第157話 ルーカスの最後

2023/03/16 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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 サンプロミトの町は不安に包まれていた。


 ゾンビを操るとされる魔族に隣町のフォディナが落とされ、さらに町の警備に当たっていた聖騎士たちまでもがどこかへ行ってしまった。


 そのうえ大聖堂は現在一般信者の立ち入りが禁止されている。


 そのため、いよいよ魔族がサンプロミトにも攻めてくるのではないかという恐怖に人々はさいなまれているのだ。


 そんな町の裏路地を、音も立てず足早に進むローブ姿の人影があった。


 ルーカスである。


 本来、彼にはこの町の平和を守る責任がある。だが聖騎士たちを殺し、教皇を生贄に捧げてこの赤黒い雲の元凶を召喚した彼にその責任を果たすつもりはないようだ。


 するとそんなルーカスの行く先から赤黒いガスが突如噴出し、その行く手を遮った。


「な……」


 そのガスは徐々に人の形をなし、やがて一人の女性の姿となった。


 膝まである長いウェーブがかった赤黒い髪と赤黒い瞳、所々に血管の浮き出た青い肌、そして胸元には赤い宝玉が禍々しい飾りとともにめり込んでいる。


「ふふふ、あなたよね? 私を呼び出したのは」

「あ……!」


 ルーカスはすぐさま彼女にひざまずいた。


「あらら? 私を呼んでおいていなくなっているからてっきり裏切ったのかと思ったわ」


 くすくすと笑みを浮かべているが、禍々しいその容貌と相まって裏路地にいた数少ない人々は恐怖におののいている。


「あら? やあね。私はそんなに怖い存在じゃないわ。さあ、いらっしゃい」


 彼女がそう言うと、怖がっていたはずの人々がふらふらと彼女のもとへと歩いていく。


「そう。いい子ね。私が解放してあげるわ」


 そう言うと一人の男の唇を奪った。


 すると瞬く間に男の体は干からびていき、そのまま地面に崩れ落ちた。


「んー、イマイチねぇ。さあ、あなたたちも」


 残った人々にもキスをし、彼らはすべて干からびた遺体へと姿を変えた。その様子をルーカスは驚愕した様子で見守っていた。


「何を驚いているのかしら? あなたがこんなものを核に使ったせいで力が足りないの」

「そ、それは……」

「言い訳はいいの。私、力が必要だからあなたのももらうわね」

「邪神様! 私はまだ使命を果たしておりません! 今度こそ赤子のリリヤマール女王を手に入れ、邪神様の肉体として捧げてみせます! そのためにもう一度チャンスを!」

「ああ、いいのよ。もう」

「え?」

「別にね、赤ちゃんじゃなくてもいいのよ。自我さえなければね」

「な……」

「大体、こんな不完全な形で私を呼び出すなんて、あなた私を利用して生き残ろうとしたでしょ?」

「そ! それは使命を果たすため!」

「ダーメ。私、使えない道具は要らないの」

「邪神様! そんなっ!」


 ルーカスは絶望したように目を見開いた。


「だから貸してあげたその力、返してもらうわね」


 邪神は絶望するルーカスの頭を優しく胸に抱き寄せる。それはまるで母親が優しく我が子を胸に抱きしめているかのような光景であった。


 だがすぐにルーカスの体は赤黒いガスへと変化し、邪神はそのガスを躊躇ちゅうちょなく吸い込んだ。


 すると邪神の体を包む赤黒いガスが一気にその濃さを増す。


「ふふふ。いい子ね。さあ、これでちゃんと力が使えるようになったわ」


 邪神はすぐさま自分の体を赤黒いガスへと変え、側溝の中へと消えていったのだった。


◆◇◆


 邪神は大聖堂の地下にある祭壇の前にやってきた。ここはソフィアが自分の命と引き換えに聖域の奇跡を展開した場所である。


 祭壇はほんのわずかに金色のキラキラとした温かな輝きを放っている。


 ソフィアが展開した聖域の奇跡の残り香とでもいうべきだろうか。


 それを見た邪神は妖しい微笑みを浮かべた。


「ふふ。もう随分と使われていなかったみたいね。これからは私がしっかりと有効活用してあげるわ。生者が絶え間なく争い続けるこの世界はもう終わり。これからは亡者だけの世界となり、争いのない永遠の安寧がもたらされるのよ」


 邪神はそう言うと、祭壇に手をかざした。すると温かな輝きはすぐに消え、祭壇全体が赤黒く禍々しい色に染め上げられる。


 やがてそれは祭壇だけではなく部屋全体に広がっていく。


「ふふふ。さあ、解放してあげるわ」


 邪神は何かの魔法を発動した。すると祭壇からは禍々しい光が放たれ、その光は部屋の天井をすり抜けて天を貫く。


 やがて、大聖堂の上空に赤黒く禍々しい雲が出現した。それは少しずつ広がり、空全体を覆っていく。


 町の人々は突然の光と赤黒く禍々しい雲の出現に不安を隠しきれずにいた。


 ある者は我先にと外へ逃げようとし、またある者は家に閉じこもって固く扉を閉ざし、またある者は不安そうな表情を浮かべつつも普段と変わらない日常を送っている。


 そうしていると、禍々しい雲から真っ赤な血のような雨が降り始めた。


 はじめは大聖堂に、そこからゆっくりと雨の降る範囲は円状に広がっていく。


「え?」

「なんだ? こ……あ……」


 赤い雨を浴びた人々はすぐさま苦しみだし、うずくまる。赤い雨は苦しむ彼らを容赦なく襲い、その皮膚がどろりと溶け始める。


 そして……。


「「「「あ゛ー」」」」


 うめき声を上げて立ち上がった人々は皆、ゾンビと化していたのだった。

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