第173話 地下牢

2023/05/04 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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 ヴァージニアさんはそれ以外に情報を持っていないようなので、仕方なくもう一人の助けた聖女シンシアさんのところへと向かった。


 彼女はライトグリーンの瞳に可愛らしい顔立ちの女性なのだが、話してくれた内容はヴァージニアさんと同じだった。


 やはり地下牢にいると考えるのが妥当なのだろう。


「あの、シンシアさん」

「なんですの? ホリーさん」

「その地下の礼拝室って、どこだかわかりますか?」

「うーん、そうですわね。なんとなく場所はわかりますわ」

「本当ですか? それじゃあ、側仕えの人を一緒に探しにいきませんか?」

「え? 何をおっしゃっているんですの? 聖女が側仕えもなしに歩くだなんて、髪が汚れてしまいますわ」

「そこはほら、髪を上手く束ねれば大丈夫です。それに今、ちょっと大変な状況になっているんです。だから側仕えの人たちが見つかるのがいつになるかわからないですし……」

「うーん、そうなんですの? 仕方ありませんわね」


 こうして私たちはシンシアさんを説得し、連れ出すことに成功したのだった。


◆◇◆


 その後、ヴァージニアさんも説得した私たちは一緒に建物の外へと出た。すると半壊した大聖堂を見た二人は目をまん丸にして驚き、私に質問してくる。


「これはどういうことですの?」

「大聖堂、ですわよね?」

「はい。だからちょっと大変なことになってるんです」

「どうしてこんなことに?」

「邪神が呼び出されてしまいました」

「邪神?」

「はい。魔族も人族も、動物たちもみんなゾンビにしてしまおうとする神です」

「そのような神が……」

「ゾンビは魔族が生み出しているのではありませんの?」

「違います。ゾンビは――」


 私はゾンビについての正しい知識を教える。


「……にわかには信じられませんわね」

「ええ。教会の教えに反していますわ」

「でも、それが事実です。私たちが止めなければ、お二人だってゾンビにされていたかもしれないんですよ」

「そんなはずはありませんわ」


 二人は信じられない様子だが、それはきっと仕方のないことなのだと思う。


 今まで信じていたことを否定され、いきなり受け入れろというほうが酷だろう。


「ですが魔族はゾンビを駆除しようと努力していますし、ゾンビの犠牲になる魔族もいます。今すぐにとは言いませんが、いつか分かってもらえると嬉しいです」

「……」

「それよりも、側仕えの皆さんを探しに行きましょう」

「……そうですわね。最初に向かったのはこちらだったと思いますわ」


 こうして私たちはシンシアさんの曖昧な記憶を頼りに、地下牢を探すのだった。


◆◇◆


 途中でシンシアさんも道が分からなくなり、途方に暮れているとマクシミリアンさんが突然瓦礫がれきをどかし始めた。


「マクシミリアンさん?」

「たしかここに……おお、ありました! 姫様、ご覧くだされ」


 マクシミリアンさんがそう言うと、瓦礫の隙間から地下への階段が伸びている。


「ここはずっと使われていない地下牢だった場所ですじゃ」

「なるほど。もしかするとここで教皇たちは悪事を繰り返していたのかもしれませんね」

「あ、俺がどけますよ。師匠」

「うむ」


 ショーズィさんが手を当てて魔法を発動すると、その一撃で入口を塞いでいた瓦礫が吹き飛んだ。


「行きましょうか」

「はい」


 それから私たちは階段を降り、突き当りの扉を開けた。するとその先には廊下が真っすぐに伸びており、その両側にはずらりと鉄格子が並んでいる。


 どうやらすべて独房らしく、入口がとても狭い。


「ダリア! ダリアですのよね? ダリア! わたくしを置いて何をしているのです!?」


 突然ヴァージニアさんが一番手前の鉄格子の前に行き、そう呼びかける。すると鉄格子の向こう側には大人の女性が一人、粗末な木製の長椅子に座ってこちらを虚ろな目でボーっと眺めている。


「ダリア! どうしたのです? ダリア! わたくしの声が聞こえないのですか?」


 ヴァージニアさんは必死に呼びかけるが、ダリアと呼ばれた女性はまるで反応しない。


「あれって……」

「そうですね。おそらく呪いをかけられているのでしょう」


 やはりそうだ。ならば!


「あの、ヴァージニアさん」

「なんですの? 今はそれどころじゃないのが分からなくて? ダリア! 返事をなさい!」

「ですから、ダリアさんはたぶん教皇たちに呪いをかけられて、洗脳されているんです」

「なんですって!? どうすればいいんですの? わたくしのダリアを助けて!」

「ヴァージニアさん、聖域の奇跡を使ってください。範囲内に入って使えばすぐに解けます。あとは聖導のしるしを――」

「聖域の奇跡? なんですの? それは?」

「え?」

「奇跡は治癒と浄化の二つのみですわ。何をおかしなことをおっしゃってるんですの?」

「……じゃあ解毒の奇跡は?」

「なんですの? 毒は薬師の領分でしょう?」

「解呪の奇跡や豊穣の奇跡は?」

「なんですの? それ?」

「そんな……」


 いくらなんでもそれはないだろう。


 魔力の少ない人族が聖域の奇跡や豊穣の奇跡を使うのが難しいということは理解できる。


 だが伝えないというのはおかしいし、そもそも解毒の奇跡は患者さんを救うには必要だ。それに解呪の奇跡は……あれ?


 もしかして、聖導教会はわざと解呪の奇跡を教えていないのではないだろうか?


 聖導のしるしの呪いが解呪の奇跡で解けるのなら、呪いをかけられた人を正気に戻すのだって解呪の奇跡でいいのではないだろうか?


「じゃあ、私がやります」

「お、おい。ホリー、今日これ以上無茶するのは……」

「今更だけど、解呪の奇跡でいいんじゃないかって思ったの。だから試してみようかなって。聖域の奇跡は無理だけど、解呪の奇跡ならあと何回かはできるから」

「……本当だな?」

「うん。大丈夫」

「わかった」


 ニール兄さんはそう言うと鉄格子を持ち、力まかせにむしり取った。


「ほら」

「うん」


 私が狭い独房の中に入ると、ヴァージニアさんがその後に続いて一緒に入ってきた。


「本当にダリアを助けられるんですのね?」

「はい。今日ダメだったら明日ですけど、元に戻してあげられます」


 私の言葉にヴァージニアさんは真剣な表情で頷く。


 私は虚ろな瞳のダリアさんの手を取ると、解呪の奇跡をかけた。すると金色の光がダリアさんを包み込み……。


「……あら? 私、どうしてこんな場所で座っていようと思ったんだっけ?」


 それからダリアさんはハッとしたように気付いた立ち上がる。


「そうだ! ヴァージニア様! 早くお世話に行かな――」

「ダリア!」


 ヴァージニアさんが私の横を無理やり通り、ダリアさんに抱きついた。


「ヴァージニア様!? まあ! いけません、ヴァージニア様。ヴァージニア様は聖女でらっしゃいます。このようなはしたない真似をされては」

「ダリア! ダリア! ダリア!」


 しかしヴァージニアさんはダリアさんの名前を何度も呼び、強く抱きしめる。


 私は二人から離れ、廊下に戻った。


「すごく、心配だったんだね」

「みたいだな」


 私たちはその様子をじっと見守るのだった。

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