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Nora
01話
「あ、起きたか」
「……娘の寝顔を声もかけずにずっと見ておくというのもどうなのだ?」
「家族なんだからいいだろ、それより一階に来てくれ」
顔を洗ったり歯を磨いたり寝癖を直したりとやることは結構ある、だからすぐには行けなかったがいちいち拒む必要もなかったからリビングに移動した。
「見てくれ」
「ああ、見知らぬ顔の男が二人ソファに座っているな」
歳は私と同じぐらいに見えるがよく彼らも黙っていられるというものだ。
「再婚したんだ、だからこの二人も今日から家族な」
「母親はどうした?」
「仕事で忙しいから無理だ、じゃ、俺も仕事に行かないといけないから後は任せた」
仕事大好き人間めと吐き捨ててとりあえずいつものように朝食を作ることにした。
まあ、父が働いてくれていなかったらそこそこ大きいこの家に住むこともあの普通の学校にも通えていないわけだから不満というのはあまりない。
だが、流石に相手の子どもを放置して行くのはどうなのかと言いたいだけだ。
「いただきます」
「マイペースすぎないか? 一応慣れない場所に連れてこられて固まっていることしかできない俺ら兄弟のことも考えてほしいんだけど」
「家族ということなら自由に移動すればいい、私は朝からご飯をしっかり食べないと弱るから駄目なのだ」
「そもそもなんでそんな話し方を?」
「気に入っているからだ」
それ以外にないだろう、なに、教師や大人には敬語を使っておけばなにかを言われることはない。
食べ終えたら洗い物を済ませて部屋に移動、の前に流石に相手をすることにした。
「付いてこい、部屋に案内する」
「最初からそれをしてほしかったぜ……」
「文句を言うな、で、弟の方は喋ることができないのか?」
「恥ずかしがり屋なんだ、だからちょっと待ってやってほしい」
「そうか、とにかく行こう」
元々使用していない部屋だったから慌てて片付けなんかをする必要はなかった――と言うより、仮に使われていたとしても知らされていなかったわけだから片付けをすることなどできなかったと言う方が正しい。
「二人だと少し狭いかもしれないが我慢をしてくれ」
「いや、普通に広いだろこれ」
「そうか、じゃあ自由にしてくれ」
部屋に戻って勉強道具を机に出したところで「なあ」と兄の方が声をかけてきて手を止めた。
「名前を教えてくれよ」
「すいだ」
「俺は
「そうか、よろしく」
が、自己紹介をしても尚戻ろうとしない兄、恥ずかしがり屋で不安になっているであろう弟を放置するなよとぶつけても言うことを聞いてくれない。
それならと彼らの部屋になったあの場所で勉強をすることにした、この方が違和感もなくなるから私的にもいい。
「すい、勉強なんて後でいいだろ?」
「馴れ馴れしいぞ」
「そう言うなよ、俺らの相手をしてくれないとその乳を揉むぞ」
「やれるものならやって――や、やめろ馬鹿者っ」
「やれるものならやってみろと言ったのはすいだろー」
冗談でもなんでもなくやばいかもしれない、このままこの家で暮らしていたらやられてしまいそうだ。
でも、自分でお金を稼ぐことも不可能だから詰みみたいなもので、先程までと違って一気に不安になってきてしまった。
「つかでけえな」
「はぁ、お金をやるからなにか食べてこい」
「それならすいも行こうぜ、あれだけだと足りないだろ?」
首を振っても「じゃあ昼にするか」と伝わっていない様子だった。
というかこれだけ兄が暴走をしていても止める素振り一つすらない弟の方はどうなっているのだろうか。
実は人形かなどとふざけて顔の前で手を振ってみたら「な、なんですか?」と予想以上に高い声で反応してくれたが。
「銀、兄のようにはなるなよ」
「おいすい、弟に変なことを言うのはやめろよ」
「貴様こそ弟の前で変なことをするのはやめろ」
「分かったからもう少しぐらいは歓迎してくれよ」
歓迎されたいのであればそれ相応の振る舞いをするべきだ、自由にしてくれと言われて本当に自由にやってしまうのは駄目だ。
いきなり異性の体に触れるなどどうかしている、格好いい男だろうが通報されるレベルだろう。
「それと簡単に金を渡したりするなよ、金は大事にしておけ」
「だがそうでもないと貴様は落ち着かないだろう、そういうときは食べさせておけばなんとかなるというものだ」
友が不機嫌になったときはそうやってなんとかしてきたから癖みたいなものになっている、多分、同じような状況になったら私はまた同じ方法で解決しようとするだろうな。
「悪かった」
「……とにかくゆっくりしろ」
「ちょっと歩いてきてもいいか? この土地のことを少しだけでも知っておきたいんだよな」
「ああ、だが暗くなる前には帰ってこい」
「大丈夫だよ、銀行こうぜ」
やはり兄に喋りかけられたときは違うか。
家族ならいつかは普通に話せるようになりたかった。
「え、転校してきたってあの二人が家族になったの?」
「ああ、興味があるなら行ってくればいい」
沖田
「それよりなにか変なこととかされてないよね? 女の子なんだから警戒するぐらいでいかないと駄目だよ」
「胸に触れられた以外は特になにもないな」
「む、むね……ってこの?」
「ああ、それ以外にな――行ってしまったな」
で、なにを勘違いしたのか双子の弟の方を連れてきてしまった。
分かりやすく慌てている彼が可哀想だったため兄の方だと説明をしてやめてもらった、ちなみにそれだけでは直ってくれずに私の後ろにさっと隠れた。
「おいおい、俺の弟になにを――いてっ、いきなりなにすんだっ」
「あんたこそすいになにをしているんだよ!」
「落ち着け、ここだと迷惑がかかるから廊下に行こう」
放置はこちらが気になるからしないで手を掴んで歩き出す、嫌がって足を止めたりはしなかったから助かった。
だってあそこで抵抗をされていたら私が悪い人間みたいに見えてしまう、せっかく問題なくやれているのだから面倒くさくなるようなきっかけは作りたくはない。
「女の子に勝手に触れるだけでもありえないのに胸に触るとか馬鹿かな!」
「そのことならちゃんと謝ったよ」
「謝ればいいわけじゃないんだよ!」
他者のことでも一生懸命になれる彼女が羨ましい、そして格好良かった。
「心配をしてくれてありがとう。だが素子、もう少しぐらい声を小さくしないと教師に怒られてしまうぞ?」
「……もう戻るね」
「ああ」
素子が教室に入って見えなくなってから壁に背を預けると兄の方が「なんだかな」とつまらなさそうな顔で呟いた。
「いきなり転校になるし、いきなり叩かれるしで微妙な始まりだな」
「叩いたのは素子が悪いが二つ目のきっかけを作ったのは貴様だ、特に問題もなくやりたいのであればきっかけを作らないことだ」
「無難にやれって? そんなのつまらねえだろ」
「つまらないか面白いかなど貴様ではないからどうでもいい、悪く言われたくないのであれば合わせておけということだ」
石みたいに固まってしまっている弟を返してまた歩き出す、すぐに戻る気にはならなかったから仕方がない。
それにしても兄の方は大丈夫なのかと心配になるし、弟の方も大人しすぎればそれはそれで心配になるというものだった。
話しやすい存在であることだけはいいことだと言える、取り付く島もなかったら家に帰ることすら嫌になっていた。
「すい、さっきの女子のことを教えてくれ」
「沖田素子、少なくとも急に名前で呼ぶのはやめた方がいい、私が相手のときみたいに簡単にいくと思うな」
段階的にやっていくしかない、それすらも面倒くさいということであればそもそも近づかないことだ。
たまに私が相手のときでも同じような状態になるから言っている、だから私も気をつけなければならない立場であることには変わりなかった。
「そうか、教えてくれてありがとう」
「なんだ、私に対しては大人しいではないか」
「家族であるすいとは仲悪くなりたくないんだ」
「それなのによくあんなことができたな、逆に感心する」
「褒めてねえだろそれ……」
当たり前だ、寧ろここで褒めるような人間だったら嫌――いや、異性の体に興味がある彼からしたら好都合なのだろうか? 中にはいるかもしれないが少なくとも私は違うのだから勘違いをしないでもらいたいな。
「す、すい……さん」
「すいでいい、どうした?」
「僕、一人でやっていける自信がありません!」
本人は大声を出しているつもりなのだろうがこれでもまだ私達の声量より多少は大きいか、ぐらいのレベルで笑いそうになってしまった。
それでもなんとか銀のために抑え込んで頭を撫でる。
「兄がいるだろう? 私だって近くにいるから大丈夫だ」
「でも……」
「来たばかりだからだろう、すぐにこの学校にも慣れるから大丈夫だ」
普通にやっていれば怒られることはない、多分心配なんかをしすぎると後々なにをしていたのだろうかと後悔するだろうからやめた方がいい。
「すい……もそうでしたか?」
「私は転校した経験がないから気持ちが分かるなんて言うことはできない、だがそれに対する答えならああと言うしかないな」
「そう……ですか」
「俺らがいるから大丈夫だ、また一人ずつ友達を作っていこうぜ」
「うん」
積極的に行動ができるという点では友達作りのときに役立つと思う、弟の方も兄がいてくれれば多少ぐらいはましになるのではないだろうかと想像してみた。
あっという間に慣れて友を作ってこちらのところには来なくなりそうではあるがそれならそれで構わない。
素子がいてくれたらなんとかなる、素子が来てくれなくても実際のところは一人でもなんとかなるというやつだった。
少なくとも集団を見て羨ましいなんて感じることはないし、醜く嫉妬をするなんてこともないから私はいつまで経っても私のままだ。
「さて、じゃあ沖田のところに行ってくる」
「ああ」
「銀も教室に戻ってゆっくりしろ」
「うん、兄ちゃん頑張って」
「ありがとな」
上に誰かがいるというのはいいことなのかもしれない。
もちろん優しければの話ではあるが少し羨ましいかもしれなかった。
「顔が赤いぞ、大丈夫か?」
「普通に話しかけただけなのにボッコボコにされたんだけど……」
「少し早かったのかもしれないな、一週間ぐらいが経過してから話しかけて――」
「もういい、すいがいるし、他にも人間は沢山いるんだからな」
でも、無駄に嘘を重ねるわけにもいかなかったからあれが私にとっては正解だ、だから堂々としておけばいい。
「すいー、今日も放課後になったら一緒に帰りま――ふん、近づいてきたって君となんか仲良くしないんだからね」
「いらねえよ」
「ふんっ、すい――なにこの子っ」
「俺の弟だ、つかさっきもお前が連れて行っただろ」
「馬鹿で変態な男と違って弟君は可愛いっ」
彼はつまらなさそうな顔で「なんだあいつ」と、だがそれどころではないだろう。
いきなり素子に連れて行かれたら銀ではきっと対応できない、そういうのもあって無理やり連れて行くしかなかった。
「馬鹿で変態な男は言い過ぎじゃね?」
「それより銀を助けないと……っと、あまり問題もなさそうだな」
しかも何故か敬語ではないと、そんなに怖かったのだろうか私はと考える羽目になってしまった。
頼まれてもいないのに動いたばかりにこんな結果になるなんて正直微妙だ、でも、向こうからしたら勝手に動いた私が悪いわけで……。
「ああ、銀は女子の友達が多かったからああいうタイプの相手は慣れているぞ」
「一応聞いておいてやるが貴様は?」
「俺? 俺は女子から嫌われていて野郎とばかりいたよ」
「ふっ、容易に想像ができるな」
気をつけて発言をするだけで結果が変わっていただろうに、それに全員に嫌われていたみたいな言い方をしているがみんな彼に興味を抱いていたわけではないからそれも違う、これだと心配になるのは兄の方だった。
「大丈夫そうだから素子に任せるとして、少し飲み物でも買いに行かないか? 流石になにも感じていないというわけではないだろう?」
「それは俺のためってことか?」
「それもあるし、単純に甘い飲み物を飲みたくなっただけだ。興味がないなら別にいい、一人で行ってくる」
「行くよ、まだ教室にはいづらいからさ」
「そうか、なら行こう」
私だったら経験したくないことで、でもなにかを言ったところでこの高校に通うことをやめることはできないからせめてこういうことで一ミリぐらいでもなにかをしてやりたかったのだ。
「飲め」
「家族でも金は――」
「これぐらいいいだろう、貫くつもりがないのであればやめておけ」
「……ありがとな」
「最初からそう言っておけばいいのだ」
こんなことは一度だけしかしない、つまり心配をする必要はない。
飲み終えたらしっかりとゴミ箱に捨てて教室へ戻る、廊下ではまだやっていたが先程と違って慌てているなんてこともなかったから放置をしてきた。
まだ仲良くなっていない状態だったからよかったと言える、もしそうではなかったらいまみたいにはいられていない。
「兄ちゃん、沖田さんは面白い人だよ」
「そうか? すぐに手が出る――あ、そうなんだなー」
「偉いぞ、なんでも口にすればいいわけではないのだ」
「ああ、何回も叩かれたくはないから気をつけるよ」
ちなみにその沖田さんは銀を背後から抱きしめつつこちらを見てきていた、なんらかのことで癒やされているときは細かいことは気にならないようになっているらしい。
「ねえ」
「なんだよ?」
「銀君をちょうだい!」
「すいの友達は欲望に正直過ぎるな」
「すいの義理の弟もそうでしょ?」
そうか、誕生日によっては彼が兄になる可能性もあるのか、でももし違った場合はテンションが下がるから聞くのはやめておこう。
あと兄ができようと甘えられるような人間ではないから意味がない、私はこれからも姉的なポジションで二人の相手をすればいい。
困ったことがあって自分にできることならやるから隠さないでほしかった。
「あっ、そろそろ戻りますねっ」
「うんっ、また後でねっ」
銀が戻ったのに腕を組んで目を閉じている兄の腕を突く。
「私ならいつでも相手をしてやるからそう寂しがるな」
「そうか、銀に友達ができてももう一人じゃないんだよな」
「一人だったのか?」
「結構遅くまで帰ってこなかったからさ、ほとんど家では一人だったんだ。しかも、その日その日で女子の名前が変わるもんだから嫉妬なんかよりも心配になってしまったんだ」
「い、意外だな、貴様の方がそうしていそうなのに」
やはり私が無駄に怖がられていたというだけか、……急に恥ずかしくなってきた。
きっと私よりも上手くやれる人間なのに心配になるとか変だろう、ただ口にしたわけではないのが救いだと言える。
「俺は無理だよ、見ていればすぐに分かるぞ」
どうせいまこうしてマイナス寄りな発言をしている彼だって同じなのだろう。
とにかく時間的に余裕がないのは分かっていたのか彼は歩いて行った、素子は無駄に「べー」と言って喧嘩を売っていた。
ここすらも一ヶ月も経過すれば仲直りどころか仲良しになっているだろうから無駄になにかを言うのはやめようと決める。
恥ずかしい思いを味わいたくないからだ、顔から火が出そうなぐらい恥ずかしいのにその状態を見られる、なんてことになったら死にたくなるから仕方がない。
「素子、帰ろう」
「ごめん、ちょっと隅から隅まで銀君のことが知りたいから明日でもいい?」
「家に来ればいいだろう?」
「すいがいたら多分隠れちゃうだろうからお願いっ」
「分かった」
余裕そうだった銀でも逃げ場というのが欲しいだろうから家に帰るのはやめておくか、勉強でもしておけばいい。
教室からどんどんと人が去り、私だけになったタイミングで誰かが入ってきた。
「よっこらしょっと」
「貴様か」
「俺以外の男が静かに入ってきたら怖えだろ」
「別にここは私の場所ではないから気にならないぞ、それでこれは?」
濡れないように端に置かれた冷えている紙パックを持ち上げて聞く、すると「お返しだ、勉強中に飲んだら多少は続きそうだろ?」と教えてくれた。
「はは、それなら受け取っておこう、ありがとう」
「礼なんかいらねえよ」
「こういうこともできるのに嫌われていたのか?」
どんな顔をしているのかも分からないし、出会ったばかりなのに踏み込んでいいのかも分からないが続ける。
「ああ、クラスメイトの女子からは『谷尾兄なんてありえないよね』ってな」
「本当に興味がないならわざわざ口にしないだろう」
「毎回そういうわけじゃねえんだ」
手を止めて顔を見ようとしてやめた、すぐに意識を手元に戻してやっていく。
だが残念ながら手を動かし続けていても意味のある行為にはならなかった。
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