主任は急に顔をこわばらせると、これまでにないくらい

緊張した面持ちで、何事か話しながら、すぐにカウンターから

立ち去った。


一体、何があったのだろう?

何が何だかわからないまま、キツネにつままれた顔で、彼は

ボンヤリとする。

 主任の後ろ姿を、呆然と見送っていると、おもむろに先輩が

彼を振り向いて、

「ねぇ、新人くん!

 きみは…入って、どのくらいたつの?」

いきなり聞いて来た。

「えっ?」

彼は戸惑いの色を浮かべ、その女の先輩の方を向く。

「え~と、丁度、1週間になります」

ボソリとそう答える。

「ふぅーん」

上目づかいで、彼を見やると、

「山口君…だっけ?キミねぇ~」

呆れた顔をする。

何がいけないんだ、と半ばムキになっていると…

先輩はまっすぐに、新人の目を見つめる。

「さっきの電話、あれ、おそらくここのオーナーよ!

 あなた、オーナーの声も、知らないの?」

まるで、オーナーのことを何も知らない、彼が悪い、と

言わんばかりに、冷ややかな視線を向ける。

「えっ、えぇ…」

うつむきがちに、彼はうなづく。

やや頬を赤くして、彼は一生懸命、自分の言い訳を考えている。

まさか、ここまで言われるとは、思ってもいなかったので…

屈辱に打ちのめされていた。


 もともと、親戚のおじさんの紹介で、ここに来たのだ。

特別に、ホテルマンになりたかったわけでもないし、

このホテルに、格別な思い入れがあるわけでもない。

ただ、漠然と面接をうけて…

その面接も、さっきのあの主任がしたので…

特に、何かを望んで、というわけでもなく、

そのまま何となく、採用されて、ここにいるのだ。

だが未だに、1度も、オーナーの顏を見たことはないのだ。

だから言い訳のように

「ボク…オーナーにまだ、お目にかかったことが、ないんです…」

うつむいたまま、言いにくそうにつぶやいた。

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