけど、部屋が乾燥したのがわかった。

「おいしかった」

「寒かったけどね」

「まあ、そこはおいておこう」

 アイスを食べ終わってほっとしていると、眠気が襲い始めた。

「どこで寝る?嫌じゃなければベット使っていいよ」

「泊めてもらって、ベットまで使うなんて申し訳ないから、床で寝るよ」

 こんな時にソファーでもあればいいのだろうが。あいにく一人暮らしの大学生には必要ないから買ってない。

「でも、寒いから。ベッド使ってほしい」

「もうしわけないなあ」

 有馬さんがしぶしぶといった感じでベッドに上がる。僕はクローゼットから布団を出して床に引いた。ずっと使っていなかったから少し埃っぽいが、寝れないほどじゃない。

「じゃあ、使わせてもらうね」

「明かりは全部消す?」

「いつも常夜灯つけてる」

「わかった」

 有馬さんが布団に入ったのを確認して電気を消す。

「トイレ行くときに踏んだりしたらごめんね」

 自分が寝ているところはちょうどベットから降りるときに足を下す場所にある。暗い中では見えないかもしれないが、常夜灯がついていれば大丈夫だろう。

「大丈夫だよ。降りれないときは声かけてくれればいいから」

 いつもはスマホで漫画を読んでから寝るが、今日はだめそうだ。スマホの明るさで寝れなくなりそうだから。

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 そういった後、すぐ目を閉じた。

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