第12話『ニュースなんて、どこも同じようなものね』
「やっと終わったー!」
「ふふっ、お疲れ様」
あんなに大きくお口を開けてあくびをしちゃって、かなり無防備としか言えないのだけれど、そこがまた可愛いのよね。
「家に着いたからといって、そこまで無防備だと襲われちゃうわよ?」
「え? 誰に?」
「――幽霊に」
「えっ、へっ、えっ? う、うそ、どどどどどこ!?」
「冗談よ」
「あーもー!」
そのぷんぷんと怒っているように見える地団駄、それは逆効果よ。むしろ可愛いのよ。
幽霊なんてこの家には居ないし、この世界に霊的存在なんているはずがないのだけれど。
みんな疑いなく信じているし、私だってそう信じている。
可愛らしくぷんぷんしている舞は、ソファーへとダイブしてクッションを握り締めて。
「お姉ちゃんって時々そうやって意地悪なこと言うよね」
「そうかしら。私は最善と判断した言動以外は行わない主義よ」
「じゃあなんでからかったの?」
「そうね、私が舞成分の不足を感知したからと言っておくわ」
「なにそれ、私ってペット的な扱いを受けてるってこと? 猫吸い的な何か?」
当たり前じゃない。
「ええそうよ」
「え、えぇええ?」
やめなさい。
そんなに表情をころころ変えて、顔芸をされては私の表情筋が耐えられない。
可愛いプラス面白いだなんて、卑怯よ。反則を繰り返されては腹筋も崩壊してしまうわ。
だから、こうよ。
「え、お姉ちゃん何してるの!?」
「舞吸い、よ。だから、大人しくしていなさい」
「どうやってもこれじゃ動けないよー!」
ふふ、それもそうね。
なんせ、私は舞がソファーでうつ伏せになっているところを、ぎゅーってがっちりと抱き付いているのだから。
「これ、やめられないわね」
「あああああ、私の純情が何かによって変えられていくー」
「いいえ、あなたは純白な舞よ。それはもう天使もビックリするぐらいに真っ白よ」
「そんなに白くなーいっ。せめて、お風呂が終わった後じゃダメなの⁉ 返ってきてすぐだよ!」
「それはそれで魅力的なのだけれど、これはこれで魅力的なのよ。自分のことなのにわからないのかしら」
「そんなの永遠にわからなくていいー!」
「あら残念」
さて、舞吸いによって得られた舞成分のおかげで、学校であった"変"なことは忘れられたわ。
いつまでもこうしていたいのだけれど、そろそろ晩御飯の支度を始めないといけないわね。
「舞、私は準備ができたから、お風呂にでも入って来なさい」
「わかったよ。ツッコミを入れたいところは何か所かあるけれど」
「細かいことはいいじゃない。ほら、いってらっしゃい」
「わ・か・り・ま・し・た」
私がスルスルッと離れてすぐ、舞はお風呂場へ直行。
さあ、始め。
台所で作業を開始し、味噌汁をかき混ぜながら思う。
学生と家事を両立しながらというのは、少しばかり大変だけれど、しっかりと順序立てていけばそこまででもない。
舞も時々手伝ってくれるし、金銭的に困っているわけでもない。
それに、家族全員分の家事をやっているわけでもないし。今日も、用意するご飯は
だけど、今日は……というか、ここ数日は少しだけ疲れたわ。
特段、体を使ったり頭を使ったりしたわけではないのだけれど、口は動かした。
あの侵略者は、一体全体どういう意図があって私の邪魔をしてくるのかしら。
しかもあの十字架、今の時代にあんなものを身に付けていて恥ずかしくないのかしらね。
本当に中二病、いや、高二病だとかそういう類の人なのかしらね――物語に出てくる祓魔師でもあるまいし。
そうね。こうしている今、もしも寝ながらスマホをいじっているのであれば、スルッと手を滑らせて、スマホを鼻の頂点に落下させてあげれば面白いわ。
そういえば、あの顔は見たことがないなって、思う。
なんだか、転校してきたとかなんとかって言ってたような気もするわね。
まあ、結局のところ、私は舞以外の他人と関わる気はないし、話しても顔なんて覚えてないのだけれど。
ただ、あの二人を除いては。
早く、私の記憶から消えてくれないかしらね――。
――あらやだ、私ったらいけない。
「お姉ちゃん、お風呂あがったよ~」
気づいたら、晩御飯の支度を終わらせてしまったわ。私ったら、天才。
舞は、いつも自分でお風呂場に畳んで用意してある、パンダ柄のパジャマを少しだけ開けさせている。
髪も乾かし終えて、体が火照っているのはわかるのだけれど、年頃の女の子がなんて格好なの――危ないわ、私に効果抜群の威力よ。
今にも台所から飛び出して抱きつきに行きそうなのをグッと我慢して、料理を食卓へと運ぶ。
「ご飯ができたから、食べましょ」
「やったー!」
その笑顔が観られれば、私は満足よ。
本当は抱きつきたくて仕方ないし、その開けたパジャマを全部脱がして、端から端までの隅々まで鑑賞して、写真・動画に保存したいのだけれど。
私は偉いから、そこまではしないわ。
ええ、本当よ。本当よ?
……でも、一回だけは、ちょっとだけなら、一瞬だけならダメかしら……ね?
「お姉ちゃん、どうかした?」
「――……あ、いいえ。なんでもないわ。私は元気よ」
「う、うん。そうだね?」
危ないわ。
もう少しでよだれを垂らし情けない姿を晒すところだったわ。
これは……そう、囁きのせいよ。
存外、悪魔というのはいるのかもしれないわね。
「待ってました、待ってました。私の大好物じゃありませんか~っ!」
今日の晩御飯は、生姜焼き定食。
ほくほくのご飯。サラダというベットにドカッと乗る豚の生姜焼き。
当然、欠かせないのはお供のアサリの味噌汁。
飲み物には、キンキンに冷えたアセロラジュース。
最後に、小皿にちょこんと乗る梅干し。
別名、疲労回復定食。
「さあ、食べましょ」
私も着替えだけ一瞬で済ませて、食卓に戻る。
「いっただきまーすっ」
「たんと召し上げれ」
一緒に食べ始めれけれど、当然、私はご飯ではなく舞をたんと観る。
対する舞は、それはもうカワイイ、小動物……ハムスターのご飯風景のように、頬がパンパンに膨らむぐらい美味しそうにご飯を帆奪っているわ。
この光景を脳裏に焼き付けるだけっていうのが、本当にもったいないわ。
こっそり、こっそりとスマホで録画してもバレないわよね?
……やっぱり、ダメかしらね。きっと、気づかれたら物凄く怒らせそうだもの。
『それでは、ここでニュースの時間です。ここからは世界難病指定とされている病について、情報共有をしていきます。――もしも、心当たりのある方は最寄りの病院などの施設には受診せず、必ず国立病院へとお電話してください』
この時間は、大体がニュース番組ね。
つまらないから消してしまおうかしら。
『では、専門家の方にお話を伺っていきます。
『そうですね。黒霊病について簡潔に述べるのであれば、今の医療で完治するのは非常に難しいと言われています。私立、県立等々あると思いますが、まず、それらの施設で治療するのは無理ですね』
『なるほど、それは大変な病気ですね。感染の威力、というのはどれくらいなのでしょうか』
『それに関しては、あまり難しく考えなくて良いでしょう。なぜなら、黒霊病の感染リスクというのは、ほぼ0%と言われております』
『おお、それは一安心ですね』
こういう、専門家というのはいつもこういう言い方をするのね。
らしい、言われております、良いでしょう。
こんな言葉、ただの少しだけ耳触りの良いように聞こえるだけで、言ってしまえばはぐらかしているだけじゃない。
『では、黒霊病が発症してしまう、初期段階というのはどのようなものなのでしょうか』
『そうですね、まずは物凄く気付きにくいものなので注意が必要です。自分で気づくというのは難しいでしょう。――初期症状として挙げられるのは、軽い咳と体のどこかにできる黒い染み、です』
『確かに、それだけ聞くとただの風邪だと思いますし、染みなんて視界外にできてしまったらわかりませんよね』
『そうなんです。だから、黒霊病の初期段階は勝手に過ぎてしまいます』
『じゃあ、大事になってくるのは二次段階ということですね』
『そうですね。二次段階は、重い風邪の症状と瓜二つなのですが……黒い染みが拡大していきます』
『ははぁ、なるほど。確かにそこまでいくと気づきやすいかもしれないですね。――では高雅さん、今回はここまでのお時間となってしまったので、貴重なお話ありがとうございました』
『黒霊病は、最終的に大事となってしまう病気です。ですので、ご本人、ご家族の方は重症化してしまう前に必ずお電話ください』
このニュース……。
巷で噂程度に聞いたことがある、黒霊病の話。
どこも同じ話以外聞いたことがない。
幽霊なんてこの世に居ないし、霊的存在すらありもしないと言うのに。
「こほんっ」
「あら、風邪?」
「あっちゃぁ~。昨日、お腹出して寝てたのが響いちゃったかな」
何よそれ、なんて可愛い光景なの。想像しただけでよだれが……危ないわね。
「まあ、夜中に目が覚めちゃって毛布を被り直したんだけど」
なるほどなるほど。
夜中に舞の部屋へ忍び込めれば、その最高の景色を拝めるというこのね。しっかりと脳内メモに記入したわよ。
「今日はしっかりと食べて、体を温めて寝るのよ」
「はーい、わかりましたっ」
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