第7話 雨と傘

「負けた?」


 勝負は一瞬いっしゅんでついた。


 小さなカッパがその小さな体型を活かし、ヒロの足元にもぐりこんで転ばしたのだ。


「カッカッカッ。ケガはないか?」

 行司をやっていた大きなカッパがゆっくりと起こしてくれた。


「大丈夫。でも強いなあ。なんにもできなかった」

「大人のカッパでも油断すると、あいつに足元をすくわれるからな」

「すごい。カッパは本当にすもうが上手いんだね」

「どうだ。もう一勝負やるか」

「うん! やりたい!」


 小さなカッパとヒロは、しこをふんでからもう一度向かい合う。

 今度は油断しないで、しっかりと目の前にいる相手を見すえる。


「はっけよーい!」


 体は小さくても相手はカッパだ。すもうの技では勝てないだろう。

 そう判断したヒロは、自分が持っている技を活かすことにした。


「のこった!」


 開始の合図とともに小さなカッパがすばやく動く。

 ちょこまかと土俵の中を動き回って相手を混乱させる戦法だ。

 このすばやい動きについてこられず、目を回す大人のカッパも少なくない。

 しかし……。


「そこだ!」


 いつも教室でクラスメイトを見守っているヒロの目は、決して見のがさなかった。

 どんな時でも相手のことをしっかりと観察する。

 あわてず、さわがず、冷静に状況を判断しながら行動する。

 だからこそヒロは、学級委員長をやっていけるのだ。


「クエッ!?」

「よし! つかまえたぞ!」


 また、ヒロは本をたくさん読んでいるから妖怪にくわしい。

 カッパの体は水でぬれていてすべりやすい。

 そこで、つかみやすい背中の甲羅をしっかりとつかんだ。


「クエッ! クエッ!」

 カッパは、なんとか抜け出そうと必死にもがく。


「絶対に! はなさない!」

 ヒロも手に力を込めて足にふんばりをきかせる。


「がんばれー!」

「負けるなー!」

「そこだ! 投げろ!」


 人間と妖怪のすもうは、みんなの注目を浴びるほど盛り上がっていく。

 カッパが相手の体を突きはなそうと水かきでおしてくる。

 ヒロは、甲羅をつかんだまま右に左にゆさぶりをかける。


「のこった! のこったー!」

 行司のカッパは、土俵をあっちこっちと移動しながら勝負を見守る。


 ヒロが甲羅をつかんだまま投げようとする。

 カッパは足をすくおうと動き回る。

「うわっ!」

「クエッ!」


 同時に勝負をしかけたヒロとカッパの体がいっしょに土俵にたおれた。


「おおっ!」


「どっちだ。どっちが勝った?」


「人間か? それともカッパか?」


 みんなの視線が行司に集まる。


 体の大きなカッパは、ヤツデの葉っぱを一方に向けてさけんだ。










「カッパの勝ちぃぃぃ!」


「クエーッ!」

 小さなカッパは、うれしそうに立ち上がって土俵にもどっていく。


「残念。負けちゃった」

 ヒロも土俵にもどって向かい合い、頭を下げてあいさつする。


「二人ともよかったぞー! よくがんばったなー!」

 周りからは、大きな歓声かんせいと割れんばかりの拍手はくしゅが送られた。


「やっぱり強いなあ」

 ヒロは、くやしそうに頭をかきながら土俵を出た。


「がんばったね」

 鬼丸は、ヒロの背中についていた土をはらってやる。


「カッカッカッ。初めてにしては、なかなかよかったぞ」

「ありがとう。ぼくもすごく楽しかったよ」

「そりゃよかった。じゃあ今度は、行司をやってもらおうか」

「みんなもがんばってね」

「おう。すもうが終わったらいいものが待っているぞ」

「いいもの?」

 ヒロと鬼丸は、なんだろう、と顔を見合わせる。


「ほら、あそこを見てみろよ」

 カッパは、川から少しはなれた岩の上にあるものを指さす。

 そこには緑色の細長いものがたくさん置かれているようだ。


「わかった。カッパが大好きなものと言えばきゅうりだね」

「カッカッカッ! 正解だ! すごくうまいから楽しみにしていろよ!」

「クエーッ! クエーッ!」

「クエッ! クエッ!」

 みんな早く食べたくて仕方ないのか、くちばしを何度も開け閉めしている。


「よーし! ぼくもがんばるぞ!」

 さっそくヒロは、ヤツデの葉っぱをにぎって土俵に立つ。


「クエッ」

「クエーッ」

 東と西の方角から体格の異なるカッパがそれぞれやってくる。

 一方はやせていて背の高いカッパで、もう一方は太っていて背の低いカッパだ。

 しかし、どちらの甲羅も大きくて、うでや足にも筋肉がしっかりと付いている。

 互いに塩をまいてから、ゆっくりと土俵の内に入ってきた。

 はたしてどちらが勝つのか。ヒロはいろいろな意味でワクワクしてくる。


「フレフレ! カッパ! がんばれがんばれ! カッパ! おおー!」

 鬼丸が今日一番の大きな声を出して声援を送っている。


「見合って見合って!」

 いよいよ準備が整い、東と西のカッパがぶつかり合う時が来た。


「はっけよーい!」

 勝負を始める合図が発せられ、ヒロはヤツデの葉っぱをふろうとする。


「クエ?」

 最初に気づいたのは、さっきすもうをとったばかりの小さなカッパだった。


「あっ」

 おくれて鬼丸が気づき、他のカッパたちも続々と空を見上げていく。


 行司という大事な役目を任されていたヒロも顔をあげるしかなかった。

「雨だ!」


 カッパたちの勝負に水を差すような雨が降ってきたからだ。

 さっきまで顔を出していた太陽は、いつの間にかどんよりと暗い雲にかくれている。

 羽を休めていた鳥が山の中へ急いで飛んでいく。

 川の魚は、大きくとびはねてポチャリと音をたてる。

 岩場にいた小さなカニたちも横歩きで去っていく。


 ポツポツと降り始めた雨は、次第に雨足が強まっていく。

 そのうちバケツをひっくり返したようなどしゃ降りに変わっていった。

「山の天気が変わりやすいっていうのは本当だね」

「この雨の中ですもうをやるのはむずかしいかな」

 ヒロと鬼丸もすぐに土俵からはなれて木の下にかくれることにした。

 木の枝や葉っぱが雨を防いでくれるけれど、その間を抜けて雨が落ちてくる。


「カッカッカッ! カッカッカッ!」

「クエーッ! クエーッ!」

「クエッ! クエッ!」

 カッパたちにとってはめぐみの雨らしい。みんな楽しそうにとんだりはねたりして頭の皿をぬらしている。

 川から少しはなれた岩の上に置いてあるきゅうりも雨に降られ続けている。


「このまま雨が止まなかったらどうしよう」

「このあたりに雷が落ちないかも心配ね」

 ヒロと鬼丸がにげてきた木はそれなりに大きい。

 雨宿りにはそれなりに役立っているが、もし雷が鳴り出したらすぐにはなれないと危ないだろう。


「どこかにかさでもあればいいんだけど」

 辺りを見回しても木や岩ばかりで傘なんてあるわけがなかった。

 ヒロは、ため息をつきながらヤツデの葉っぱでなんとかしようかと考える。


「お任せくださ~い」

 雨音にまじってどこからか声が聞こえてきた。


「鬼丸さん。なにか言った?」

「ううん。あたしじゃないよ」

「雨をしのぎたいならお任せくださ~い」

 声がしたのは空からだった。

 雨といっしょになにかが降ってくる。


「はいはいっと。お待たせしました~」


 突然、ヒロたちの目の前に傘が現れた。

 それもふつうの傘ではない。しゃべる傘だ。


唐傘からかさおばけだ!」

 ヒロは、本で読んだその妖怪の名前をさけんでいた。

 唐傘おばけには大きな目玉があり、持ち手の部分は一本足で下駄げたをはいている。


「唐傘おばけさんって空も飛べるんだね。知らなかったよ」

「雨に降られて困っている人のところならどこへでも参上しますよ~」

 唐傘おばけは、長い舌をべろべろと動かして怖がらせようとする。

 けれどヒロは、おもしろがるばかりでまったく怖がる気配がない。


「あなたがうわさの人の子ですか。本当に怖がらないんですね~」

「ぼく、妖怪が大好きだから」

「おもしろい子ですね~。雨が強くなってきましたからお入りくださ~い」

「ありがとう。助かったよ」

 すぐにヒロは、唐傘おばけの下に入って雨宿りさせてもらうことにした。


「鬼の子も早くお入りくださ~い」

「でも……」

 なぜか鬼丸は、傘に入ろうとしないで雨にぬれたままでいる。


「鬼丸さん。風邪をひいたら学校に行けなくなるよ?」

 休み明けの月曜日には、鬼丸の好きな体育や理科の授業がある。

 そのうえ給食の時間には、あまくておいしいプリンが出てくる予定だ。

 風邪をひいてしまったらそのどちらも楽しめなくなってしまう。

「ほら。早く入って」

「う、うん……」

 しばらく迷っていた鬼丸がようやく唐傘おばけの下に入ってきた。

「鬼丸さん。今日は連れてきてくれてありがとう」

「うん……」

「早く雨が上がるといいね」

「……」

 ヒロと鬼丸は、傘の下で肩を寄せ合って雨が止むのを待った。

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