11「学園内の揉め事」①





 楽しむハンネローネによって週末にも同居することが決まったジャレッドは、翌日クリスタに会うため学園に顔をだしていた。


 職員室に寄ってキルシに魔術師協会から依頼がきていないか尋ねたが、まだのようなので教室に向かう。

 まだ授業が始まっていない時間帯であるため、生徒たちが廊下で談笑している。中には机に向かい予習をしている生徒もいるが、誰もがジャレッドを見つけると隠れてなにかを話しはじめる。


 好奇と疑惑、そして嫉妬が含まれた視線を受けて、おそらく宮廷魔術師候補の件がもう生徒たちに伝わっているのだと察した。

 昨日のオリヴィエとの婚約話もそうだが、誰が一体どこで情報を仕入れて流しているのか気になってしかたがない。首謀者を見つけたら、ぜひ感謝の気持ちを込めた拳を数発贈りたいと心底思う。


 教室の中で女子生徒と談笑していたクリスタを見つけて手を振る。こちらに気付いた彼女も手を振り返し、友人たちと言葉を交わすと近づいてくる。


「おはよう、マーフィーくん!」

「おはよう。昨日はごめん。急な用事ができてしまって連絡もできなかった」

「いいよ、いいよ! キルシ先生にオリヴィエさまの使いに連れてかれちゃったって聞いてたから、多分戻ってこないだろうなーって予想してたよ」

「なんであの人が事情を知ってるんだよ……」


 昨日、職員室をあとにしたときには書類と格闘していた彼女の姿を見ていたのだが、いったいどこでトレーネが接触し、アルウェイ公爵家の別宅へ向かったことを知ったのか気になる。


「あはは……キルシ先生だから、かな?」

「その一言で納得できちゃうからあの人も大概だよな。とにかく、約束破った埋め合わせはするよ」

「えっ、本当? じゃあお昼休みに食堂で甘いものおごってもらおうかな?」

「いいけど、この間、体重のこと気にしてなかったか?」

「気にしてたけど、もう諦めたのっ! 女の子は少しぐらい肉がついていたほうがいいんだって思うことにしたから」


 なにやら悟ったような表情で乾いた笑い声をあげるクリスタに、おそらくダイエットが失敗したのだと感じた。今は自棄になっているが、また数日後に体重で頭を抱えているだろう。

 笑っていたと思えば、次々と表情を変える忙しい子だ。

 出会ったときから変わらず、クラスのムードメーカーでもあるクリスタと友人になれただけでも、学園に通った甲斐があった。


「それにしても、女の子か……クリスタが言うとちょうどいいよな」

「どういうこと?」


 不思議そうに首をかしげるクリスタを見て、心底女の子だと思う。対して、昨日自身のことを女の子だと自称したオリヴィエを思い出し――うん、やはり無理がある。と頷いた。


 本人が知ったら激怒して大暴れだろう。あの感情的になるとお嬢様らしからぬ態度を平気でとるオリヴィエを思い出し、ハンネローネに散々振り回されたお茶会を思い出した。


 ――楽しかった。


 疲れもしたし、居心地が悪くなる場面も多々あったが、久しぶりに楽しいと思える時間を過ごせたのだ。

 母のために婚約者として自分を選んだオリヴィエは結婚する気がなく、ジャレッドもまた結婚する気があっても結婚したいわけではない。それでも、ハンネローネの笑顔を曇らせたくないし、母を気づかうオリヴィエに付き合うのもいいかもしれないと思えていた。


「なんでもないよ。今日も視線が鬱陶しいなって思っただけだよ」

「そうだね。オリヴィエさまとの婚約だけでも生徒たちの噂話のネタとしては申し分なかったけど、次の噂は宮廷魔術師候補だからね」

「なんとなくわかっていたけど、やっぱりバレバレなんだ……まさかとは思うけど、魔術師協会が情報を漏らしたりしてないよな?」


 もしくは教師かもしれないが、むやみに疑うわけにもいかず今は諦めるしかない。いずれは情報漏えい者を見つけることを誓いながら、苦笑いしているクリスタの言葉を待つ。


「うーん、協会の人がマーフィーくんの情報を漏らして得することはないと思うな。たぶん、生徒だよ」

「根拠は?」

「根拠はないけど、先生たちだって生徒の個人情報を漏らして害を与えるはずはないし、実際にそんなことしたら退職だよ。ここ王立学園だよ。貴族の生徒がどれだけいると思ってるの?」

「確かに、そうか」


 一応、ジャレッドも貴族側だが、一般の生徒であっても個人情報を故意に漏らしたとわかれば問答無用で退職となるだろう。特にジャレッドの場合は学園が許しても魔術師協会が許さないはずだ。

 情報に価値があるのかもしれないが、リスクの方が大きいと思われる。

 そう考えると、クリスタの言うとおり情報を手に入れて流しているのは生徒なのかもしれない。


「まあ、いいか」

「いいの?」

「続くようならいずれ見つけだすよ。それに今は、それどころじゃないんだ」

「オリヴィエさまとの婚約や、宮廷魔術師候補と忙しいものね」

「そういうこと。もしかすると学園にも顔を出せなくなるかもしれないけど、なにかあったら気にしないで連絡してくれ」

「ありがと。でも、私がダウム男爵家に連絡するのはちょっと遠慮したいかな」


 言われてクリスタが平民であることを思いだした。

ジャレッド自身が身分の違いなど気にしていないため忘れがちになると、いつも彼女に気まずい思いをさせてしまう。何度も反省するのだが、自分が貴族だと自覚が薄いジャレッドはなかなか学習できなかった。


 ジャレッドはあくまでも魔術師として生きている。祖父母から世話になっているが、どうせ家督も継げないので貴族らしく生きる必要などないと考えていたのだ。

 それに男爵家は貴族の中でも階級は最下位であり、そこまで平民と違いがあるわけではない。儲かっている商家のほうがよほどいい暮らしをして権力をもっているはずだ。

 それでも貴族と付き合いがなかったクリスタにとってはやはり苦手意識があるようだ。


「じゃあ用があったらラーズを使ってくれ。あいつ、いつでも知らないうちに家の中に入ってくるから、もうお爺さまたちとも顔見知りだよ。この間なんて、魔獣討伐して帰ってきたら仲よく食事してたから驚いたよ……」

「私はその話を聞いて驚きだよ。ラーズくんもラーズくんだけど、ダウム男爵もダウム男爵だね」


 ここにはいない友人のことで笑う。


 ラーズは同じ王立学園の生徒だが、出自もなにも一切不明。学園にくることもジャレッド同様に少なく、とはいえ魔術師協会の依頼を受けているわけではない。そもそもジャレッドたちにはラーズが魔術師なのか、そうではないのかもわからないのだ。

 しかし、友人としてうまくやっている。

 破天荒というべきか、掴みどころのないマイペースな友人を思い、今どこでなにをしているのか心配になる。

 そんなときだった――。


「おおっ、ジャレッドではないか!」


 覚えのある声が聞こえ声の主に視線を向けると、今話していたラーズが手を振ってこちらにやってくる。


「なんだ、ラーズ。珍しく学園に顔をだしにきたのか?」

「なにか呼ばれた気がしてきたのだよ。というよりも、お前にだけは言われたくないぞ」

「ちょうどラーズくんの話をしてたんだよ?」

「私の話だと? まさか悪口ではないだろうな?」

「だったら目の前にいるお前に直接言うよ」

「そうだったな。私とジャレッドの出会いも――人様に迷惑かけるな馬鹿野郎、と頭を引っ叩かれたのがだからな。うむ。懐かしい」


 金髪を顎まで伸ばした線の細い少年ラーズが青い瞳を細め懐かしむ。


 ジャレッドとラーズ、そしてクリスタの出会いは入学式まで遡る。すでに家督の継げない長男として知られていたジャレッドが好奇と見下す視線にさらされている中、たった二人だけ違う生徒がいた。

 ひとりは怪しげな壺を売りつけようとしていて、もうひとりは引き攣った笑顔を浮かべてやんわり断っていた。言うまでもなくラーズとクリスタだった。

 明らかに困っているクリスタに気づかず遠慮するなと押し売ろうとするラーズの頭を、周囲からの視線のせいでたまった鬱憤をぶつけるべく引っ叩いたのが出会いだった。

 周囲はなぜか心底驚いた顔をしたのだが、ジャレッドは未だにその理由がわからない。むしろ、困っているクリスタを誰もが放っていたことが理解不能だった。


 そんなやり取りをした結果、なぜか親友と呼ばれ懐かれてしまった。ラーズはクリスタに押し売りの謝罪を兼ねて壺をプレゼントして、彼女のことも親友と認識した。

 未だよくわからない出会いだったが、振り返れば確かに懐かしい。心から友人と呼ぶことができる二人と出会えただけで学園に入学した意味があった。ラーズの頭を引っ叩いた甲斐もあったものだ。


「そういえば友よ、婚約したそうだな。実にめでたいぞ。だが、十歳も年上であることが納得できん。正室ではなく、側室にしてしまえ」

「お前、恐ろしいことをサラッと言うなよ!」

「いいではないか。聞き耳を立てていたとしても、この程度で怒るなら所詮その程度の器量だ、気にすることなどない。ジャレッドの正妻にはもっとふさわしい者がいるではないか!」

「誰だよ?」

「我が姉だ」

「いやぁ、お前と義理の兄弟になるのは嫌だなぁ」

「存外ひどいことを言うな、貴様は!」


 こうした他愛もない話ができる友人は貴重だ。学園内では派閥の関係、競争意識などのせいでギスギスしている空気がある。

ジャレッドが極力学園にこないのはそんな空気が好きではないからという理由もあった。

 ラーズは相変わらず変人で、自分とラーズのやり取りを見守りながらクリスタが微笑んでくれる。このような時間がずっと続けばいいと思う。


「おいっ! ジャレッド・マーフィー!」


 しかし、ジャレッドの願いは叶うことがなかった。


「おい、嘘だろ……面倒な奴がきたぞ」


 怒りの形相で教室に入ってきた少年たちを見て、ジャレッドがうんざりする。


「ラウレンツ・ヘリングと、その取り巻きどもだったな。私たちになんのようだ?」

「随分、おもしろいことになっているじゃないか? 僕を差し置いて宮廷魔術師候補だと?」


 ラウレンツと呼ばれた茶色い髪を伸ばした長身の少年と、彼の背後に三人の少年少女がこちらを睨んでいる。


「ちょ、ちょっと、マーフィーくんも、ラーズくんも教室で喧嘩はやめてね……」

「大丈夫、そこまで馬鹿なことはしないよ」


 ヘリング伯爵家の長男であり、地属性魔術師でもあるラウレンツは、大地属性魔術師であるジャレッドをライバル視しており、ことあるごとに突っかかってくる。

 昨日、オリヴィエとの婚約話をネタに突っかかってこなかったので内心安堵していたのだが、魔術師候補になったことがよほど気に入らなかったようだ。


「公爵家と縁を結んだことで、うまく魔術師協会に取り入ったようだな。しかし、お前が宮廷魔術師になるなど絶対に認めるものか!」





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