第161話 邪神の救済

 地面に崩れ落ちたホリーを見下ろす邪神は嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ。良かったわね。ホリーちゃんだっけ? あなたはこれで救われたわ。もう苦しむ必要も悲しむ必要もないの。お母さんと一緒に幸せな夢の世界でずっと生き続けることができるわ」


 邪神が手をかざすとホリーの体は赤黒い膜のようなもので覆われた。


「ここにはたくさんの魂があるわね。これがあなたのお父さんかしら。ふふふ。愛されていたのね。さあ、あなたたちも救ってあげるわ。大切な大切なお姫様と一緒に、幸せに眠るのよ」


 邪神の言葉と共に赤黒い霧が次々とホリーの体に纏わりついていく。


「さあ、これでよし。あとは待つだけ……あら?」


 邪神がニールたちのほうを見た。すると赤黒い壁にひびが入り、音を立てて砕け散った。


「ホリーに何をした! ホリーを返せ!」

「ホリーさん!」


 ニールと将司がホリーに駆け寄った。


「あら、何もしていないわ。救ってあげただけよ」

「救った?」

「そうよ。この子の魂はとこしえに眠り続けるわ。この子を愛する両親と、ここでこの子の誕生を祝い、守ると誓った多くの魂と共に幸せな夢を見続けてね」

「それのどこが救いだ! ホリーは生きて! グラン先生の志を継いで! 薬師になって人を救って笑顔にしてきたんだ! ホリーは眠り続けることなんて望んでない!」


 激怒するニールに邪神はさも意外だといった表情を浮かべる。


「何がおかしいんだ!」


 すると邪神は憐れんだような視線をニールに向ける。


「かわいそうにね。でも、もう生きることにもがく必要なんてないのよ。この子は幸せな夢を受け入れるわ。そうすればこの子の体は私のものとなり、神の依代としてこの世界の不幸な生き物をすべて滅ぼす」

「なっ!?」

「人も動物も、すべてがいなくなれば争いも起きず、悲しみもなくなる。世界はゾンビたちだけが住む世界となり、すべての魂は私の腕の中で永遠の安らぎを得られるの」

「お、お前は一体何者なんだ? 一体何を言って……」

「私は魂を司る冥界の神。邪神、と呼ぶ者もいるわね」

「邪神……」


 ニールは驚愕したものの、すぐさま表情を元に戻した。


「いや、いくら神でも許さない。ホリーはそんなことを望んでいない! ホリーを返せ!」

「そう。この子が大切なのね。ならあなたも眠るといいわ。永遠にね」

「何を勝手……な……こ……」


 ニールはがっくりと床に崩れ落ちた。その体はホリーと同じように赤黒い膜のようなもので覆われていく。


「ニールさん?」

「ニール殿!」

「ニール!」

「大丈夫よ。この子が大切みたいだから、同じにしてあげただけよ。きっと今ごろこの子と幸せに暮らす夢でも見ているはずよ」

「お、お前! 二人を元に戻せ!」


 将司が剣を邪神に突きつけるが、邪神は涼しい顔をしている。


「ふふふ。あなたたちも幸せに眠るといいわ」


 するとマクシミリアンとヘクターが床に崩れ落ちた。そしてそのままホリーと同じように赤黒い膜のようなもので覆われていく。


 だが将司だけはその力に抵抗していた。


「ぐっ!? こ、こんなもの!」

「あら? 粘るのね。ならこれでどう?」


 邪神は赤黒いガスを噴出させ、将司の体を包み込んだ


「ま、負けるもんか! 俺は! ホリーさんを!」


 将司がそう叫ぶと体中から魔力が噴出し、赤黒いガスを吹き飛ばした。


「あら? そう。あなた、異界から召喚された勇者だったのね」

「ホリーさんを! みんなを返してもらうぞ!」

「……仕方ないわね。少し相手をしてあげるわ」


 邪神はそう言うと、右手を左から右に大きく振った。


 すると空間がぐにゃりとゆがみ、邪神と将司はそのゆがみの中に吸い込まれるかのようにして消えていく。


 そうして祭壇の間には赤黒い膜に包まれて眠るホリー、ニール、ヘクター、マクシミリアンの四人が残された。


 それともう一人、この出来事に我関せずと血走った目で祭壇を観察するニコラの姿があった。


「ああ、これはエライ装置やで。こないな量の魔力、一体どっからどうやって供給されとるんや? そもそも、これは魔法なんか? 奇跡の類いちゃうんか? うっひょー」


 ひとしきり祭壇を観察し、持ってきた紙に大量のメモをしてからようやく顔を上げる。


「お? なんや? ホリーちゃんたち寝とるやん。それに下僕と変な女はどうしたんや?」


 ニコラはホリーのところへと近づいていく。


「んん? なんや? この膜は? あの祭壇のやつとは少しちゃう? いや、同じもんか? んん? おもろいなぁ。やっぱついてきて良かったわぁ」


 ニコラは嬉しそうにそう言うと、ホリーを覆う膜を調べ始めるのだった。

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