68「神殺しじゃね?」④




 夏樹の背中に声がかけられた。


「……由良殿」

「あ、どうも。おじいちゃん。おばあちゃんと、柊さん、都さんも」


 振り返ると、茅と澪と同じく逃げていなかった面々がいる。


「みずち様は、本当に?」


 星雲相談役が恐る恐る尋ねると夏樹は頷く。


「まだ死んでいませんが、時間の問題です」

「す、すまない、君は怪我ひとつしているように見えないのだが?」

「いやー、さすが土地神ですね。もう少しで首が飛んでいましたよ。俺の方が速かったんで、勝ちましたけど」


 少しくらい胸を張ってもいいだろう。


「……なんという」


 絶句している星雲と雲海。

 夏樹が土地神に対抗できるとしても、無傷で神殺しを成すとは思っていなかったのだろう。

 驚愕と、畏怖を感じ取ることができた。

 少し寂しく思う。

 いつも力を見せると、人は怯える。

 怯えるだけならいい。だが、擦り寄り、利用しようとする者も異世界には多くいた。人間不信を通り越して、異世界人への嫌悪を夏樹が抱いたのは言うまでもない。

 地球でも同じかな、と少し肩を落とした時だった。


「土地神様をお救いくださり、どうもありがとうございました!」


 水無月都が、その場に膝をつき土下座をしたのだ。

 呆気にとられる夏樹。

 都の第一印象からは思いもしない出来事だった。


「なによりも、お姉ちゃんを救ってくださり、お母様に愛した人との最後の時間をくださったこと……ほんどうにっ、ありがどうございまじだっ!」


 どごん、と音を立てて、都の額が地面にぶつかり陥没する。


「ええー」


 ちょっと、夏樹は引いた。


「そして、先日、ご無礼な態度を取ってしまい、本当に、本当にもうじわげございまぜんでじだっ!」


 またしても地面に額を打つ。

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、土下座する都からは本当に感謝の感情だけ伝わってきた。


 ――夏樹は救われた気がした。


 力を隠して生きることもできた。

 神殺しをしない選択だってできた。

 しかし、生贄という理不尽な行いと、人々に尽くし穢れてしまった哀れな土地神のために力を振るった。

 そのせいで恐れられる覚悟はしていた。それでも、純粋な感謝は嬉しかった。


 都に続き、柊が膝と手をつき深々と頭を下げた。

 星雲老人も雲海老女も続けて、膝をつき首を垂れる。


「由良夏樹様。水無月家の、いいえ、土地神みずち様のために、どうもありがとうございました。水無月家はあなたへのご恩を一生忘れません」


 星雲老人が、代表して感謝を述べ、他の人たちも次々と感謝を伝える。

 澪が生贄にならなかったことで、雲海老人は涙を流していた。

 今の彼らから、恐怖の感情はない。あくまでも、感謝の気持ちだけだ。

 夏樹が彼らに返す言葉は決まっていた。


「――どういたしまして」


 異世界に勇者として召喚され、人間の嫌な面をこれでもかと見せられた夏樹だったが、勇者としての力を持っていてよかった。

 ちゃんと救えたのならよかった。

 心からそう思った。








 〜〜あとがき〜〜

都さんはちゃんと「ごめんなさい」ができました。

そろそろ1章も終わりに近づいております。

まだまだ話は続きますので、よろしくお願い致します!

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