第2話『運命だとしても逃げるが勝ち』
やっとのことで昼休みへと突入。
転校生という立場において欠かせない恒例行事――自己紹介。
教室に入ると、クラス中の視線を一身に集める瞬間、あれは相手にどんな感情があったとしても恐怖心を抱いてしまう。
しかし、最高難易度は次だ。
ホワイトボードの前に立ち、名前だの好きなものだのあれだのこれだのの紹介。あれはもう吐血でもしてすぐにでも倒れてしまいそうになった。どうして一区切りが付くまで全体のリアクションが禁じられているのか理解できない。誰でもいいから相槌を打ってくれていれば少しでも気が楽だっただろうに。
我ながら随分と当たり障りのない自己紹介だったと思う。
なにかしらお笑いのスパイスや個性が溢れる特技などを盛り込めればまた違ったのかもしれないが、僕にそのようなものはない。だがそれが功を奏し、触りとしては問題ないどころか好調だったようだ。
本来であれば喜ばしい出来事なのだが……地獄が再び訪れることになってしまう。
昼休み、僕がクラスメイトに囲まれるまで秒だった。いや、大袈裟ではなく、ゆっくりと瞬きをして目を開ける頃には囲まれていたのだ。
コミュニケーション能力に長けている方ではないと自認しているため、あちら側から話しかけてくれるというのはとてもありがたいことである。だが、正直に言ってしまうともう少し穏やかにしてほしかった。
僕は彼の偉人ではない。前後左右から一気に話しかけられ、それら全てを聞き取って回答することなど到底不可能。興味津々なのはわからないでもないが、配慮というものはして欲しいところ。
当然、そんなところに長居できるはずもなく、お腹が痛いとの理由を無理やりねじ込み離脱してきた。
僕が避難先に選んだのは誰もいない校庭を見渡せる一角、風通しの良いコンクリートでできた通路。足をピンと伸ばしても余裕のある幅の先は、雨水などが流れる側溝のようになっている。ギリギリのところに座れば足をぶらぶらと遊ばせることができる。
ちょうど近くに桜が散り切った樹を見つけ、そこから伸びる影は太陽から僕を隠し、ふわりと肌を撫でる風のおかげでとても落ちつく。
そんな折、少女は嗤う。
『あーはっはっは。主様のあんなたじろぐ姿を見るのは久方ぶりだのぉ。薄々感じてはいたけれど、もしかしてもしかしてコミュニケーション能力が著しく欠落しておるのかえ?』
『どうして口を開けばそんなドギツイ言葉が出てくるんだ。僕のメンタルが豆腐だったらどうしていたんだ。幸い、僕のメンタル強度はガラスだ』
『ほほう? つまり、もう少し攻めれば主様を崩落させることができると?』
『どう考えたらその答えに行き着くんだ。お前はどうしていつもそう攻撃的なんだ、パリンと割れて粉々になってしまいそうだよ。……まあいいさ、空腹を紛らわせるために昼寝でもと思っていたけれど、この時間を使って視てみようじゃないか』
『ふむ……学校という場所。それは若人達が通う学び場。多感な時期じゃ、その場のノリというくだらないもので行き過ぎた言動から過ちを犯し、他者を死に追いやってしまう可能性を秘めている』
『では、そんな道を外れてしまった犠牲者――白霊体は彷徨っているのかい?』
『喜んで悲しむがよいぞ。この学校は清く健全な学び舎じゃ。主様の役目は微塵もありはせんようじゃぞ』
『お、おう。全然それでいいじゃないか。僕の祓魔師としての仕事なんて、ない方がいいに決まっている。その方が悲しむ人は少ないのだから』
魂の救済を。
悲しい話ではあるがそんな文言は今の時代、どこか怪しい宗教への勧誘としか捉えられない。だが実際に、霊はいる。
未練がある者、自らの命が散ってしまったことに気づいていない者。それらがこの世界に留まり続ける理由はそれぞれだ。
僕の仕事は、そんな霊を供養し成仏させてあげること。変異してしまうその前に。
ここで悲しい話がもう一つある。
白霊体は実際に人や物に危害を加えない。だが、この世界に長居するもしくは何かのトリガーが引かれた時、変霊体となってしまう。変霊体となってしまった魂は狂暴化し、暴れまわってしまう。そうなってしまえば、今まで無害そのものだったその体が現実のものへ干渉できるようになってしまうのだ。そう、物体だけではなく人間までも。
それらを退治するのもまた祓魔師の役目ではあるのだが、僕にはそこまでの力がない。
研修中と言っていいほどぺーぺーな僕は、だからこそ手に負えない状況となってしまう前に行動し、対処する必要があるのだ。
天才でもない凡人な僕にある唯一なのがこの少女。
この子が俺の
他人に頼らないと役目を果たせないというのは、非常に惨めな話だが。
『穴があったら入りたい気分だけど、せっかくだ。少しだけ瞑想でもして気の修練でもするよ』
少女からすれば、だからどうした。ということではあるが、祓魔師としては重要なことだ。いついかなる時でも最悪に備えなければならない。
まず最初に姿勢を整える。
伸ばした足を折りあぐらをかく。姿勢を伸ばし、目線を水平に深呼吸。最後に制服の下に隠れている、銀色に輝く十字架のペンダントを取り出し合掌。
傍から見れば実に滑稽であるのは百も承知だけれども、今は
集中力を鍛えるこの修練。
これだけは数えるのをやめるぐらいには勤しんでいる。
幸い、僕の他にも同じぐらいの人は沢山いる。それに甘んじてしまうわけではないが、ほんの少しだけ気が楽だ。
でも、忘れてはいけない。僕の師匠のように、文字通り化け物の領域に達している人がいるというのもまた事実。
彼女彼らからすれば、僕は校庭に散らばす一粒の砂。だから僕は僕にしかできない努力を積み重ねていくしかない。
優しい風の流れを感じる。少し湿った土と青い草の匂いをつれて。
心が落ちつく。まるで自分も風になって自然界の一部になったかのように。余計な思想は全て掻き消え、たまに呼吸という人間には不可欠なものですら忘れてしまう。普段は無意識に行っている呼吸でさえ、意識的にやらなかればならない。
次に起きるのは辺りの変化。
自分の目で確認したわけではないが、他人のものを観たことがある。小さな光が次第に浮かび上がり始めるのだ。
これは、人それぞれ違うらしい。らしいというのは、僕はこの現象を目の当たりにしたのはたった一人だけだから。僕の恩師。
そして恩師曰く、浮かび上がる光は色も形も千差万別。内面が浮かび上がってくるものらしい。だから、この鍛錬を行う場合、決して誰にも見せてはならない。とのこと。
最後に聞き忘れていたことがあり、今でも後悔していることがある。
これって、一般人にも見えるのか、と。
試せばいいじゃないか、と勢い任せに思ったこともあるけれど、どうしても誰にも見せてはならないという言葉が引っ掛かって実行できていない。
『なあ、今更ながら聞いていいか?』
『随分と珍しい。この時ばかりは話しかけても一切の無視を決め込んでいた主様が、どんなご用件で?』
『その言い方、今までかなり根に持っていたってのは伝わったよ。そうだな、お前にはこの光が見えていたりするのか?』
『愚問もいいところ。妾に見えていないはずがなかろう? 妾を誰を心得る』
『ああそうだったな、吸血姫様。お前達からすれば、この光っていうのは天敵が扱う武器ってところか。だとしたら、どのように映る? 色彩は? 形状は? まさか、薫香のようなものもあったりするのか?』
『其方ら人間からすれば、妾達のような存在を怪異と呼び敵視する。そのような人間達が扱うものに良い印象を抱くはずはなかろうて。……それを踏まえ、あえて言うのであれば、主様のそれは透き通っておるの』
『ほう? ほほう? それは、僕が未だ新人かつあまりにも役に立たないから何色にも染まっていないということだな? ……僕はどうしたらいいんだ。今にも泣き崩れてしまいそうだよ。どうして、どうして……』
『そ、そう落ち込むでない主様よ。ほら、な? きっと、何か、何か……? たぶん、明日は天気じゃ』
『え? それ、全然慰めてないよ? このまま狸寝入りしちゃうよ? 学校をサボっちゃうよ?』
やめだやめだ。こんなのやってられるか。おしまいだ。
ゆっくり瞼を持ち上げ、ペンダントを胸元へ納める。足を伸ばして両手を後ろにつき、天に目線を移す。
ああ、小鳥達よ。今日も元気よく自由に飛び回っているね。
現実逃避するように空を飛ぶ鳥達に思いを馳せる。
僕も自由に空を飛べるなら。僕も背中に翼が生えていたのなら。と。
『物理的に考えて、それは到底叶いもしない絵空事なのだ。空だけに、ぷぷっ』
『ポエムチックに締めくくろうとしていたのに、思考を先読みするのはやるんだ。口に出していないのに言葉が詰まるだろ』
『てへっ』
『いや、そんな可愛いことを言っても許しはしないぞ。それに見えてないし、もしも目の前に居たらお前の脳天に拳を振り下ろしている自信がある』
『……――』
静寂が返ってきた。
『おい、おいおい、おいおいおい。ここで返事をくれないと、僕は本当に泣いてしまうぞ。小鳥が鳴くに掛け――っ!』
気配を感じ、僕は
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