第58話 神速を超えて

 俺は自然と、呼吸を整えていた。


 自然体とは違う、ただ相手の斬撃にカウンターを合わせるための体勢。


 呼吸、心臓の鼓動、筋肉の収縮。

 自分の意思では制御できないすべてが、ゆるやかに統一されていく。


 身体のすべてが、迫る脅威に返し技を合わせるため“だけ”に、動いていた。

 その心地よさに身を任せて、俺は戦いのさなかだというのにまどろむ。


 銀の剣は目の前だ。意識して身体を動かしたのでは、もう間に合わない。


 だとしても、俺は心からの確信をもって、思える。


「俺の勝ちだ」


 斬撃!


 【偽虎】の刃が蛇のように、生物的な曲線を描いて跳ねた。

 銀の剣を中ほどから斬り飛ばし、その残骸が高らかに天を舞う。


 ヒサヒト先輩の斬撃は届かず、ただ剣の残骸だけが地に落ちる。

 とっさのバックステップで距離を取られてしまったが、問題はない。


 武器破壊。どちらが勝者なのかは、手にもつ剣が教えてくれる。

 これは模擬試合だ、喧嘩でないのだから、審判に判断をゆだねるのが正道だろう。


 いたましいほどの静寂が、場に落ちた。

 観衆の誰もが信じられないと、我が目を疑っているようだ。


「そこまで、勝負あり」


 震える声が告げたとき、冷たい静寂は、大いなる熱狂に変わった。

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