第21話 四天王

 敵を撃退し、村人達で残った死体の衣服や武器を回収していた。


 盗賊達は懐に回復アイテムなどを隠し持っており、町に到着したら売却できる物資は多い方が良かった。


「大丈夫かイヴ?」


「ええ、アーマーバンクルのおかげでノーダメージよ。体力の消耗が激しかっただけ」


「ああ。進化したばかりで力の加減がなかったからな。ずっと全力攻撃だったから疲れて当然だ。お疲れさん。ほれ、エリクシールだ」


「ありがとう、いただくわ……んっ、んくっ」


 小瓶の蓋を開けて液体をゴクゴク飲み干していくイヴ。


 フルーティな香りが鼻を抜け、甘い液体が舌を刺激しても爽やかな喉越しで通過していく。


「ふわぁ……助かった……」


 疲弊した精神までも回復したような気がしてイヴの心が軽くなる。


 実際に精神回復の効果があるのかは不明だったが、疲労した肉体のままでいるよりかなり楽だった。


(あれ……そういえば)


 ふと、自分の精神状態について思いを馳せると奇妙なことに気が付く。


「私、あれだけ人を殺したのに、心が荒んでない……」


 殺す事に躊躇はしなかった。

 躊躇すればこっちが殺される。そうじゃなくても自分の後ろには多くの仲間がいる。


 その人達が蹂躙される未来を、自分の躊躇で作り出すわけにはいかないから必死だっだ。


 だが、普通はあれだけの人数を殺害したら震えて動けなくなるはず。


 動き回った代償として心臓は高鳴っているものの、心の震えは全く無いことに気が付いた。


「それはブレイブリングウェポンの加護だな。その武器には『浄化ノ光』が付与されてるから心が荒(すさ)まないんだ」


(そっか、浄化ノ光は、魂をあるべき道に帰すって言ってたけど、それと関係あるのかな……)


「……よく分かんないけど、ファガンのおかげってことね。詳しく聞きたいところだけど、今は身体を休めたいわ」


「そうだな。あれだけの戦いの後じゃ体力を回復させても精神的な疲労は抜けないだろう」


「ファガンも、全員殺したの?」


「ああ。光の加護に任せて攻撃したら全員死んだ。相当業が深かったみたいだ。それに、イヴと同じものを背負いたかったからな」

「え?」

「イヴが守ろうとしたものを、俺様も守りたいって思ったからそうなったんだ」


「ファガン……」


 戦いの昂揚感からなのか、ファガンの顔が輝いて見える。

 正直今すぐ抱いて欲しいが、精神的な疲労の方が強くて抱き締められた胸板に身を任せていた。


「イヴ~~~~っ」


 戦いを終えて労をねぎらっていると、村の面々がイヴの元へと駆け寄ってくる。


「わわっ! シャロンッ」

「イヴ~~~っ、無事でよかったぁあ、いつの間にあんなに強くなったのよ~」


「あはは、色々あってね……みんな、怪我はなかった?」

「うん、ファガン様が守ってくださったから、みんな無傷だよ。イヴこそ無事で良かった。その姿は一体…それ、上級悪魔だよね?」


「う、うん、多分そうだと思う」


 シャロンと呼ばれた少女を皮切りに、村の面々が集まって戦いを終えた二人をねぎらった。


「さて、話したいことはあるだろうが、今は朝に備えて休もう。ファガン様も、警戒は我々が行いますのでお休みください」


「分かった、頼むよ」


「……」


 ファガンはイヴの手を引いてお姫様抱っこで持ち上げる。

 その姿があまりにも自然で、シャロンの目には2人が昔からのパートナーのように映ったという。


 ファガン達はそこから数日の間、順調にビューネルの町に向かっていった。




 ◇◇◇◇◇



 ~東の地・ハスタリアの町~


 ここはハスタリア。イヴ達が捕まって連れ去られる筈だった町である。


 その町の奴隷商館を牛耳る男『ジョマンダ・デブル』という男は、帰還した奴隷捕獲部隊から全滅の報告を受けていた。


「なんたることだっ!! スザク様への貢ぎ物の期限が迫っているというのにっ! 一人の奴隷も捕獲できずにおめおめと逃げ帰ってきたと言うのかッ!」


 執務机に拳を叩き付け、書類が衝撃によって宙を舞う。


 ガタリと椅子を成らして立ち上がった肥満体は腹の脂肪をデプンと揺らして声を荒げた。


「も、申し訳ありません……。邪魔が入りまして……」


 ジョマンダは逃げ帰ってきた部隊からの報告を聞いて、我が耳を疑った。


「くそっ……こんな馬鹿げた話をまともに報告できるものか……」


「で、ではどうするんで?」


「どうしようもない。グルアンまでやられたのでは下手に追っ手を差し向けても結果は同じだろう。ここは正直に事の顛末を報告するしかあるまい」


 ジョマンダは気が進まなかったが、報告しない訳にはいかないので、この町を収めている支配者「四天王」の元へといくことにした。


 町の中央に天へとそびえる塔が建っており、町のどこからでも見えるほど立派な建造物がある。


 ジョマンダは部下を引き連れて四天王の屋敷へと到着した。


 ここにはその一人、四天王『朱雀』とその配下が住まっている。


 大きな門構えから通路を通り、噴水のある庭を通って正面玄関に辿り着いた。


「ジョマンダ・デブルでございます。ご報告したい議がございまして……」


 ノッカーを叩いてその場でしゃべり出す。


 すると誰にも触れていない筈のドアがひとりでに開きだし、彼らを中へと招くように順番に照明が灯っていく。


「いくぞ……」


 ゴクリ……


 喉が鳴り、緊張と共に歩を進めていく。順番に灯っていく回廊を進んでいき、やがて辿り着いた主人の間の扉を開く。


 そこは玉座の間となっており、シンメトリーにデザインされた部屋の中央には立派な玉座がある。


 宝石の散りばめられた椅子には既に誰かが鎮座しており、焦る気持ちを抑えてその者の元へと静かに歩を進めていった。


 そこには三つの影が浮かぶ。


 一つは小柄な女。炎のように赤とオレンジ色が混じった髪の色は、まさしく燃え盛る火炎のようである。


 小さな身体は子供と見紛うほどであり、悪戯っぽい笑顔は邪悪さの欠片もないように見える。


 一つは巨躯の男。ダイヤモンドが光を吸い取ったような白銀を湛えた鎧を纏いし巨漢だった。


 その髪色はやはり白銀色に輝いており、プラチナのように光っている。


 そしてその中央。漆黒の中にあってその瞳に湛えた闇の深さは一際深く、そして淀みがない深遠な黒を湛えたローブを纏った男。


 この男がもっとも軽装であり、もっとも深い闇を湛えており、その澄み渡るような瞳と青い髪は、一際強い恐ろしさを含んでいた。

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