第3話 暗黒時代とはどなたですか?
殿下の発言にざわつく会場。
皆様、暗黒時代と言うけれど、あの時代は少なくとも今の社交界なんかと比べたらそれはそれは穏やかで平和な時代だったと声を大にして言いたい。
もちろん、信じてもらえないだろうし、時間の無駄にしかならないことはやらないに限る。
「そういうわけだが……そうだな。まずは」
彼は椅子から立ち上がったかと思えば、私たちのテーブルに空いた席に腰かけた。
周囲からはヒソヒソ声が聞こえるけれど、まあ彼がここに来るのは当然のことだろう。このテーブルに集められたのは、皆国内トップクラスの家のご令嬢ばかりなのだから。
それでも四人のうち二人が──もちろん私のことでもなければブリストル様のことでもない──騒がしかったのだから、貴族令嬢の真の顔など推して知るべしだ。
「まずは自己紹介をしてくれるか?」
「かしこまりました」
私と同じテーブルの皆が殿下の言葉に返事をする。最初は筆頭公爵の娘であるブリストル様からだ。
「殿下。もうわたくしのことはご存知かと思いますが、アマルナ・ブリストルでございます。わたくしたちの関係では今更ですわよね」
「……それもそうだな」
アマルナ様はこの程度で私がぎゃふんと言うと思ったのだろうか。思ったに違いない。顔に出ている。
でも、この程度では私がぎゃふんと言うはずがない。何と言っても私の前世は暗黒時代の女神なのだ。気にするレベルではない。大歓迎だ。
何ならあの騎士様の資料とかあったら読みたい。読んでみたい。殿下の視線がこちらに向けられる。
そもそも、彼女の事情はわかっているのだ。アマルナ様の番が終わり、殿下の視線が私の方を向く。
「ブレシア・ロッテルダムでございます。わたくしは殿下が暗黒時代の研究をなさることで、当時の民の暮らしがどのようであったかが解明される日を願っております」
「民の、暮らしを」
「はい。きっとその時代を生きた方々は自分たちが生きる時代を暗黒時代だとは思っていなかったでしょうから」
殿下の金の瞳が見開かれる。そんなに驚くことなのだろうか。まあ、忌避されていると言われればそうなのだけれど。
とはいえ、婚約者である必要はないと言われたら頷くしかない。むしろお断りだ。
妃教育なんて受けていたら、あの騎士様のことを調べる時間がつぶれてしまう。
だから誰か婚約者になって、それからついでに私に王宮書庫の禁書閲覧権あたりをくれたりはしないだろうか……と自分に都合のいいことを考えていた。
そんな間にも他の二人の令嬢の挨拶を聞き終えたらしい彼は、早々に他のテーブルに向かってしまわれた。
ついうっかり殿下の心の声を聞きそびれてしまったけれど、万一聞いていたらそれはそれで問題になるかもしれないので、聞かなくてよかったということにしよう。うん。
「……ちょっと、聞いております!?」
「はい?」
「ブレシア様、貴女様は暗黒時代のことに興味ありますと殿下にご無礼なことを言っていたけれど」
無礼ではないと思う。だって、暗黒時代は殿下の好きな研究対象なのだ。暗黒時代に生きた私は暗黒時代が大好きだ。そのことを伝えて何が悪いのだろう?
「私は暗黒時代のことが大好きですもの」
「あらあら。でしたらそのようなドレスではなく、もっと質素なものをお召しになってはいかがですか?」
「私もそうしたいのはやまやまなのですが、兄が許してくれないのです」
「上手く言ったつもりですの? 貴女、聖女の名家に生まれたのにあの暗黒時代を好きだと言うなんて、呪われますわよ?」
「その言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ」
「何ですって……!」
アマルナ様の顔が真っ赤に染まる。でも、嘘はついていない。
兄は私がラフな服装をしていると「昼間から寝巻きでうろつくな」と煩いのだ。ここでいうラフな服装とはつまり、暗黒時代に私が女神だった時に身に纏っていたような服装だ。
素足を晒すなとか、夜会でもないのに胸元が開き気味の服装を着るなとかいったことに対する厳しさは国内随一だろう。たぶん。
「ダメー!」という言葉と共に両腕を交差させる姿を何度見たことやら。
普通なら、服装よりパン投げの方を咎めるべきではないか──もちろんやめるつもりはない──と思ってしまう。
収穫したてほやほやのニンジンの葉を舐めたりと、いつもふざけている兄だけれど、私にはちょっと厳しいのだ。
本当に楽な格好でいたい。暗黒時代万歳! 私は勢い余って立ち上がり、ついには同じ席の皆様の前で叫んでいた。
「私は暗黒時代を愛しておりますっ!」
「まあ! それなら暗黒時代と婚約してはどうでしょう?」
同じテーブルを囲んでいたどこかの家のご令嬢が名案とばかりに声を上げる。
ちなみに私は
──後ろに何者かの気配を感じた私は、振り返ることなく目の前のスコーンを
目の前のご令嬢方の顔色が真っ青になる。
「いはほははひは、ほんほおはほは?」
「どちら様でしょう? この茶会に殿方は」
私がついにその声に振り返ると。そこには口にスコーンがつまっている殿下がいらっしゃった。
今この庭園にいる殿方など、殿下かその侍従の方以外ありえなかった。
口に入ってしまったスコーンを吐き出さずにしっかりと食べるあたり、育ちがいいと思う。
「まあ! 大変失礼いたしました! そちらお土産ですっ」
「……そもそも、これは王家が企画した茶会なのだが」
「そうでしたねっ重ね重ね失礼いたしました」
私が何もなかったかのようにお辞儀をすると、彼から不穏な気配が感じられた。再び顔を上げると。
「……気に入った」
「何かおっしゃいました殿下?」
「いや」
私の質問に答えを返してくださらない殿下。不敬とか忘れて、試しに心を読んでみても、何も伝わってこない。思考停止しているのだろうか。
その後は「どうにでもなれ」と、同じテーブルを囲った令嬢方にダメ出しされながらも、私はお茶菓子を頬張り続けた……のだけれど。
──それから、数日後。
「ブレシア。王家から手紙が届いているよ」
「お兄様? 何で王家……これはっ!?」
そこに綴られていたのは、婚約を許可するという一文と、国王陛下と父のサインだった。
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