第5話 鬼丸あかりは

 日はすっかり落ちて、すでに辺りは暗くなっている。


 空には丸い月がのぼり、木々の間から光がほんの少しだけもれている。


 どこかでフクロウの鳴き声が不気味に聞こえ、虫の鳴く声も大きくなっていく。


 かまいたちの三兄弟が切りたおした木は、体の大きな妖怪たちが片づけてくれることになった。


「気をつけて帰れよー」


「さようならー!」


 たくさんの妖怪たちに見送られたヒロは、家へ帰るために急いで山をおりていく。


 裏山は一本道とはいえ、夜は足元が見えづらくて危ない。


 だから、入口まで鬼丸がいっしょに来てくれることになった。


「送ってくれてありがとう」


「うん……」


 さっきまではきはきしゃべっていた鬼丸は、どこへ行ってしまったのだろうか。


 ヒロを前にするとうまく話せない、いつもの彼女にもどってしまっている。


 そこで会話が止まったまま、二人はなにも言わずに山を下りていく。


「あ、そうだ。渡すものがあったんだ」


 裏山の入口に着いて別れようとしたところで、ヒロは大事なことを思い出した。


「このお守り、鬼丸さんのでしょ? 道ばたに落ちていたから拾っておいたんだ」


 これがあったおかげで木を切ったのがだれなのか、ヒロは気づくことができた。


 木を切りたおした妖怪を見つけるための立派な証拠しょうこというやつだ。


「そっか。これを持っていたから来られたんだね」


 お守りを受け取った鬼丸も、なにかに気づいたようなことを言う。


「そういえばずっと気になっていたことがあるんだけど、聞いてもいいかな」


「なに?」


「どうして妖怪たちは、鬼丸さんのことを鬼の子って呼んでいたんだろう」


「それは……」


 鬼丸は少しうつむいた後、頭にまいているオレンジ色のバンダナをゆっくりと外す。


 両手で髪をかき分けると、頭のてっぺんがはっきりと見えるようになった。


「え?」


 ヒロの目が鬼丸の頭に釘付けになる。


 なぜならそこには、白い角が生えているのだから。


「あっ!」


 そこでヒロは、ようやく気づいた。


 鬼丸が鬼の子と呼ばれていた理由と、自分の前でだけうまく話せない理由を。


「そうか。鬼丸さんは、本物の鬼だったんだね」


 さっきまでたくさんの妖怪と話していたヒロでさえも、おどろきをかくせなかった。


「そう。あたしは鬼。かくしていてごめんなさい」


 鬼丸が頭を下げると、白い角がさらにはっきりと見えるようになった。


「どうして妖怪の鬼丸さんが、人間の学校に通っているの?」


「昔から人間の世界に興味があったんだ。おいしそうな食べ物とか楽しそうな遊びとか。お父さんとお母さんに相談したら、角が小さい子どものうちなら学校に通っていいって。だから、人間に気づかれないように髪とバンダナでずっと角をかくしていたの」


 動物や植物にくわしいのは、妖怪の世界の山でずっと暮らしているから。

 鬼は節分で「鬼は外! 福は内!」と豆をまかれるせいで豆がきらいだ。

 また、神聖なくだものと言われる桃も苦手と本に書かれている。

 鬼は桃太郎が苦手だから、という友だちの冗談は真実だったのだ。

 いつもグラウンドを走り回っている鬼丸が鬼ごっこに絶対参加しなかったのは、周りに鬼だと気づかれないようにするためだったのだろう。


「じゃあ、朝読書の時間におどろいたのも、本の表紙を見たからなんだね?」

「うん。あたしが人間じゃなくて鬼だって気づかれたと思ったから。あの時はごめんね。あたしもきみと仲よくなりたかったんだけど、どうしてもうまく話せないの」


 ずっと不思議に思っていたことに、一つ一つ答え合わせが行われていくようだった。


 鬼丸は持っていたお守りを開き、中に入っていたものを取り出して見せる。


 彼女の手のひらに転がったのは、白くとがった角だった。


「人間の歯は、生え変わる時に古い歯が抜けるでしょ。鬼の角も同じように生え変わるの。これはお父さんの古い角で、あたしはお守りとして持っている。きみが妖怪の世界への道を見つけて入ってこられたのは、この角を持っていたからなんだよ」


「それなら今日、ぼくが妖怪に会えたのは鬼丸さんのおかげだね。ありがとう」


「お礼を言うのはあたしのほうだよ。さっきは助けてくれてありがとう」


「気にしなくていいよ。ぼくと鬼丸さんは、同じクラスの仲間なんだから」


 いつの間にか鬼丸と自然と話せるようになっていたヒロは、うれしくなってくる。


「仲間……」


 けれど、なぜか彼女の表情は、どんよりと暗いままだ。


「あたし、もう学校には行けない」


「えぇ! なんで?」


 せっかく仲よくなれそうだったのに、どうしてそんな悲しいことを言うのだろう。


「あたしが鬼だって知られちゃったから。だって人間は、鬼を怖がる生きものでしょ?」


 鬼丸の目がうるみ、今にもなみだがこぼれ落ちそうになる。


「こういう時、どうしたらいいんだろう」


 ヒロも悲しみがこみあげてきて、なにを言えばいいのかわからなくなる。


 けれど、すぐに頭をふりしぼって名案を思いつく。


「だったら、みんなには秘密にすればいいんじゃないかな」


「え?」


「鬼丸さんが鬼だってことは秘密にする。妖怪の世界に通じる道があることも、それから今日あったことも、友だちにも家族にもだれにも言わない。絶対に言わないよ!」


「本当に? 本当にいいの?」


「約束する。うそついたら針千本飲ませていいよ」


「えぇー! 人間はうそついたら針を千本も飲むの⁉」


 初めて教室であいさつした時よりもずっと大きな声が山にこだまする。


 その声におどろいたフクロウが鳴くのをやめて飛び立っていく。


「鬼丸さんはどうしたい? これからも学校に通いたくない?」


「……通いたい。だけど、桃太郎は鬼を退治するんじゃないの?」


「モモタロウは、ただのあだ名だよ。鬼丸さんはクラスメイトだし、学級委員長のぼくがケンカしたらみんなに怒られちゃうよ」


 もし本当にそんなことをしたらすぐさま学級裁判が行われるだろう。


 鬼丸がおずおずと口を開く。


「あたしも、きみに聞きたいことがある」


「なに?」


 鬼丸がヒロに対して質問するのは、これが初めてのことだった。


「どうしてあたしが木をたおしていないと思ったの?」


「鬼丸さんはクラスで生きもの係をやってるでしょ。だからだよ」


「それだけ? 本当にそれだけでやってないと思ったの?」


「うん。鬼丸さんは生きもの係としてお花に水をやったり、メダカにえさをやったり、毎日まじめにやってくれてるから」


 ある日、校庭に入ってきたねこが木に登ったまま下りられなくなったことがあった。

 みんながどうしようかなやんでいる時、鬼丸は迷うことなく木に登ってねこを救ったことがある。しかも彼女は、木が傷つかないようにくつをぬいではだしで登っていた。

 その時のねこは、鬼丸に感謝するかのように足にすり寄ってあまえていた。


 また、グラウンドでサッカーをしている時にボールが花だんへ飛んでいくことはよくある。そんな時、鬼丸は、なんとかボールを止めようと必死に走る。うっかり当たった時は、すぐにサッカーをやめて、彼女は休み時間が終わるまでずっと花の調子を見てやる。


 そんな鬼丸の姿をずっと見ていたから、ヒロは彼女と仲よくなりたいと思ったのだ。


「生きものを大事にする鬼丸さんが、木をたおすわけないと思ったんだよ」


 鬼丸はしばらくだまっていたが、やがてぽつりと言葉をもらす。


「そっか。そうだったんだね」


 暗くて表情は見えないけれど、声には明るさがもどっているようだった。


「人間って不思議な生きものだね」


「怖い?」


 ヒロは不安そうにたずねる。


「ううん。おもしろい。もっと知りたくなっちゃった」


 月の光に照らされた鬼丸の顔には、今まで見たことのなかった笑みがうかんでいる。


「それなら、また学校で会おうよ!」


 ヒロは、笑顔で手を大きくふる。


「うんっ! またね!」


 手をふり返す鬼丸の目からは、なみだがこぼれていた。

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