9「先生って最終兵器じゃね?」
さっそく教師にチクろうとした夏樹と都だったが、肝心の明日香がどこにいるのかわからない。
明日香も夏樹を誘った割に、どこでなにをするのか言わないあたり、抜けているのか、冗談だったのか、不明だ。
だが、居場所がわからなければチクることができないので、都が簡易的な式神を飛ばしてみたところ、物の五分で明日香は見つかった。
「――おえっ」
市松人形を思わせる整った顔立ちをした都からはあまり聞きたくない、えずく声だった。
「体育館にある空き部屋に、おそらく元はロッカールームだったのでしょう。そこで、松島さんと――」
「あ、説明はいいんで。聞きたくないです」
「私も見たくはありませんでした。中学生でそういうことをするのは本人の自由ですから、とやかく言うつもりはありませんが……あの女はおかしいです」
すでに明日香はお楽しみのようだった。
ならば、あとはするべきことをするだけだ。
ふたりはすぐに職員室に向かうと、悍ましい物を見たかのように顔色を変えて、吐き気を我慢するように演技しながら教師に縋った。
もっとも、都は演技では無いようだったが。
「由良くんと水無月さんですか。珍しい組み合わせですね。……ふたりとも青い顔をしていますが、どうしましたか?」
夏樹たちにすぐに気づいてくれたのは、学年主任であり日本史を担当する月読だった。
すらりとした長身で、丸眼鏡をかけた温和そうな男性だ。
特徴的なのは、髪が真っ白であることだ。本人曰く、生まれつきのようだ。
年齢は四十代のようだが、三十前後にしか見えない。
生徒想いの良い先生であり、進路相談をする生徒も少なくない。
夏樹の記憶には無いが、彼が怒ると静かだが、噴火前の火山のように恐ろしいという噂だ。
明日香たちのことをチクるにはちょうど良いと、夏樹は内心で笑みを深めた。
「あ、あの、とても言い辛いんですが……どうしていいのか、わからなくて、その、でも」
「俺も、どうやって説明して良いのか。いや、そもそも先生にこんなことを言っていいのかどうかわからなくて」
演技派のふたりは、大きなショックを受けた生徒を演じきっていた。
月読は二人に穏やかな笑みを浮かべると、落ち着くように言ってくれた。
「大丈夫ですよ。なにか問題があるのなら、力になりましょう。学校以外のことでも、親に相談できないことでも。しかし、教師は生徒からちゃんと言葉にしてくれなければ動けないこともあるのです。ですから、頑張って言ってみてください」
本当に親身に寄り添おうとしてくれる月読を利用しようとしていることに、ちょっと胸を痛めながら夏樹は静かに告げた。
「その、女子バスケ部の松島明日香さんが」
「彼女がどうかしましたか?」
「体育館の空き教室で、男子バスケ部の男子たちと、その」
「まさか煙草でも吸っているのですか?」
「いや、煙草じゃなくて、不純異性交遊と言いますか、なんというか」
異世界で魔王と魔神を倒した勇者も、数人の教師たちの視線が向けられた職員室ではっきり口にするのは躊躇いがあり、もごもごしてしまう。
だが、月読は『不純異性交遊』で察してくれたようだ。
「権藤先生、すみませんが、少しよろしいでしょうか」
静かに立ち上がると、強面の体育教師権藤の名を呼んだ。
「月読先生? どうかしましたか?」
こちらに来た権藤に月読が小さく耳打ちをした。
刹那、権藤の顔が憤怒で真っ赤に染まる。
(あ、そういえば権藤先生って確かバスケ部の顧問だったような気が)
えらいこっちゃ、と思う夏樹の肩を力強く権藤が叩いた。
「由良、水無月。言い辛いことだったとは思うが、よく言ってくれた。あとはこっちでなんとかするから、お前たちは帰りなさい。親御さんに……言うのは止めないが、できれば他の生徒には言わないでほしい。いいな」
「わかりました」
「こんなこと言えません」
「だよな。すまん。じゃあ、あとは任せろ」
権藤はそう言って体育館に向かう。
「待っていても良いことはないでしょうから、ふたりとも帰宅してください。もしかしたら事情を聞くために電話するかもしれません。その時は、お願いしますね」
月読も権藤を追っていく。
夏樹たちは「失礼しました」と礼をして職員室を出ると、暗い顔をして下駄箱に行き、上履きから靴に履き替える。
校舎を出て、校門をくぐろうとしたとき、
「貴様らぁああああああああああああああああ! なにをやっているぅううううううううううううううううううううう!」
権藤の怒号が聞こえたので、演技の暗い顔をやめて満面の笑みを浮かべると、「いえーい」とハイタッチしたのだった。
〜〜あとがき〜〜
奥義・せーんせいに言ってやろー!
発動しちゃいました!
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