第3話 切られたものは

 かくして妖怪裁判は始まった。


 ヒロと天狗を中心にして、右側に一つ目小僧、左側に鬼丸が立つ。


 他の妖怪たちは、彼らを取り囲むようにして立ったり座ったり飛んだりしながら裁判の様子を見守っている。


 ヒロは、いつもの学級裁判と同じように聞き取りやすい声でお願いする。

「最初に一つ目小僧さん。たおれた木を見つけた時のことをくわしく教えてください」


 一つ目小僧は、うなずいてから話し出す。

「おう。おいらがこの道を歩いてきたら突然大きな音が聞こえてきたんだ。なにかあったのかと思ってかけつけたら木がたおれていた。すぐそばには鬼の子が立っていて、他にはだれもいなかったぞ。おいらが歩いてきた道には、だれも来なかった。だから、鬼の子がやったに決まってるぜ。鬼は力が強いからな。手で木を折るなんてわけないさ!」

 興奮気味こうふんぎみに鼻息をあらくさせて話し終えた。


「次に鬼丸さん。たおれた木を見つけた時のことを教えてください」


 少し不安そうな表情をしている鬼丸もゆっくりと話し始める。

「あたしが山を登ってここに来た時には、もう木がかたむいてたよ。朝見た時はしっかり立っていたのに、どうしたんだろうと思っていたらどんどんかたむいていって、最後にはバキバキーってたおれちゃった。ここにはだれもいなかったし、山道でもだれとも会わなかった。でも、あたしは木に指一本さわってないよ。うそじゃない。本当だからね!」

 ヒロの前ではうまく話せない鬼丸も、今は自分の意見をしっかりと述べている。


「二人とも、ありがとうございました。他にも気づいたことや思い出したことがあれば、どんなことでもいいから教えてください。お願いします」


 ヒロは、二人の話をしっかり聞いて頭の中で考えを整理していく。

 一つ目小僧と鬼丸の話に共通するのは、木をたおした人を見ていないということ。


 山の入口の一本道からは、鬼丸。

 もう片方の道からは、一つ目小僧が歩いてきた。

 それなのに、どちらにも見つからずに姿を消してしまっている。


 ヒロが見つけた不思議な道には足あとがついていた。

 しかし、あったのは鬼丸のくつの足あとだけ。

 他の足あとはどこにも残っていなかった。

 木をたおした妖怪は、どうやってこの場からいなくなったのか。


「姿が見えないようにした? 空を飛んだ? それとも土の中にもぐったのかな?」

 ヒロがあれこれ考えながら言葉にしてみる。


 妖怪とはいえ、それぞれできることとできないことがある。

 そのために妖怪の特ちょうをしっかり検討していく必要がある。

 例えば、ろくろ首は首を長く伸ばすことができるけれど、手足を長く伸ばすことはできない。

 砂かけばばあは、いつでもどこでも砂を飛ばすことができるけれど、砂以外のものを飛ばすことはできないのだ。


「ううむ。もしかすると、どちらかがうそをついているのではないか」

 天狗がうでを組みながらうなり声をあげる。

「おいらはうそをついてねぇ。この目がうそをついているように見えるか?」

「あたしもうそなんかついてないよ。この角にちかって本当のことを話してるからね」

 一つ目小僧は目玉を指さし、鬼丸は頭に巻いたバンダナをさわりながら話す。

「すまんすまん。わしが悪かった。しかし、二人ともうそをついてないとなると、これはいったいどういうことじゃ。だれか他に木がたおれるところを見た者はおらんのか?」

 天狗は他の妖怪たちにたずねるが、首をかしげたり横にふったりするだけだった。

「ううむ。困ったぞ。これでは、だれが木をたおしたのかわからないではないか」

 天狗の顔のしわがどんどん深く険しくなっていく。


「まだです。まだわかっていないことがあります。それを先に確かめましょう」

 ヒロは、道の真ん中にたおれている木に近づく。

 みきは細いけれど、太い枝には緑色の葉っぱがたくさん付いている。

 このまま順調に成長していれば、ちょっとやそっとの風ではたおれない、立派な木になっていたかもしれない。

「かわいそうに……」

 ヒロの口から言葉がもれる。

 けれど今は、真実を見つけることが大事だ。


「なにか他に手がかりになるものを探そう」

 木の下の方に目を向けると、刃物で切ったようなあとが付いていることに気づいた。

「たしかこれは……」

 ヒロは、似たようなものを昔見たことを思い出す。

 祖父が古い木を切りたおすためにチェーンソーでななめに切れ目を入れた時だ。そうしておくことで木をたおしやすくできるのだ。

「まさか、おじいちゃんが……いやいや、そんなわけないよ」

 祖父が妖怪の世界へ入ってこられるわけがない、と首を横にふる。

「もしかしたら、刃物がどこかに落ちているかもしれない」

 木々の根元や妖怪たちがひそんでいた草むらをかき分けて確認しておく。

 しかしそこには、ノコギリどころか石ころ一つ落ちていなかった。

「刃物は落ちていないか。でも、一つわかったことがあるぞ」


 地面に落ちている細い枝を見つけたヒロは、たおれている細い木と見比べてあることを思いつく。

「一つ目小僧さんは、鬼丸さんが手で木を折ったと言っていましたね」

「ああ、そうだ。それしか考えられないからな」

 一つ目小僧がはっきりと答える。

「だけど、この木を見てください。これは刃物で切られたあとにまちがいありません」

 ヒロは、たおれた木の刃物で切ったようなあとを指さす。

 周りに集まっていた妖怪たちも近づいて見つめたり触ったりして確かめる。

「もし本当に手で折っていたらこんなにきれいには折れませんよ。鬼丸さんは刃物を持っていないんだから、木を切った人は別にいるはずです。今からそれを証明してみせます」

 すぐにヒロは、地面に落ちていた細い枝を両手で折った。

 パキッといういい音をさせた一本の枝は、真ん中のあたりで折れ曲がる。まだくっついているので、力いっぱいひっぱって二本にした。


「この枝の断面とたおれた木を比べて見てください。ちがいがわかりますか?」

 周りに立っている妖怪たちがしっかりと見ようと近づいていく。

「ぼくが手で折った枝はギザギザしています。だけど、たおれている木の断面はスベスベです。だから、この木は手でたおされたのではなく刃物で切られたんです」

 すぐ目の前まで妖怪が迫ってきているのに、ヒロは顔色一つ変えずに説明を続ける。

「どれ。わしもやってみようか。えいやっ!」

 天狗もヒロの言っていることが正しいのかどうか確認するため、同じように木の枝を折ってみた。結果は同じく、ギザギザとした断面になったようだ。


「だまされないぞ。鬼の子が刃物をかくしている可能性だってあるだろう」

 まだ納得していない一つ目小僧は、鬼丸の背中を指さす。

「鬼丸さん。ランドセルの中を見せてもらってもいいですか?」

 ヒロがお願いすると、彼女はすぐに背中のランドセルの中を見せる。

「あ、あたしは、刃物も金棒かなぼうも持ってないよ! 本当だからね!」

 中には教科書やノート、筆箱や図書室から借りた本が入っているだけだった。

「どうやら鬼の子が言っているのは本当みたいよ」

「切れそうなものは、なんにも入ってないぞ」

 ろくろ首と一反木綿がカッターナイフ一本ないことを確認すると、周りを囲んでいた妖怪たちも深くうなずいて納得する。


「手で折られたのではなく刃物で切られたのはわかった。でもな、鬼の子がやったんじゃないのなら木を切ったのはだれなんだ。そいつはどこへ行ったっていうんだよ」

 だが一つ目小僧は、あいかわらず疑いの眼差まなざしを鬼丸に向けたままでいる。


「ううむ。この山に刃物を持った妖怪はおったかのう」

 天狗は、長い鼻の先をさわりながらなんとか思い出そうとしている。


「うちには料理に使う包丁があるけど、木なんか切ったら刃こぼれしちまうよ」

 砂かけばばあが手をふって否定すると砂がこぼれていく。


「これはむずかしい問題だ」

 ヒロは、頭に手を当てて深く考え込む。


 木を切りたおした妖怪は、だれにも見つからず、どうやって立ち去ったのか。

「なんだろう。なにか大事なことを忘れているような気がする」

 気になっていることはあるけれど、それがなんなのかうまく思い出せない。


「刃物を持ったままだれにも気づかれないように動ける妖怪なんているかな」

 鋭い目つきの一つ目小僧。

 うなってばかりの天狗。

 空に浮かぶ一反木綿。

 長い首をかしげているろくろ首。

 砂をこぼしている砂かけばばあ。

 その他たくさんの妖怪たちに目を向けていく。


「みんな刃物なんか持っていないし、姿を消せない妖怪ばかりだ。いったいだれが……」


 ふとヒロの視界に鬼丸の赤いランドセルが入ってくる。


 彼女のランドセルには、刃物で切られたような小さなきずが付いていた。


「あっ!」


 そこでハッとひらめいた。


 ヒロはすぐに拾ったお守りのひもを見ると、ランドセルと同じように刃物で切られたあとが残っていることに気がついた。


「そうか。そうだったんだ」


 お守りをにぎった手を空高くかかげて宣言する。


「木を切ったのがだれなのか、わかったよ!」

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