間話「女神様が来るんじゃね?」





 ――神域。

 それは神の領域である。

 神社の境内であったりする場合もあるが、時には神が一時的に創った空間であることもある。


 その日、神域であるとある空間に、日本神話のグランドマザー伊邪那美命が割烹着姿でゴミ袋を片手に現れた。


「こらっ、天照! お前、こんなに部屋を汚くして。あたしゃ言ったよね。毎日掃除をしろとは言わないけど、一週間に一回くらいゴミを片付けて掃除機をかけるとか、布団を干すとかしなさいって」

「ちょ、私の神域に勝手に入ってこないでよ……ママ」


 神域と聞くと、神々しい空間を想像するかもしれないが、神域の主――天照大神の場合は、六畳間の部屋だった。

 ガスコンロを置いた小さな台所に、スナック菓子の袋が山積みとなったテーブル。部屋の中心には布団が敷かれているが、その周囲を大量のペットボトル、酒瓶、缶、カップラーメンの器がこれでもかと置かれている。


 ――控えめに言って汚部屋だった。


「神域じゃなけりゃ虫が湧いているだろうね。まったく、神域なのに臭いとか一体どんな生活しているんだい。というか、あんた風呂入っているんだろうね?」

「……一年前に入りました」

「はぁ。あんたも昔は頑張っていたのは知っているんだけどね。一度引きこもったと思ったら、引きこもり癖がついちまって困ったもんだい。しっかり者の月読はともかく、あの素戔嗚でさえ働いているのにお前ときたら」

「さーせん。でも、一度、引きこもりを覚えるとなかなか外に出られなくて。最近はネットゲームが楽しくて、ふひひ」


 伊邪那美命に叱られる天照は、よれよれのスウェットに身を包み、髪もボサボサだ。

 顔立ちはいいのだろうが、分厚いレンズの眼鏡をしているせいか、美しさも半減している。


「ジジィと話をしたんだけどね。祭事にはちゃんと出席しているから大目に見ていたけど、さすがに限度があるからね」

「ママ?」

「あんたには土地神業をしてもらう」

「――は?」

「この間、とある土地神が亡くなってね。空きができたんで、お前が後任になるって土地を管理している人間にジジィから連絡させておいたから」

「……あの、私、太陽神なんですけど?」

「神域に引きこもっている太陽なんて知らないね! いいからさっさと行きな! さもなきゃぶっ飛ばすよ! ほら、早く、そのピコピコ片付けて」


 そう言うと伊邪那美命はテキパキと神域の掃除を始めてしまう。

 天照は、母には逆らえないので渋々従う。

 ゲームをセーブして、電源を切ると、自分の空間にしまう。ついでに、本棚、テレビも収納した。


「ほら、支度できたならさっさと行く!」

「は、はい」


 慌てて神域から出ていく天照を見送ると、伊邪那美命は盛大にため息をついた。


「まったくカップ麺ばかりで料理のひとつも覚えやしない。櫛名田比売はよくできた子だっていうのに、まったく」


 愚痴を言いながら片付けをしていた伊邪那美命は、ふと、思い出す。


「しまった。よれよれのスウェット姿でいかせちまった。いや、あの子も仮にも女神だ。水無月家に挨拶するときはちゃんとした服に着替えているさ」


 伊邪那美命の心配通り、天照大神はスウェット姿のまま水無月家に降臨してしまうのだが、それはまた別のお話。

 こうして天照大神の土地神業務が始まった。







 〜〜あとがき〜〜

 少し前の出来事です。

 天照さんはこうして水無月家へ。

 ちなみに、運命の出会いがあります。

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