16「友達ヅラされるとイラッとしね?」①





 体感で数年ぶりにまともな女の子と会話をしたことで、少しテンションが上がっていた夏樹は、異世界云々のことこそ口にしなかったが、強いことを隠さず堂々と胸を張る。


「……やっぱりあたしには、わかんないや。でも、君が本当に強いのなら――」


 しかし、残念ながら澪には夏樹の力がわからないようだ。


『――由良夏樹様。水無月の者が大変失礼致しました』


 何か言おうとしていた澪の声を烏が遮った。


「おお! 使い魔!」

『どうやら由良様は西洋の魔女にお詳しい様ですね』

「あ、いえ、別に」

『こちらの烏は式神でございます。動物を使役する使い魔と違い、烏は紙でできています』


 実に興味深かった。

 霊力は僅かに感じるが、気にすれば感じ取れる程度だ。

 基本的に、夏樹は周囲の警戒を最低限にしている。世界には、力を持つ存在が多い。樹齢を重ねた大木や、人々が拝む神社仏閣、お地蔵様だってそうだ。中には力を持ちながら、気づかず過ごしている人間もたくさんいる。なので、いちいちそれらを気にしていたら疲れてしまうのだ。


『わたくしは柊と申します。水無月家に使える、一介の従者です。声だけで申し訳ございません』

「いえいえ、ご丁寧にどうも」


 空を旋回する式神に、夏樹は頭を下げた。

 別に顔を見せないことに不満はない。現代社会では、見知らぬ人と顔を見ずに交流ができるのだから、きちんと名乗り、挨拶をしてくれればそれでいい。

 もちろん、今から襲いかかってくるのなら都と同じ対応をするが。


『まず、都様が失礼致しました。当方としては、由良夏樹様をご丁寧にお迎えしたかったのですが……いえ、言い訳は致しません。お顔を合わせた際に、改めて謝罪申し上げます』

「別にいいですよ。それで、用事があるみたいですけど?」


 夏樹の問いかけに、烏が鳴いた。


『可能であれば水無月家までご足労いただきたく思います。由良夏樹様のご都合に合わせますゆえ、どうか』


(まあ、用があるなら来いよと言ってみたものの、こられても困るのが本音なんだよね。お母さんにはこっち関係を知らせたくないし、まあ、出向きますか!)


 最悪、水無月家が敵対すれば、それ相応の対処をするつもりだ。

 万が一の場合に備えて、青山のおじさんにもちゃんと伝えておく。


「いいでしょう。でも、明日でいいですか? 今日はもう、いろいろあって」

『……承知致しました。では、明日の放課後にお迎えに参ります。学校でよろしいでしょうか?』

「あ、はい。どうもです」

『では、明日。この柊がお迎えに参ります。正式な謝罪は、わたくしはもちろん、水無月家当主からもさせていただきます。今回の都様の暴走、誠に申し訳ございませんでした』

「謝罪は、はい。もういいですから。では、明日よろしくお願いします」

『ありがとうございます。では、柊はこれにて失礼致します』


 挨拶を終えた式神が、かあ、と鳴いて飛んでいく。

 術者を探ってみようと式神を目で追いかけるが、しばらく飛行したあと、灰になってしまった。


(おっと、残念。もう少し見ていたら、使い方を盗めたのに)


 使う相手はいないが、式神を使えたらなんだかかっこいい気がする。

 精神年齢が十四歳のままの夏樹の心をくすぐるのだ。


「さてと、お昼休みも終わったしそろそろ――あ。この血溜まりどうしよう」

「あたしが綺麗にしておくから、行っていいよ」

「いいんですか?」

「うん。都が目覚めたら連れて帰りたいし」

「ならお願いします。そうだ、できれば次回からお姉さんが来てください。また揉めたくないんで」


 夏樹が肩をすくめると、澪が苦笑した。


「ごめんね。でも、あたしよりも、同級生の都の方がいいと思ったから」


(この人、格好こそギャルっぽいけど、喋ってみるとちょっと覇気がないよね?)


「それに、都のほうが優秀だし」

「……優秀? これで?」

「えっと、一応、水無月家の後継者なんだけ」

「あははははは、そんな馬鹿な」


 大きなお世話だが、澪の言葉が本当なら、水無月家が心配だ。


(うーん、このお姉さんは妹にコンプレックスがある感じかな。まあ、別にいいけど)


 わずかに澪に興味を抱いてみたが、続かなかった。

 澪に挨拶をして、屋上を後にする。

 せっかく天気がいいのだ。できることなら、日の光を浴びて昼寝をしたかった。

 教室に戻ろうと階段を降りながら、帰還してから割と慌ただしいなと苦笑していると、


「――夏樹!」


 今、とても聞きたくない声が自分の名を呼んだ。


「――ああ、神様。今日はもうイベントはお腹いっぱいです」


 階段を降りた先に、幼馴染み三原優斗が待ち構えていた。

 しかも、なぜか少しお怒りの様子だ。


「なんだよ?」


 相手にしないという選択肢もあったが、少し気になることもあったので相手をしてみることにした。

 すると、彼は拳を握り締めると、夏樹の頬を殴りつけた。


「杏を泣かせたみたいじゃないか! それでも、兄貴かよ!」

「よくわかんないけど、暴力反対! 勇者キーック!」


 わざと殴られてみたものの、イラッとした夏樹はお返しだとばかりに、優斗の股間を蹴り上げた。


「――――こひゅっ」


 足の甲に嫌な感触が伝わると同時に、優斗は腰を折り曲げて真っ青な顔をした。





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