第2話 新たな生活

もういない人達のことを考えていても仕方ない。私だってやらねばいけないことが、生きて行くために覚えなければいけないことが山積みだった。


それから私は范師匠ので養女になった。芙楊ふようと名付けられた。


師匠の奥さんは『お母さん』と呼んでいた。娘さんは『お姉ちゃん』と呼んでいた。范一家は薬師の仕事をしていた。私も言葉や書き取り、色々な生活習慣を皆から教えてもらいながら、家の手伝いもしていた。


楽しかった……初めて楽しいという感覚が分かった。食べ物は美味しい。服が綺麗、色が可愛い。お姉ちゃんが綺麗で優しい。それを覚えたての言葉で楊那お姉ちゃんに伝えたら、抱き締められながら泣かれたのも、くすぐったい思い出の一つだ。


私は范一家の元ですくすくと元気に育っていった。


この村の名は都より少し離れた所にある。緑斗りょくと村という。


村の中には食堂もあり、雑貨屋、服屋、なかなか大きな村だった。その村の中にある鍛冶屋の次男の壬 狼緋じんろうひが私の初めて出来た友達だった。


狼緋は生まれつき声が出なかった。でも耳が聞こえるので文字で会話は成り立つ。こちらの言う事は分かるので、頷いたり首を振ったりで私とも意思疎通は可能だった。文字を覚えようと頑張れたのも、もっと狼緋と会話をしたい為だった。


でもって、狼緋はとても優しかった。他人との距離感が分からない私とも、根気よく遊びに付き合ってくれ、言葉を沢山教えてくれた。狼緋と居ると、とても楽しくて幸せだった。


「私ね、狼緋と居ると幸せだよ~ずっと一緒に居てね」


覚えたて言葉でそう狼緋に言うと、彼はそれは嬉しそうな顔で微笑んでくれた。今思えば男女の告白と捉えかねない発言だったけれど、当時まだ人間らしい生活に慣れ始めの私には、その言葉の深い意味はよく分かっていなかった。


それから狼緋と私は仲良く大人になった。狼緋は成長しても変わらず優しくて、私の大事な大事な友達だった。狼緋が鍛冶をしている背中を眺めるのが私の日課になり、そして十五才になったある日……


「師匠~お山に針葉実の葉を摘みに行って来ますね!」


師匠は最近は腰が痛いな~とか言っているので、山奥までの薬草摘みは専ら私の仕事だ。お母さんが竹の皮に包んだ飯巻きと野菜の塩漬けを渡してくれた。楊那姉さんが白磁路しろじろの葉のお茶を水筒に入れてくれ持たせてくれた。


「日差しが強くなってきたから、水分はよく取ってね」


楊那姉さんはちょっと体が弱いので山歩きは出来ないので、姉さんは裏の畑の薬草栽培が主な仕事だ。


姉さんからお茶の水筒を受け取ると、たすき掛けにした皮袋に入れて出発した。


「行って来ますーー!」


「気を付けてね」


お母さんの笑顔に手を振り返す。ああ、幸せだな……この時まではそう思っていた。


山で薬草を摘み、そろそろ休憩しようかな?と思って山裾を見て異変に気が付いた。


狼煙?いえ……火事!?


私は急いで山を駆け降りた。火事?どこだろう……まさか狼緋の家!?


私は村に近づいた時に錆びた鉄のような匂いを嗅いで咄嗟に草むらに隠れた。刀を持って数人が暴れているのが見える……あれ、野盗だっ!


「きゃあああ!」


悲鳴が聞こえて慌てて声のした方を見た、楊那姉さんの声だっ!?


振り向いた私の視界には、姉さんに向けて刀を振り下そうとしている野盗が見えた。私は野盗に向かって突進した。体ごと野盗にぶち当たって、自分も地面に投げ飛ばされて膝を擦りむいたが、痛いのなんて構ってはいられない。


「姉さんっ!」


「芙楊っ!」


楊那姉さんを急いで抱き起こして、家に押し込めると「かんぬきを閉めて!」と家内に居る姉さんに怒鳴った。


「芙楊!?あなたはっ!?」


「狼緋の家を見てくる!」


私はそう言うと家の裏に回り、木箱や馬車の隙間に隠れながら狼緋の家を目指した。


血の匂いが凄い。狼緋!無事でいて……やがて狼緋の家に近付いた。酒屋の酒樽の後ろから狼緋の家、鍛冶屋を覗き込むと誰かが戦っている!


狼緋のお父さん、親方と狼緋が刀を持って応戦していた。しかし狼緋はすでに片腕を怪我しているようだ。足元もふらついている。野盗の刀が狼緋に向かって振り上げられた!?


私は迷わなかった。野盗に向かって突進すると思いっきり体当たりをした。だが、所詮は十五才の女の体の重みだ。野盗は少し、たたらを踏んだだけで体勢を立て直した。


「何だこらぁ!?おいっ娘っこじゃねぇか!」


「芙楊っ!」


親方の叫び声が聞こえた時にはもう、背中に激痛が走っていた。間近で感じる血の匂い……ああ、私……切られたんだ。


「っ!……!!」


野盗に髪を引っぱられて投げ出されたので、目が回って視点が定まった時には地面しか見えなくなっていた。


痛いのを通り越すと眠たくなるんだなぁとぼんやり思いながら、意識が遠くなりかけた時に、血だらけの狼緋が視界に入って来た。ああ、狼緋は無事?無事だったのね。


「!…!」


狼緋は涙と血で顔がぐちゃぐちゃに汚れていた。手を伸ばして拭いてあげたいけど、腕に力が入らない。


「私……わ……たし、ね……あな……たの……声聞き……たか……」


私の前世の記憶はここで途切れている。そこで死んだのだろうと思う。今考えてたら野盗の前に素手で飛び込むなんて無謀で考えなしの行動だった。でも狼緋を害されるなんて絶対嫌だったし、馬鹿な私でも彼を助けることが出来たのだ、と誇らしげな気分にもなったものだ。


私の最後の言葉……


狼緋の声を聞きたかった。今思えば私は純粋に彼に恋をしていたのだろう。私の大切な大切な恋の思い出。


そして何故か、前世の記憶を持ったまま私は転生してきた。おまけにものすごい霊力の持ち主として……


°˖✧ ✧˖° °˖✧ ✧˖°


五才になるとこの白弦国には『霊力測定』の義務がある。つまり国を挙げて高霊力保持者を子供の時から確保しておきたい、という思惑の絡んだ国家事業だ。


こういう山間の田舎には都から役人が来て霊力測定の会が催される。年に一回の恒例行事だ。そこで五才になると初めて出身、生まれ年、性別などを国に報告し、初めて正式な白弦国市民となる訳だ。


私は五才の時の霊力測定で測定の過去最高値を叩き出した。測定に来ていた役人の人達が大慌てしていたのを覚えている。


再度測定する……ということで、今度は満縞州まで出向いて測定した。やっぱり最高値だったらしい。その時にふと……懐かしいような霊力を感じた。


誰だろう……目を閉じて知人の霊力と照らし合わせてみても違う感じだ。


その時に気が付いた。前の生では気が付かなかったこの感じ……胸が高鳴った。


壬 狼緋だ……


そのまま測定会場を飛び出して外まで霊力を追いかけた。


「都の大路に飛び出すなんて迷子になったらどうするのっ!」


と、すぐに連れ戻されて母親にこっぴどく叱られた。そうだった……まだ五才と半年でしたね。ついうっかり大人の感覚で動いてました。


そしてその日から私の新しい転生人生に転機が訪れたのだ。

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