21「厄介ごとが来るんじゃね?」②





 小林蓮は、向島市の商店街をひとりで歩いていた。

 以前なら、街の喧騒も、すれ違う人たちも、赤の他人で興味など抱くことはなかったのだが、向島市に生活を始めてたった一日で商店街の人々が声をかけてくれるようになった。


「おう、蓮君だったな! 昼間はありがとうな! ほら、これでも食べてくれ!」

「あ、ありがとうございます」


 肉屋の店主が笑顔で声をかけ、コロッケを渡してくれた。

 昼間なにがあったのかというと、アルフォンスと一緒に商店街の人たちに挨拶回りをしただけだ。その際、肉、野菜、魚、日用雑貨などを仕入れる契約をしている。

 仕事の話はよくわからなかった蓮は、暇な時間を店の手伝いをすることで消費した。もちろん、店頭に立てるはずがなく、重い荷物を運ぶだけの仕事だ。規格外の身体能力を持つ蓮にとって、十キロ、二十キロの重量など大した重さではない。米袋、野菜や冷凍肉などをまとめてひょいひょい持って歩く蓮がみんなに好印象を抱かれたのは言うまでもない。

 アルフォンスも、「蓮をいつでも派遣しますから、使ってやってください」なんて調子のいいことを言うので、また手伝いをすることが決まっている。

 だが、嫌ではない。

 むしろ、新鮮で心地よかった。

 今まで他人は利用する者であり、排除する対象だった。

 例外は、家族として守っている子供たちだけ。

 しかし、この街の人たちは暖かく、笑顔で、蓮も自然と笑みが溢れてしまうのだ。


(……うん。この街で、こんな人たちと育った由良夏樹と三原一登が羨ましい、かな)


 コロッケを食べ終えて、肉屋の店主にお礼を言う。明日、手伝いに来るのでよろしくお願いします、と挨拶をして、蓮は再び当てもなく歩いた。

 現在、蓮はアルフォンスとノルン三姉妹と一緒に商店街で今後開く店の二階と三階で生活している。

 ただ内装が整っていないので、オープンまでしばらく時間がかかるようだが、その間に近隣の人たちにお弁当の販売とお届けをする予定のようだ。同時に、アルフォンスは蓮に料理を叩き込むつもりらしい。生活が安定し、蓮が望むのなら学校や資格を取るために支援もしてくれるそうだ。

 蓮は、アルフォンスが自分に殺されかけたことを忘れているのではないかと考えてしまう。

「俺を兄貴だと思え!」と言うアルフォンス。「私たちをお姉さんだと思ってくださいね」と言ってくれるノルン三姉妹。四人の楽しそうな顔を見ていると、アルフォンスが生きていてくれたことに感謝しかない。

 同時に、生きるためとは言え命を奪うことが多くの人たちに影響を与えるのだと痛感した。

 アルフォンスへの償い、子供たちと、マモンといつか胸を張って会えるように頑張りたいと思う。


「だけどさ、好きあらばイチャイチャするのはやめてほしいよなぁ」


 味見ひとつとっても「あーん」するアルフォンスを見ていて恥ずかしくなってしまう。

 海外の人はオープンだなぁ、と苦笑が漏れる。

 そんな時だった。


「――なんだか、よくない気配が入ってきたね」


 向島市に、不快感を与える霊力を持つ『誰か』が入ってきたことを連は感じ取った。

 悪意こそないが、敵意や恨みなどの負の感情が放たれているのがわかる。だが、さほど強いわけではない。

 事情は知らないが、誰かになにかをする前に片付けてしまおう。


 蓮は、そう思って地面を蹴った。

 純粋な身体能力だけで大きく跳躍すると、『誰か』が歩く橋の上に着地し、両腕を大きく広げた。


「――誰だ、お前は?」

「そっちこそ、誰かな? あまり良い感情を持っていないみたいだけど、ここから先に住んでいる人たちはいい人が多いんだ。おかしなことをされると、困るかな」


 小林蓮は、青山銀子を狙う神奈征四郎と対峙するのだった。








 〜〜あとがき〜〜

 アルフォンスさんは蓮くんを一流の料理人に育てようとしています。なんなら、その後、青森で独り立ちさせようとまでプランを練っているのです。


 次回は間話でまもんまもん。


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